第7話 マルク・ブーロン卿

 イースが支度を終えるまでの間、ミッチェルはロイドを連れてマルクの部屋を訪れた。

 先に話を通しておくためだ。


「なるほど。ほっほっほっ。魔術か。面白いの。確かに敵意はなさそうだ。隠し事はどうかわからんがの。王宮からの間者でないことくらい、ワシにもわかるわい」

「はい、その線はないと思います」


「イースを助けてくれるというのなら、いくらでも話を合わせてやるわいの」

「では、よろしいのですね」


 ミッチェルとマルクの視線が、一瞬鋭く交わった。


「ああ構わん。いずれ戦力が必要になる日が来るかもしれんしの」

「マルク様――」

「なあに、年寄りの妄想じゃ。独り言、独り言。ほっほっほっ」


 快活に笑ったかと思うと、マルクはすぐに真顔に戻った。


「ロイドとやら」

「はい」


 マルクは七十七歳の老人とはいえ、元近衛師団長だ。

 二メートル近い巨体に漂う風格に並の人間であれば恐れをなす。

 それなのに、ロイドは畏怖という観念を知らない赤子のように、城主の前で平然としている。


「何か目的はあるのかの?」

「目的ですか?」


 ロイドが首を傾げたので、ミッチェルは考え込むのかと思ったが、考える素振りを見せたのは、ほんの一瞬だけだった。


「私はある方を警護する目的で存在していますが、その方が行方不明なのです。まあ、その方にしてみれば私が行方不明なのでしょうけれど。そういうことですので、私はこちらで警護の任につかせていただければ幸いです」


「ほお。お前は主君とはぐれたと申すか。ほっほっほっ。面白い奴じゃ。それでは主君を見つけ次第、お前は主君に忠誠を誓うという訳じゃの」

「はい。おっしゃる通りです」


 ミッチェルは顔をしかめた。馬鹿正直にも程がある。


「ということは、その主君がワシらの敵である場合、お前も敵に寝返るということかの」

「そうなる可能性はほぼゼロだと思われます。あなた方の敵味方の中に、というか、この世界に私の探している人物はいないと思われますので」


「ほお? それではいつまで経っても会えぬではないか」

「はい。絶望的です」

「ふぁっふぁっふぁっふぁっ! 面白い奴じゃ」


 マルクには、ロイドが嘘をついているようには見えなかった。王宮に巣食う有象無象の類を長年見てきた勘が、「大丈夫」だと告げていた。


「さて、話はもうよかろう。朝食が待っておるわ」



 ミッチェルが最初に部屋を出て、廊下側からマルクが出てくるのを待った。

 そのままマルク、ミッチェルと歩き出したので、ロイドがドアを閉めて最後に続いた。

 もちろん部屋の中にドローンを一機置いていくことを忘れなかった。




 ヒイラギの間では暖炉に薪がくべられており、室内が温められていた。

 ブーロン領は北方にあるため冬が長い。春の訪れは三月の半ばを過ぎてからになる。


 イースはウエストをきつく絞った薄いブルーのドレスに着替えていた。瞳の濃い青によく似合っている。

 マルクは貴族の略礼装――といってもふくらはぎまで覆う重厚なブラックの生地に金銀刺繍の入ったコートを、ミッチェルとロイドは更に簡素化された立襟のジャケットを着ていた。

 ミッチェルはブラウンで、ロイドはグリーンだ。


 テーブルには、パンと数種類の野菜を蒸したもの、それとスープが用意されていた。

 使用人たちは食事を運ぶとすぐに部屋を出ていく。主人たちの会話を聞くことは許されていないらしい。

 マルクとイースとミッチェルが食べ進むなか、ロイドは手を膝に置いたまま動かなかった。


「ロイド、どうしたの? 食べられないものでもあるの?」


 領主の手前、いかにも優しい令嬢然とした感じでイースが尋ねた。


「実はその、私は食事をしないのです。食べられない訳ではありませんが。食べたところで微細なサイズに砕いて排出するだけですので、食材を無駄に捨てることになるのです」

「なんだそれーっ! 魔術師になったら食べなくても平気なのかーっ?」


 あっという間に淑女の仮面を取ってしまうイース。


「用意される前に申し出るべきでした。申し訳ありません」

「よいよい。朝食を食べる人間なら、この城に山ほどおるでの。ふぁっふぁっふぁっふぁっ」

「ロイド。確認ですが、食事は一切とらないという解釈で合っていますか?」


 ミッチェルが真面目に問いただす。


「はい。それで合っています。私は食物を摂取しなくても、核――半永久的にエネルギーが供給される体になっておりますので。ただし儀礼的に食事をする必要があれば、皆さんと同じように摂取することは可能です」


「魔術師、スッゲー!」

「イース!」

「あら、ごめんあそばせ」


 イースは「許してくださいね」とばかりに、ミッチェルにウインクした。


「はあ、まったく」


 ミッチェルが項垂れる。


「ふぁっふぁっふぁっふぁっ。よいよい。よいのお」


 マルクは上機嫌で眼前に並ぶ三人の様子に目を細めていた。

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