第27話 毒物分析

 ほんの一時間ほどで、ライアンとマルクが、デレクを伴って屋敷に戻ってきた。

 ミッチェルが出迎えるよりも先に、ズカズカと小男が応接間に乗り込んできて大声をあげた。


「毒を吟味できるというのは本当か!」


 デレクは言い終わってから部屋の中にいる三人を見て、ロイドに狙いを定めた。

 ロイドも三次元の生デレクをじっくりと観察した。


(おやデレクではありませんか。私より背が低いことは知っていましたが、身長は――百六十四センチですね。へえ。それにしても相当な筋肉量です。さすがですね)


 ロイドとイースは、マルクの手前、互いに目配せをして礼儀正しく自己紹介をしようとしたのだが、興奮冷めやらぬデレクに邪魔されてしまった。


「お前! お前か! 毒を飲んだと言うのは本当なのか。その魔術とやらを――」

「やめんかいの」


 静かだが有無を言わさぬ貫禄で、マルクがピシャリと言った。


「も、申し訳ありません」


 さすがの近衛師団長も、敬愛する元上司に諌められては態度を改めるほかない。


「この屋敷で危うく死者を出してしまうところでした。お恥ずかしい限りです。今一度、使用人たちの身元は確認するようにします。どうも、姿が見えない者が一名いるようなのです。おそらくその者が犯人なのでしょう。本当に申し訳ありません」


 気落ちしているライアンを気遣うように、ミッチェルが提案した。


「この部屋は開放感があって寛ぐには最適なのですが、秘密の談合には向きません。三階の書斎に移りましょう」





 結局、書斎に入った際デレクが挨拶をしたのはイースだけで――それも形式的な短さで――、ロイドにはすぐさま、「俺にもその魔術とやらを見せてみろ」と顔を近付けてきた。


 マルク、ミッチェル、イース、ライアン、そしてデレク。


 ロイドは五人の人間の顔を順に見た。

 押し並べて平静を装っているが緊張度はまちまちだ。


(人間はバイタルサインを読み合ったりしないので、顔つきでごまかせさえすればよいのですね)


 マルクがテーブルの端に、その両側に二名ずつが座り、皆、ロイドが立つ壁に顔を向けている。

 並んで座っているミッチェルとイースは、心なしか笑みを浮かべているようだ。

 これから示されるライアンとデレクの反応を想像すると、つい、にやけてしまうのだろう。

 マルクがロイドの魔術の概略を説明し、その一端を見せるよう命じた。


(人間が増えましたからね。それではお馴染みの映像ツアーから始めましょうか)


 ロイドはイースに最初に見せた映像を再生した。

 王都で暮らすライアンとデレクには見覚えのある風景ばかりなので、ことさら驚いたようだった。


「な、な、な――」


 デレクは言葉を失ったまま映像に釘付けになっている。


「本当だったのですね。まるで自分の目で見ているようです。いや、違いますね。鳥の目を借りて見ているといったところでしょうか」


 ライアンはあっという間に冷静さを取り戻していた。

 王都はさすがに人が多いため、どうしても安全な距離をとって、かなり上空からの偵察になってしまう。

 ロイドは未詳Zの様子をリアルタイムで投影した。


「これが私に毒を盛った男です。今はサークル周辺の店をのぞきながら、ぶらぶらしていますね」

「この男ですか。彼は、我が一族に長年仕えてくれた者からの紹介状を持ってきたのですよ。もう一年以上は働いてくれています……」


 ライアンは肩を落として嘆息した。


「紹介状は偽物だったのでしょうね。マルク様が来られることを見越して潜入していたのでしょう。何しろ舞踏会の日程はスペンサー様の二十歳の誕生日と決まっているのですから」


 ミッチェルが残念そうにつぶやく。



「おや。面白い。どうやら未詳X――ならず者風のモーリンの間者と会うみたいです」


 ロイドは未詳Xの映像に切り替えた。


「なんですって」

「モーリンの間者というのは?」


 ミッチェルの驚きと、ライアンの問いが同時に発せられた。


「マクシミリアン第二王子の後をつけてブーロン城に侵入した男なのですが、先日、モーリンの屋敷を訪ねていました」


 ロイドの説明に全員が同じことを考えていた。


 ――これでモーリンと繋がったと。



 二人の男はたくさんの店が立ち並ぶ一角の細い路地で落ち合った。

 ドローンは二人が何やら話している様子は映すものの、会話の内容までは聞き取れない。

 ほんの十秒ほどで互いに背を向けて歩き出した。


「やはりモーリンの指示だったのですね。ロイドが狙われた理由は不明ですが――」


 ミッチェルがぼそりともらす。


「だが奴が否定すればそれまでです。あの使用人がモーリンと会っているところを押さえぬ限りは――」


 ライアンは悔しさを滲ませながら言った。


「魔術で見たなどと言おうものなら、ワシらの方が怪しまれてしまうからの」


 マルクも慎重な意見だ。ロイドにしてみれば、これほど明白な事実はない。


(じれったいですね。毒物の鑑定結果を証拠として採用するまでには、あと百年以上はかかるでしょうか。この文明下ではどのような手順をふんで有罪にするのでしょう)


「それより。陛下が毒を盛られたグラスは大切な証拠品ですから、ライアンが保管しているのでしたね。ロイドはそのグラスの毒を摂取すれば、先ほど飲まされた毒と同じか分かるらしいのです」


 ミッチェルは皆を呼び戻した目的を思い出した。


「なんと! では少々お待ちを。すぐに取って参りますので」


 ライアンはマルクにそう断ってから席をたった。





 テーブルの上に置かれたワイングラスは、底に赤紫のこびりつきが残っている。

 さすがに手に取る者はいない。

 ロイドは五人が見ている中、遠慮なくワイングラスを掴むと、その縁を舌先で軽く舐めた。

 舐めた瞬間に成分が判明したが、人間っぽく――人間がごくりと唾を飲み込んで食道を通過する時間だけ待って――言ってみた。


「はい。同じ成分です。使われた毒は同じものです」

「そ、それだけでわかるのか?」


 イースが今更のように驚く。


(ふむ。人間たちに分からせるには、それこそ魔術のようなトリックが必要なのかもしれませんね)


 ロイドはここにいる人間たちを少し驚かせたくなった。


「いいことを思いつきました。薬草を保管している倉庫に行きましょう。私は今朝飲まされた毒入りの水を持って行きますので、皆さんは先に行っててください」


 それだけ言うと挨拶も忘れて部屋を出ていってしまった。




「やれやれ。申し訳ありません。マナーの講習は受けさせたのですが」


 ミッチェルは非礼を詫びながらも、どこか楽しそうだ。


「ご足労をおかけしますが、ひとつロイドに付き合ってやってもらえませんか」

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