第45話 ポリージャ兵
轟音がとどろく前。遡ること、およそ一時間。
ロイドは未詳Xを追って王宮を出たところだった。
王都上空を偵察していたドローンからアラートを受信した。
ポリージャ方面から国境を越え、王都に向かって人間の集団が近付いているというのだ。
(国境付近の見回りはどうなっているのでしょう。いくら大事な式典の最中とはいえ手薄すぎるでしょう)
未詳Xはドローンに追跡させることにした。
ロイドは制圧支援ドローンを呼び寄せると、ぶら下がって城門の外へ出た。
嫌な予感がしたため、待機中の制圧支援ドローン九機も一緒に向かわせる。
目撃されるのもやむなしと考えていたのだが、ちょうどよい具合に雨が降り出した。
低くたれこめた黒色の曇がロイドの姿を隠してくれた。
日没後の暗闇に降る雨は人間から視界と体温を奪う。
それでもポリージャ兵たちは歩みを遅らせることなく、着実にクーレイニー王国の王都へと近付いていた。
空中の偵察用ドローンからは雨音をかき消すほどの大勢の行軍する足音が聞こえてきた。
ザザッ。ザザッ。ザザッ。ザザッ。
ロイドは城門を飛び越えたところで、いったん地上に下りた。
(アーチ型の盾を持っているということはポリージャ国の兵士に間違いないですね。この規模はどう見ても進軍ですね)
ロイドはライアン邸のドローンに命じて、ポリージャ国の兵士が進軍する光景をマルクに見せるよう指示した。
マルクならばすぐさま状況を察して近衛兵をよこしてくれるはずだ。
ポリージャ国の兵士の数はおよそ五千。
横に等間隔で十人が並び、その十人の後ろにそれぞれ百人ずつが続いている。
そのような塊が互いに間を空けて五つ。つまり千人の集団が五組。整列した状態で雨の中を行進しているのだ。
上官と思われる馬に跨った兵士が、五千人の塊の両サイドを前へ後ろへと移動している。
思いきってドローンを近付けてみると、上官らの叫び声を拾えた。
時折激しく降る雨に負けないように、怒鳴るような大声を出しているのだ。
「いいか! あの明かりを目指して進め! 城門は既に味方の手中にある!」
(王都はなだらかな勾配の先に宮殿があるので、ここからでもポツポツ灯る明かりが見えますね。城門の警護はモーリンが手を回しているのでしょうか)
「敵の数はせいぜい五百だ。そのほとんどが宮殿内にいる! 街に入ったら、そのまま宮殿を目指せ!」
(モーリンの把握している情報ですね。それでそんなにも余裕なのですね)
「街は好きに蹂躙して構わん! 宮殿内にいるものは皆殺しにしろ!」
(随分とひどい命令ですね。相手も人間だというのに、そんなに簡単に殺せるものなのですか)
ロイドは軍事作戦に関するデータを持ち合わせていない。
そのため、このように面を意識させる状態での進軍の意味を計りかねた。
(人間にとっては、一目で集団だとわかることが相手への脅威を高めることになるのでしょうか?)
だが迎え撃つ方にしてみれば、これほど制圧し易い陣はないように思える。
(出荷前のラインに並んでいる状態に似ていますね。私たちでいえば、アクティベイトされる前の一番無防備な状態ですよ)
ロイドにしてみれば、四方八方から様々な者が襲ってくる方が厄介だった。
警護対象の全方位を守備し、強襲者それぞれの特性に応じた回避行動を選択し続けなければならないのだ。
このように整列した集団であれば、注意するのは一方向で、制圧に必要なエネルギー量を計算すればいいだけだ。
(ですが、どうしたものか……)
ポーターに残してきた十機の制圧支援ドローンは、呼び寄せるのに六十七分ほどかかる。
(今ある十機で対応するほかありませんね)
ロイドの目の前に五千人の人間がいる。
このまま進行を許し、城門を超えて王都に攻め込んでくるようなことがあれば大混乱となる。
ライアン邸にいる近衛兵などが応戦するだろうが、当然、ぶつかれば負傷者が出る。
そもそも五千の兵に応戦できるほどの人員はいない。
王都が混乱に陥り国民がパニックを起こせば、イースたちを連れて逃げ出すのも困難になるだろう。
(マザー。私たちの活動制約、いえ、誓約と言った方がよいでしょうか。それに照らして私の判断は正しいといえるでしょうか……)
ロイドは城門の外で五千人に沈黙してもらうのが一番合理的な解決方法だと判断した。
(この雨はまさに恵の雨となりました。うまくいけば五分とかからないでしょう)
ロイドはまず、クレーグ弾を2発、兵士たちの上空百メートルで爆発させることにした。
負傷させるのが目的ではなく、爆音と風圧で戦意を喪失させるためだ。
ロイドの合図で制圧支援ドローンからクレーグ弾を放出させることにし、いったん上空に待機させておく。
王宮内や城門近くのドローン映像から、デレクたち近衛兵の動きもキャッチした。
(おや。モーリンを捕らえられずに悔しがっていると思っていたのですが。ふーん。なるほど。ドナルドと一緒に城門から逃げ出すところを押さえるつもりなのですね)
ドローンからの映像では、未詳Xだけが単独で城門へ近づきつつあった。
デレクとスペンサーは既に城門の手前で待ち伏せをしている。
(そういうことでしたら私もそちらに加勢するとしましょう。ここは制圧支援ドローンに遠隔で指示を与えればすみますからね)
ロイドは制圧支援ドローン九機を残して、来た時と同様に城門の内側へと戻った。
「デレク。お話があります」
テントの外から聞き覚えのある声が聞こえて、デレクはテントから出てきた。
十人の元近衛兵が折り重なるように倒れている中に、ロイドが立っていた。
「すみません。この方たちが話を聞いてくれないので、ちょっと黙ってもらいました。ライアンの屋敷で会っているはずなのですが」
(まあ、あれだけ飲むと人間は記憶をなくすらしいので無理もありませんが)
「お、お前は。確か――」
「はい。ロイドです」
ロイドは目線をテントの方に移して言った。
「中にスペンサーがいますね」
「あ、ああ。なんで――。そうか。お前は覗けるんだったな。よし、入れ。お前ら!」
デレクがロイドに襲いかかろうとしていた新手の元近衛兵に命じた。
「こいつは味方だ。安心しろ。そいつらを叩き起こして持ち場に戻れ」
元近衛兵らはデレクの指示に力強く返事をして、仲間を連れて足早に去っていった。
「はっ!」
デレクに伴われてロイドがテントに入ると、スペンサーは意表をつかれ、言葉を失ったままロイドの顔をまじまじと見た。
「へえ。随分持ち直したようですね」
ロイドの気軽すぎる言葉遣いを嗜めるように、デレクが「うほん」と咳払いをした。
「よい。お前だな、私を助けてくれたのは。世話になった」
スペンサーが威厳を取り戻し、ロイドをじっと見た。
「いえ、どういたしまして。それよりも――」
不気味な笑顔を浮かべたロイドが、二人にある提案を持ちかけた。
デレクは楽しそうに話を聞いていたが、ロイドの力を知らないスペンサーには、にわかには信じ難い話だった。
それでもデレクが大丈夫だと請け負うので、スペンサーもロイドの筋書きに乗ってみることにした。
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