第34話 闘技大会①

 宮殿の正面広場は、即位したばかりの王が、戴冠式の後にお披露目パーティーを行う由緒ある広場だ。

 その広場で舞踏会の前日に開催される闘技大会は、有力貴族や裕福な商人の子息たちのお披露目の場に他ならない。

 闘技大会を観覧する王侯貴族のために、広場を囲うようにテーブルと椅子がぐるりと並べられていた。


 テーブルは純白のテーブルクロスで覆われ、そのテーブルクロスの中央には、薄いブルーのランナーが敷かれている。

 そしてその上には王宮の料理人が精魂込めて作った料理がワインと一緒に並べられていた。

 イースは案内された広場の席に着くやいなや、すぐにテーブルの上の料理に目がいった。


「まあ! 今日はこれを食べながら、終わるまで待てばよいのですね」


 言葉遣いは令嬢のそれで、とても丁寧だが内容はいつもと変わらない。ミッチェルが軽く諌める。


「いい訳がないでしょう。他の妃候補たちをご覧なさい。テーブルの上のものになど興味を示していないでしょう」

「ふん」


 イースは小声で話すだけのたしなみはあった。

 



 ロイドは行動を見張らせているドローンに、テーブルの下での待機を命じた。


 空を見上げると雲ひとつない晴天が広がっている。

 日差しはまだまだ柔らかく屋外で過ごすには気持ちがいい時候といえる。

 風は風速0.二メートル。人間には無風に感じられるだろう。


(それにしても天候を予測する手段がないのは不便です。もし雨が降っていたらどうするつもりだったのでしょう。惑星の軌道上に衛星ひとつないなんて。本当に考えたくもありませんね)


 宮殿側の中央のテーブルが王族たちの席らしく、そこにだけ色とりどりの天幕がかけられている。

 宮殿と反対側の中央は、大会参加者たちの通路として空けられていた。


 その通路をはさんだ席に、ジョーとライアン、ジャスティンとジャックが、夫人や子女を伴ってやってきた。

 ライアンとマルクは目を合わせることもなく無関心を装っているが、ロイドには二人が緊張していることが手にとるようにわかる。


 宮殿から隣国の大使二人が従者を伴って出てきた。

 王族たちの席の右手側の端にドナルドが、左手側の端にミツツキが着席した。

 ドナルドの背後には自国の兵士四名と従者二名が付き従っているが、ミツツキの方は従者二名だけだ。


 各テーブルにサービスをする使用人がつき、お茶の準備ができた頃、王族方のお出ましとなった。


 ニクラウスが天幕の下の中央の席に座ると、アリシアとサーシャがその左に、スペンサーとマクシミリアンが右に着席した。

 モーリンが最後に出てきて、王の後方の席についた。

 会場が静まったのを確認してモーリンが合図を送ると、進行役が高らかに宣言した。


「只今より、ニクラウス王の御前にて、闘技大会を開催いたします」


 賓客たちがおざなりの拍手をした。




「聞きそびれていましたが、大会というからには優勝者を選ぶのですよね?」


 ロイドが隣に座っているミッチェルに尋ねた。


「ああ、君に説明するのをすっかり失念していました」


 ミッチェルがすまなさそうに答える。


「大会とは銘打っていますが、要は剣技披露の場なのです。もちろんルール上は相手の剣を地面に落とすか、相手が負けを認めれば試合は終了なのですが。まあ、そこは――」


 「わかるでしょう?」とミッチェルは言いたかったのだが、ロイドがいつもの無機質な表情を浮かべているので諦めた。


「家柄と財力がものをいうのですよ。はあ」


 口にしたくなかった言葉を口にさせられてしまい、ミッチェルはため息をついた


「つまり、勝者は家柄の良い方か財力のある方と決まっているのですね」

「そんなことを口にするものではありませんよ。まったくもう」


 ミッチェルがロイドから目を背けイースの方を見ると、フルーツサンドを頬張っていた。


「イース! もう、本当に君たちは――。いい加減にしてください」

「ほっほっほっ。よいよい。せっかく用意してくれたのじゃ。手をつけぬとはマナーに反するわいの」

「はあ……」


 テーブルの上に並べられた銀食器。サラダやサンドイッチに始まり、テリーヌやローストビーフに焼き菓子まで。

 これでは本当に、試合がピクニックの余興のようだとミッチェルは頭を振った。





 広場の中央に審判役の使用人が進み出て、王に向かって深々とお辞儀をした。

 進行役が出場者の名前を読み上げて試合が始まった。

 立て続けに四試合が行われ、その後一時間の休憩となった。





 休憩中は一気に社交の場に早変わりだ。

 ロイドは各テーブルでの会話に耳を傾けていたが、特段、怪しい動きはなかった。

 ジャスティンはミツツキに挨拶をして、宝石や鉱物をもっと輸入させてほしいと揉み手で愛想笑いをしている。

 シノアの特産品は、希少な鉱物や宝石類、それに滑らかな薄い生地の織物らしい。


 妃候補たちも動き出し、両親共々、王族たちを囲っている。

 白々しくマルクとライアンが挨拶を交わしているところへ、モーリンがやってきた。

 警戒しながらも、まったく緊張した様子を見せない二人はさすがだ。


「マルク殿。随分とお久しぶりですね。ご領地からなかなか出て来られないと、皆、寂しがっておりますぞ」

「いやあ、何せ、歳なものでの。此度も王都までの道のりの、まあ長かったことといったら。もう懲り懲りじゃの」

「そうおっしゃらずに。王宮ではいまだにマルク殿の武勇伝が語り継がれておりますのに」


 モーリンはそう言いながらイースに気持ち悪い視線を投げかけた。

 イースはなんとか耐えて特訓の成果を見せた。


「お初にお目にかかります。イースでございます」

「いやいやこれは――。なるほどお美しい。家柄といい、申し分ございませんな」


 ミッチェルも作り笑顔には見えない軽快な様子で語りかけた。


「ご無沙汰しております。三年ぶりですね。スペンサー第一王子を宮殿にお尋ねしていた頃がなつかしゅうございます」


 モーリンも破顔してみせた。


「いやあ、ミッチェル殿。元気にしておられましたかな。王子殿下のご学友には王都にいていただきたいものですが」


 「あははは」と、互いに高らかに笑いあった後、モーリンの瞳が鋭く光った。


「はて。そちらの方は?」

「ああ、これはワシの遠縁にあたる者での。イースの護衛を任せておるのじゃ」


 ロイドは型通りの挨拶をした。


「ロイドと申します。お初にお目にかかります」


 モーリンは驚きを隠すことができなかった。


「ロイド? もしや――。歳は――」

「十五歳です」

「なんと!」


 マルクが気遣うふりで声をかける。


「どうかなされたかの?」

「あ、ああ、いいえ。そんな、なぜ……。いやいや、なんでもありません。で、では私はこれで」


 モーリンは動揺を隠しきれぬまま、その場を辞した。

 その後ろ姿を見ながらライアンが低くつぶやいた。


「随分と驚いていましたね」


 マルクたちがじっとモーリンの背中を見つめる中、イースだけは用が済んだとばかりに着席した。

 そしてお菓子に手を伸ばすと、次から次へと口の中に詰め込んでいった。

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