第17話 王宮から生中継

「――とまあ、こんな感じで、王様は倒れたあと部屋に運ばれて寝込んでいます」


 ロイドは城内を監視させていたドローンを呼び寄せ、マルクの部屋の壁に王宮での録画映像を投影していた。

 説明するよりも見せた方が早いと考えたからだ。


(マクシミリアンと未詳X用に二機残し、残りのドローンを先に王宮にやっていて正解でした。危うく見逃すところでした)



 マルクとミッチェルは、映像を見ている間、厳しい形相で壁に映るモーリンを睨みつけていた。


 絶対的な権力を持つ王は万全でなければならい。健康で、聡明で、公正でなければならない。

 そうでなければ国は荒れ疲弊していく。


 だが、そうでない王であっても、いないよりはましだ。

 空の玉座ほど恐ろしいものはない。

 王が身罷れば王都からもっとも遠くに位置する北のブーロン領といえども、その影響は計り知れない。




 ロイドは王が吐血した映像を見た瞬間に、ミッチェルのところへ走り始めた。


 ブーロン城のいいところは廊下の幅が広いことだ。直角に曲がる廊下もコーナリングでスピードを落とさずに済む。

 イースの部屋から出てきたミッチェルを捕まえるまでの約十一秒間に、王が一命を取り留めたことがわかり、ロイドは走るスピードを落とし緊急度を下げた。


「な、何事ですか」


 スピードを落としたとはいえ――おそらく時速四十二キロ――、猛烈な勢いで近付いてきたロイドにミッチェルは怯んだ。


「インシデント発生! インシデント発生!」

「は? 何かあったのですか?」


 ロイドはうっかりデフォルト設定の用語を叫んでしまった。

 それでもロイドの尋常ならざる様子から、ミッチェルは緊急事態が発生したことを察した。


「王様が毒を飲んで重体です」

「なんですって? 王――? 陛下が?」


「はい。王宮で毒殺未遂事件が発生しました。マルク様のお耳に入れ――」

「王宮から知らせが届いたのですか? 誰からです? いつのことですか?」


 ミッチェルは正規のルートでの情報伝達しかないと思っている。


「ええと。例の銅貨を王宮に飛ばしておいたので、その銅貨からの報告です」

「銅貨から報告――?」

「私の魔術です。銅貨が盗み見たのです。その――。私が魔術を使ったことは誰にもバレていません。ですからその――。大目に見てもらえないでしょうか」


 ミッチェルはロイドが誓いを破ったことをひどく残念がっているように見えた。

 悲しげな眼差しで口を一文字に引き結んでいる。


(いや違いますね。そこまで私に期待していた訳ではないでしょう。悲劇に見舞われた王に対する同情の念といったところでしょうか)


 ロイドは「魔術は使わない」と誓った時、その誓いを守れないことが分かっていた。

 使用禁止と言われてもドローンだけは使わずにいられない。

 そういう設計――人間でいうところの「さが」なのだから。


「誓いを破ったことは後回しにしましょう。まずはマルク様にご報告です」

「はい」




 マルクの部屋に入りミッチェルが押しかけた理由を話すと、マルクは途端に険しい表情になり詳細を知りたがった。


「魔術で盗み見た光景を、そのままお二人にお見せしたいのですが」

「そんな魔術があるとはの。早いところ頼むかの」

「はい。それでは」


 ロイドは初めに、自分がその現場にいたかのように、あるいは、まるで他人の記憶を覗くかのように事件の詳細を見せる、とだけ説明した。



 ジョーが、「では慣例に従い、同時開催ということでよろしいので?」と言うところから再生を開始したのだが、ジョーの声が聞こえたことで二人はうろたえた。


「お、おるのか? ここに呼び寄せたのかいの?」


 さすがのマルクも仰天して、キョロキョロとジョーの姿を探した。


「な、何をしたのです――? 声真似の類じゃありませんね――?」


 ミッチェルに至っては、立ち上がってロイドに掴みかかってくる始末だ。

 ロイドは再生を中断すると首をひねった。


(うーん。参りましたね。どう説明すればいいのでしょう。「魔術」ということで納得してもらえないですかね)


「驚かれるのも無理はありません。これが私の魔術なのです。この壁に映る映像は今から十五分ほど前に、宮殿の一室で実際に起きた出来事なのです。魔術でそっくりそのままお見せすることができるのです。登場人物たちは今もまだ宮殿にいます。お二人はこの部屋で過去の出来事を覗き見しているのです」

「なんと――」


 マルクは思わず唾を飲み込んだ。


「このようなことが可能とはの――。たいした魔術じゃ」


(本当に驚いた時には『ふぁっふぁっふぁっふぁっ』と笑わないのですね)


「ロイド。中断させてすまんの。先が気になる。続きを見せてくれるかの」

「はい。では続きをどうぞ」


 王が運び出されるところまでを見終わると、マルクは両の拳を握りしめた。


「あやつめ。陛下までも……」


 ミッチェルは魔術の続きが気になった。


「ロイド。君が持っていた、あの銅貨のようなものですが、まだ宮殿を覗き見しているのですか?」

「はい。王様の寝室と、厨房、それに主要な人物の行動を見ています」


「デレクは何をしておるかいの?」

「怒っていますね――じゃなくて、ええと。厨房に集められた者の中に犯人はいなかったようでブチギレています」


 マルクとミッチェルは分かりやすく落胆した。


「まあ、そうじゃろうの。あやつがそうやすやすと尻尾を掴ませるとは思えんしの」

「計画通りということですか」

「毒を盛った奴は既にこの世にはおるまいの」


 マルクが悲壮感を漂わせながら嘆いた。


「いいえ。実行犯はピンピンしています。今は、ええと――。食事ができる店でグリルチキンを注文したところです」


 ロイドは王が吐血した時点で早戻しをし、王のワイングラスに毒を盛った人物を特定していた。

 そして未詳Yと登録してドローンを一機つけておいたのだ。またしてもマルクが驚愕した。


「お前、毒を盛った人間を見つけたと申すかいの」

「はい。見ていましたので」

「では、今も犯人の跡をつけているのですね。誰と何を話すのかも見られるということですか?」


(そこは魔術ではないので物理的に遮断されると無理なのですが)


「そうですね。気付かれないように近寄ることができれば可能です」

「では、可能な限り近寄って、見張っておいてください」

「はい。あのう――」

「なんですか?」


 ミッチェルは考えなければならないことが多すぎるのか、いつもよりぞんざいな口ぶりだ。


「先ほどマルク様がデレクの行動を気にされていたようですので。デレクは今、スペンサー第一王子殿下と睨み合っています」

「今? 今というと――今なのですか?」

「はい。映しましょうか?」

「頼みます」


 二人は中継映像にも驚かなくなっていた。

 ドローンは、デレクとスペンサー二人の、視線と視野を計算しながら、死角を探して移動している。


 ベッドの下、床スレスレの位置から二人の足元を映したかと思うと、そのまま上昇し、ドレッサーの上から二人を見下ろすような角度で映した。


 壁に映し出されているベッドもドレッサーもカーテンも、どれもミッチェルには見覚えがあった。

 三年前と何一つ変わっていない。

 スペンサーらしい飾り気のない部屋。相変わらず整理整頓が行き届いている。

 調度品は高価だが必要なものしか置かれてない。デスクの上の小物はきっちりと一直線に並べられている。


 不意にスペンサーの話し声が聞こえた。息遣いも、言葉に乗る感情も、明瞭に伝わってくる。


「では宮殿内に怪しい人物はいなかったと? 犯人はわからず終いで、事件そのものがなかったかのように秘される訳ですか」


 随分と苛立っているが無理もない。

 近衛師団長が側についていながら、その目の前で王が命を落としかけたのだ。


 デレクは何やら言いたげだが渋い表情のまま発言しようか迷っている。

 スペンサーはデレクが忸怩たる思いで自分を責めていると分かっていながら、なおも冷たく畳みかける。


「だいたい、宮殿の中も外も近衛兵だらけだというのに、不審人物一人捕まえられないとは。怪しい素振りの者がいれば片っ端から調べればいいだけのこと。知り合いだろうとなんだろうと、このような大事の際には容赦なく対応することです。多少強引なところがあったとしてもやむを得ません」


 デレクも時間が経てば経つほど犯人の確保が難しいことは分かっている。

 だが近衛師団への侮辱ともとれる発言は、たとえ王族といえども見過ごせない。


「殿下――。お言葉ですが近衛兵は誇り高き兵士です。確たる証拠もなしに拘束などしませんし、痛めつけるような真似など絶対にしません」

「それは結構。なんと高潔な理念。誠に素晴らしい。ですが、高邁な理想だけで結果が伴わないのであれば、そのうち国民からの信用も失いますよ」


 スペンサーは暗に「既に王族からの信用はない」と言っている。

 デレクは苦々しい顔でスペンサーを睨みつけながらも傷付いている様子だ。

 ミッチェルは堪え切れなくなり、マルクに伺いを立てる前にロイドに頼んだ。


「ロイド。その辺にしてくれませんか――。もう見たくありません。これ以上は必要ないでしょう。彼らの会話を私たちが聞く権利はありません」

「そうじゃの。覗き見はやめじゃ。毒を盛った人間もわかったことだしの」

「ええ。覗き見というのは本当に気分が悪いものですね。次に彼らと会った時、どんな顔をしたらよいのでしょう」


(普通にしていればいいと思います。相手は態度を変える理由など知らないのですから)


 ロイドが映像を切ると、ミッチェルがソファーの背にもたれ深いため息をついた。


「やれやれ。彼は――。スペンサーは相変わらずですね。あの居丈高な口調は――」


 スペンサーは細面で表情が乏しいため、その分辛辣さが増してしまうのだ。

 ミッチェルは彼に何度もそう忠告したことを思い出した。


 スペンサーは十歳の誕生日を前に、突然、次期国王となる王子殿下に担ぎ上げられた。

 真面目な彼はそれまでの自分を殺してでも、両親や国民の期待に応えられる後継になると決めたのだ。

 そして、彼がそうありたいと思う者に――怜悧な次期国王へと見事な変貌を遂げていた。


 マルクの部屋の二酸化炭素濃度は基準値内だというのに、ミッチェルが苦しそうに呼吸をしている。


(ミッチェルは過度のストレスを感じていますね)

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