第46話 蹂躙
そして、今。
「はん、今更手遅れよ」
ドナルドの言葉を聞いて、ロイドがタイミングよくクレーグ弾を爆破させたのだった。
ドドドド――――ン!
「あっはっはっはっ! 聞いたか、この音を!」
ドドドド――――ン!
ドナルドが高笑いをしている頃、五千人の兵士たちは立て続けに起こった頭上の大爆発に恐怖し、隊列を乱して混乱していた。
「敵襲! 敵襲!」
馬たちは大きくいななき、背中に乗せている上官を振り落とそうと暴れ出した。
「なんだ? どうなってるんだ?」
一人が立ち止まると、その後ろに続く人間までもが立ち止まざるを得ない。
「奇襲か!? どこだ? どこからだ?」
ドローン映像から兵士たちが大混乱し、すっかり隊列を乱している様子がロイドには手にとるように伝わってくる。
(おっと。これ以上散らばられては厄介ですね。ここらでやってしまいましょう)
ロイドは制圧支援ドローンにカーボン合金チューブを出させた。
試しに、馬に乗っている上官らしき兵士に向かって放電させた。
暗闇の中、青白い光が稲妻のように走る。
稲妻は矢のように馬上の兵士を刺すと、それだけでは物足りないと言わんばかりに、閃光が五本の矢に枝分かれし、横を歩いていた歩兵たちをも一斉に突き刺した。
一秒にも満たない間に、悲鳴すらあげられず五人が地に伏した。
「ヒヒ――ン!」
馬だけが大きくいななき、騎乗していた兵士を振り落とすと、狂ったように走り去っていった。
(なるほど。これはこれは。ふふふふ。効率よく沈黙させられそうですね。威力もこの程度なら致命傷にはならないでしょう)
ロイドは前列に七機を、残り二機をサイドに配置し、一斉に放電を開始した。
全身ずぶ濡れの兵士たちは、青白い光に触れた瞬間に感電しては次々と気絶していく。
雨の中、前方と左右両サイドから横一面に発光する様は、まるで雷が真横に走っているようだった。
前と横から兵士がバタバタと倒れていくので、内側にいる者たちは逃げ場がない。
「うぎゃあ――っ!」
「なんだ。なんだ。ひいい――っ!」
あちこちから悲鳴のような叫び声が上がるも敵の姿はなく、絶え間なく光る帯のようなものが、じわじわと後方の兵士に近付いてくるだけだった。
兵士たちにとっては、暗闇を彩る美しい光が恐怖でしかない。
最後尾にいる兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ始めた。
一人、二人、十人、百人と逃げ出す者たちが増えると、我も我もと兵士たちは剣を投げ出して、ひたすら自国の方に向かって走った。
千人以上が地面に転がって雨に打たれているところへ、ライアン邸にいた元近衛兵たちと王都の見張りの現役近衛兵が駆けつけた。
ロイドは近衛兵たちが巻き添えを食わないよう放電を終了させ、ドローンを上空に待機させた。
雄叫びをあげて迫り来る近衛兵たちを目にしたポリージャ兵は、地面に転がった仲間の体を踏みつけながら四方八方へ散り、命からがら逃げていく。
ポリージャ兵がそんなことになっているとはつゆ知らず、ドナルドは勝ち誇った顔で断言した。
「日の出前には王宮は陥落するぞ! あっはっはっは!」
悔しがるスペンサーの顔が見たくて、ドナルドは饒舌に畳みかける。
「先遣隊の五千に続き、十万の兵が今まさに国境に向かっているはずだ! お前らはどうだ? 周りを見てみろ。城の中も外も、酒と肴をたらふく食って酔っている人間ばかりだ。近衛兵など、王都には五百ほどしかおらんのだろ。確かそのほとんどを宮殿内に割り当てていたんだったな。国境を見回ることさえせずに! あーっはっはっは!」
スペンサーが足元に転がるモーリンを睨んでから、ドナルドに向き直ると、静かに口を開いた。
「果たして、貴様らの思い通りにいくかな?」
ドナルドが言い返そうとした時、テントの入り口が乱暴に開かれた。
デレクの元に伝令がやってきたのだ。デレクは耳元で伝令の話を聞くと、ニヤリと口元を緩めた。
「その先遣隊とやらは国に逃げ帰ったそうだ。それでも三百人ほど捕虜にして連行した。まだ千人以上が我が国の領土に転がっているようだがな。逃げていくものは追ってはいない」
ドナルドは驚愕の表情を浮かべた。両手が震えている。
「な、なんだと? そ、そんな――。嘘だ。どうして――」
ドナルドはモーリンを睨んだが、モーリンは力なく顔を横に振るばかりだ。
「そ、それでも、この国には十万の兵と戦えるような兵士はいないはずだ。そうだろ、モーリン!」
モーリンには目の前の出来事がサイレント映画のように映っていた。
男たちが顔を歪ませて口を大きく開いて何かを言い合っている。
だがもうモーリンには関係ない。すべて終わったのだ。
十五年という歳月をかけて編み上げてきた物語は、当初の筋書きとは違う結末を迎えたのだ。
ひょっとすると、モーリンは物語の登場人物ですらなかったのかもしれない。そんなことにも気が付かないから、このザマなのだ。
ドナルドがモーリンに向かって何か言ったが、その声がモーリンに届くことはなかった。
「我がクーレイニー国の力も甘く見られたものだな。貴様ら二人には罪を償ってもらうぞ。デレク!」
「はっ」
デレクの指示で、近衛兵がモーリンとドナルドを配下の者も含めて捕らえた。
両手を後ろ手に縛ろうとすると、モーリンだけは抵抗し木箱を抱えて離さない。
ロイドは、近衛兵がモーリンの捕縛に悪戦苦闘している様子を見ながら、頭では十万の本隊をどうしたものかと思案していた。
前々から考えてはいたことだが、国同士の戦争などロイドには関係ないのだ。
(マルクやミッチェルに頼まれても、こればかりは困ります。十万もの人間を、まさか殺戮を依頼されるようなことはないですよね……?)
殲滅することはもちろん可能だ――ハック爆弾を使えば。だがロイドは警護ロボットであって、殺戮マシーンではない。
かつては殺戮と破壊を目的に製造された同胞もいたが、警護ロボットのロイドにとってはどんな人間でも警護対象となりうるのだ。
――そんなことは建前だとロイドにもわかっていた。
イースを守ると誓った以上、イースの命か十万人の命かと言われたら、イースを取るべきなのだろう。
デレクとスペンサーも、ロイド同様に厳しい表情で押し黙っていた。
「十万か……」
スペンサーがドナルドたちに悟られないよう背を向けて、苦々しくつぶやいた。
「このまま迎え撃って戦争を始めることだけは避けたいところですが」
デレクも遠慮がちにスペンサーを見る。ドナルドの言ったことは、あながち間違いではないのだ。
戦争となれば、人的にも経済的にも壊滅的な被害を被ることは確実だ。
そもそも国王たるニクラウスがあの状態では、兵士の士気が上がらず、まともに戦えなどしない。
あっという間に降伏させられる可能性が高い。
「十万の兵士たちが国境を越えなければ、戦争にはならないが――」
スペンサーが「どうだ? 何か手はあるか?」と、魔術師としてのロイドに希望を抱くような視線を投げかけた。
「まあ、ちょっとした足止めくらいならできますが」
ロイドの返答に、スペンサーの表情はパッと輝いた。
「それでいい。せめて、こちらの兵力を整えることができるまで頼む」
(うーん。それってどれくらいの時間なのでしょうか)
「わかりました」
ロイドは約一秒検討した。
プランBとしてハック爆弾を制圧支援ドローンに搭載させていたのだが、これを使用することにしたのだ。
(ドローンを失うことにもなりますが仕方ありませんね)
ロイドは逃げるポリージャ兵を追いかけて、渓谷で待機させていたドローンに命令を下した。
(逃走した兵士は渓谷を越えましたね)
ドローンが上空百五十メートルまで上昇すると、ハック爆弾が爆発した。
ダダダダダダ――――ン!
その閃光は雨雲すら吹き飛ばして広がり、王都の隅々から見ることができた。
振動は数秒遅れて城門に到達した。
空気と地面の両方からやってきた。
堅固な城門も、見えない空気の塊に容赦なく揺さぶられ、所々ヒビ割れが起きた。
激しく揺れた地面のせいで城門の三分の一が傾いてしまった。
渓谷は山肌に地割れが走ると上層から崩れ落ち、土砂が山のように積もった。
渓谷を流れていた川はなくなり、平な道も埋め尽くされてしまった。
衝撃波は城門の中のテントをも襲い、地面深くに刺さっている支柱をなぎ払ってしまうかと思われた。
数秒後に揺れがおさまると、テントの中にいたスペンサーとデレクは驚いて外に出た。
ロイドも一緒に外に出て、自分の目で爆弾の威力を確認した。
真っ暗な空に赤く染まった雲が、地上からたなびいているのが見える。
テントの中に残された近衛兵らは何が起きたのか分からず、襲ってきた大音響と風圧に呆然としていた。
その隙に、ジタバタと抵抗を続けていたモーリンが、テントを飛び出した。
「これだけは誰にも渡さん。これだけは」
モーリンは木箱から花を取り出すと、花びらごとムシャムシャと頬張った。
周りにいる近衛兵たちは、まだ不思議な雲に見入っている。
炎が一つ空を舞った。それはテントに命中しボッと火の手が上がった。
「何事だ!」
デレクの声に近衛兵らが我にかえる。
炎は更に二つ続いて飛んできた。一つは、ドナルドに命中した。
「うぎゃあ!」
ドナルドは縛られた手を必死に解こうとバタバタと動かしながら地面に倒れると、その場で転げ回った。
ロイドはもう一つの矢がモーリンに命中するのを防ごうと、モーリンのローブを引っ張った。
「ひいいっ!」
バランスを崩して転倒したモーリンの足元に矢が刺さった。矢のすぐ横には手放してしまった花が落ちている。
「渡さん――。渡さんぞ!」
モーリンは四つん這いになりながら花へと手を伸ばした。
その瞬間、ボワッと花に引火し、モーリンの伸ばした腕の裾にも火が燃え移った。
「ぎゃあああっ!」
モーリンは火を消そうと腕を地面に叩きつけるが、あっという間に全身が炎に包まれていく。
その様子を間近で見ていたスペンサーは冷ややかな目をしていた。
「ポリージャの間者か? 口封じを図ったか……。証拠隠滅だな」
デレクはモーリンを助けようとしたロイドを見て驚いた顔をしている。
「お前、大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな」
(そういう同情するような目で私を見るのはやめてください)
ロイドが慌てて振り払ったにも関わらず、その毛髪はほとんどが消失し焼け焦げた頭皮をのぞかせていた。
(やってくれましたね未詳X。ああもう。何も人間の毛髪と同じ原料にする必要はないはずです。もしマザーに提案できるなら、原料の変更を要請したいところです。警護ロボットが、人間と触れ合って髪を撫でられたりすることはないのですからね!)
ロイドは体内の残存量を確認した。一.七センチの毛髪量しかなかった。
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