第12話 マクシミリアン第二王子
ブーロン城で最も格式が高いのがオークの間だ。
そのオークの間の、更に一段高くなっている上座に、まだ少年の面差しが残っている若い男が座っていた。まるで玉座に座る王のように。
王のように見えるのは椅子のせいかもしれない。隙間なく細かな文様が彫刻で施され、座面と背面には赤いレザーが膨らんでいる。
「おい。まだか! ちゃんと呼びにいったんだろうな!」
言葉は乱暴だが機嫌が悪い訳ではない。
普段、待たされることなどないマクシミリアンにとっては新鮮な経験だし、何といっても会いたかった男に久しぶりに会えるのだ。
その期待の方が優っている。
肘当てに肘を乗せて、その手で頬や顎をさすりながら笑みを浮かべてしまう。
従者がオロオロしているところに城の住人たちが現れた。先頭の大男がこの城の主、マルク・ブーロンだ。
「ブーロン卿! 元気そうじゃないか」
マルクはマクシミリアンの正面まで進むと、両手を広げてゆっくりと会釈をした。
自治を任されている領主は王族の前でも跪かない。先王の時代からの風習だ。
だがイースとミッチェルはそうはいかない。マルクの背後で跪き、マクシミリアンの言葉を待つ。
ロイドに至っては入室を認められなかった。仕方がないのでドローン映像で、ことの成り行きを見守っている。
「マクシミリアン殿下。大きゅうなられ申したな。こりゃワシも年をとるはずじゃわい。ふぁっふぁっふぁっ」
「また年寄りぶりよって――。ほんと相変わらずだな」
「ほっほっほっ。何を仰る。して、今日は何用で?」
マクシミリアンは急に立ち上がると、ミッチェルの前まで駆け寄った。
視線を落としているミッチェルに声をかけ、顔を上げさせる。
「ミッチェル! どうして王宮に来ない! 何度も来るよう人をやったのに!」
「はい。私もその度に、丁寧にお断りの理由をお預けいたしましたが」
ミッチェルは王子のハイテンションをものともせず、落ち着き払っている。
「この城の奴らときたら――」
そう言いかけた時、イースがマクシミリアンの視線に入った。
「ん? お前――。あのちっちゃかった奴か?」
(『ちっちゃい』はNGワードですよ。ふふふ。これは見ものですね)
ロイドの期待に反して、イースはやや節目がちに大人しく挨拶をした。
「ご無沙汰いたしております。殿下におかれましてもご壮健なご様子で何よりでございます」
「うむ」
イースは頬を膨らませて感情を爆発させたりはしなかった。その分、後で揺り戻しがこなければよいが。
「さ。挨拶も終わったことですし、もう気が済まれましたか? 門までお見送りしましょう」
王族相手にミッチェルはロイドが見たことのない塩対応を繰り出した。
(これは「じゃれている」というやつでしょうか……?)
「ミッチェル! そんな冗談はいらん! いいから俺と勝負しろ!」
「さて? 何の勝負でしょう」
「ふざけやがって! 俺と、剣の勝負だ! 絶対本気でやれよ。手加減なんかするなよ」
ミッチェルはやおら立ち上がると、「はあ」と全身で大袈裟にため息をついた。
「そういうことは、剣術のご指南役に頼むものですよ」
「は? 指南役? 『お見事でございます』しか言わない奴のことか? 頼むから俺の成長ぶりを見てくれよ」
最初の勢いはどこへやら。マクシミリアンの方がミッチェルに頭を垂れそうだ。
「では、お兄様にお願いされてみては?」
「兄上? ない。なーい。ある訳がない! 俺の相手なんかしている時間はないさ。そ、れ、に、俺はミッチェルがいいんだ!」
マクシミリアンは再び目を輝かせるとミッチェルににじり寄る。
「お前は唯一、兄上と互角に渡り合った相手だしな。兄上に相手をしてもらうのと同じようなものだろ」
「互角だなどと……。私のように遠慮を知らない人間が他にいなかっただけですよ」
「よく言うぜ。兄上もお前だけは認めているからな。なあ、頼むよ」
とうとうミッチェルが折れた。
「ではイースの護衛とひと勝負してください。その出来を見て検討させていただきます」
「本当か? 本当だな? 俺が勝てばいいのか?」
マクシミリアンはお菓子をもらう子どものように目を輝かせた。
「勝敗は気にしません。試合の内容を見させていただきます」
「よしっ! じゃあ早速始めるか!」
マクシミリアンの突然の号令に、部屋にいた全員が立ち上がった。
彼の従者たちはあたふたと荷物を手に取っている。
「ほっほっほっ。面白いことになったわい。どれ、ワシも見物させてもらうかの」
マルクは他人事のように面白がっている。マルクの側にいるイースは仏頂面のままだ。
「それでは訓練場で行うとしましょう」
ミッチェルが目で合図すると、師団長がマクシミリアンの前まで進み出た。
「ご案内いたします」
マクシミリアンとその従者たちを先頭に、皆、部屋から出ていった。
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