第31話 悪魔の笑顔
「お前らがマスターの手下たちか」
「なっ……悪魔?!」
昨日と同じファミレスの駐車場に集まった半グレ集団の前に、達哉の使いの小悪魔が現れた。
そう、悪魔だ。漫画やアニメから抜け出してきたかのような小さな悪魔。ダンジョンに入りゴブリンを狩っていた恭二たちでさえ東京に悪魔が出現したことに驚きを隠せない。今日から参加したばかりの新顔たちは口をあんぐりとあけて小悪魔の姿に呆けていた。
犬走恭二をリーダーにした半グレ集団三十人。昨日の倍以上に膨れ上がった男たちの前で小悪魔が宙に止まる。
「マスターから話は聞いているんだろう? 仕事を紹介してやるぜ。少しばかり危険な仕事だけど短時間でたっぷり儲かるいい仕事だ」
「な、なんだこいつ? 玩具か?」
ニヤリと笑った小悪魔に半グレの一人が思わず手を伸ばした。なにかのトリックとでも思ったのかもしれない。
「【雷撃】」
「――ッッ!?!?」
閃光が走り、雷撃が不届き者に直撃した。ドサリとその場に崩れ落ちた犠牲者の姿を見て恭二たちに緊張が走った。
「ったくよー。きったねえ手で触るんじゃねえよ。おい、そいつはダメだ。片付けろ」
「……こ、殺したのか?」
「あ? 生きてるよ。ちゃんと手加減したからな」
簡単に殺すと面倒なことになるのは小悪魔だって理解している。殺すつもりならダンジョンの中で、だ。
そんなことよりさっさと仕事の話を切り出した。
「それじゃあ今日の仕事だ。お前たちにはある場所に赴いてモンスターをぶっ殺して探索してもらう。報酬は出来高払いだががっぽり稼げることは約束するぜ。だが詳しい話は契約をしてからだ」
恭二たちの顔を覗き込むようにして一人一人に目を向けていく。
その顔はどう見ても嗤っていて、愉快で愉快でたまらないと物語っていた。
「悪魔との【契約】だ。一度交わせば逃げられない。その代わりにお前らに富も力も与えてやる」
バチリ、と小悪魔の手に紫電が走った。超常の力、超常の存在、在り得ないと思われていたものが確かにここに存在する。
「さあ、選べよニンゲンたち。【契約】を結び魔王様の忠実なシモベとしてこっちに来るか。それとも」
駐車場の片隅に放り捨てられた先ほどの男を指差し。
「このチャンスを逃して今まで通りの糞みてえな日常に戻るか」
――道は二つに一つ。さあ、どうする?
悪魔が嗤う。無力なニンゲンたちを前にとても愉快そうに嗤っている。
◇
悪魔のシモベとなった恭二たちは転移によって見知らぬ場所に連れて行かれた。昨日は達哉の招待で【待合所】に足を踏み込んだが、今日は全く別の場所に出た。
大きな広場を囲むようにいくつもの建物が立ち並び。空には夜空、遠くには城や巨大な建造物の姿が伺える開けた空間。
「ここは魔王様の領土、魔王国。この空も大地も、ここにいる奴らもあの城も、この世界の全部が魔王様のもんなんだぜ」
「魔王……国……? なんだよそれ……。これ全部達哉のもんだってのか……」
(昨日会った時もカードだかユニットだかいうのを山ほど持っていたが、こんな国なんて影も形もなかったぞ……。俺らが帰った後に作ったっていうのか? たった一日で?)
魔王の力を感じて恐れている手下たちと違い、恭二はわずか一日でここまで成長した達哉に嫉妬に似た感情を抱いていた。
「さて、それじゃこっちだ。この中に入りな」
「……なんだここは? 銀行ATM?」
小悪魔に案内されて広場に面した建物の一つに入る。中にはタッチパネル式の機械が並んでいて、両脇に鎧を着た女兵士が立っていた。
普段は女と見れば声をかけたり冷やかしたりする半グレ共だったが、目の前に立ったままピクリとも動かずに静止している女兵士たちに気圧されたようで遠巻きに眺めるだけだった。
「ここはクエスト発行所な。お前らはここでクエストを受注してからダンジョンに向かうんだよ。ほら、そこの機械を触ってみろ」
「あ、ああ。こうか?」
リーダーである恭二が真っ先に画面を操作すると【討伐クエスト】【納品クエスト】【緊急クエスト】の三つが表示された。
「おい、これはどれを受ければいいんだ? 全部受ければいいのか?」
「ん? 緊急クエストがあるのか。えーと、内容は“モンスターの群れの討伐”か。これなら問題ないな」
一緒に画面をのぞき込んでいた小悪魔の言葉にあわせて、両脇に立っていた女兵士二人が恭二の前にやってきた。
「こいつらを連れて討伐に向かってくれ。報酬はクエストを成功させてからだ」
「あ、ああ……わかった」
強敵がいたらトークンたちを囮にしてでも戻って来いと小悪魔が恭二に告げると、そのまま女兵士たちと一緒に緊急クエストに送り込んだ。
討伐クエストの相手はゴブリン。ダンジョンらしき場所で大きな巣を作ろうしていたのを女兵士たちで叩き潰し、無事に緊急クエストを終わらせることに成功する。
恭二が緊急クエストを行っている間に小悪魔が他の人間たちにクエストを受注させ、緊急クエストがある者は兵士と一緒に送り込み、なかった者はパーティを組ませてダンジョンに向かわせた。
ダンジョン内部の宝箱は一定周期で中身が復活し、ポーションなどのNやRのカードを回収できる上に、討伐クエストや探索クエストの報酬が手に入る。
残念ながら使徒ではないのでガチャポイントは入らないが、クエスト発行所のおかげで更に効率が上がり、その分半グレ――“探索者”たちの報酬に反映された。
◇
クエストの報酬は“ガチャチケット”。緊急クエストも同じだ。
使徒である達哉や杏奈たちがクエストを受注すると基本的にガチャポイントが手に入るのだが、一般人の探索者には代わりにガチャチケットが配布される。
それらのチケットと宝箱から出たカードを回収し、代わりに本日分の給料の渡していく。ダンジョンの一層と二層を五時間ほど探索し、一人およそ五十万。時給十万程度。
ただし、緊急クエストが出ていた人間たちは別計算。
「“SR以上確定武器チケット”か。まあ悪くねえんじゃねえの。そうだな、全部で八十万ってところか」
「八十万か……」
告げられた金額に恭二の表情が曇る。八十万。他の手下たちのほとんどはそこまで届かない。だが、トップに相応しい金額かというと不満が残る。
今回の緊急クエストは恭二の他に三人が参加していたが、一人は“モンスターカード召喚チケット”が報酬に出て七十万。もう一人は“SR以上ユニット確定チケット”で百二十万。そして最後の一人が何と【森林】というベースカードを手に入れてきて二百万の値段がついた。
【森林】はその名の通り木が生えているだけのベースカードなのだが、この森の木を切ると【木材】の素材カードになる資源供給地だった。どうやら森の木は増えず、切り終わったらそれ以上の素材は手に入らないようだが、それでも大量の素材が採れることに代わりはない。
小悪魔から二百万の報酬を貰った男と百二十万の報酬を貰った男を周りの仲間が囲い冷やかしている。
周りを囲う男たちから羨望や嫉妬の感情を向けられるが、仲間同士の争いは【契約】で禁じられているので危険はない。それにもしかしたら次は自分が緊急クエストの大当たりを引くかもしれないという期待も見え隠れしていた。
そんな中に恭二がたった八十万程度の金を持って向かったとして、リーダーの威厳を保てるだろうか。
幸運にも恭二以上の大金を手に入れた二人はきっと恭二を侮るだろう。たったそれっぽっちしか稼げないのかという思いが態度に現われるに決まっている。
「なあキョージ。そのチケットを自分で使ってみる気はあるか?」
「……なに? このチケットを、俺が……?」
「ああ。はっきり言ってこの国で武器チケットの需要はあんまりねえんだ。素材さえあれば作れちまうからな。必要なのはそれこそSSRの武器だけさ」
危機感を抱いていた恭二の耳元で小悪魔がささやく。
「SR以上確定ってことはSSRが出る可能性もある。そうしたら……そうだな、他のチケットも合わせて二百五十万で買い取るぜ」
「二百五十万……」
それなら間違いなく恭二がトップだ。リーダーの面目を保てる。
「ただし、SR武器だったら全部込みで五十万ってところだ。ああ、あるいは……引いた武器をお前が使ってもいいぜ。そのチケットをお前に売ってやるよ」
「……なんだと? いいのか?」
「さっきも言ったろ? 需要がねえんだよ、需要が」
一緒に悪巧みをする悪友のように小悪魔が親し気な笑みをつくった。
「お前はマスターの親友らしいじゃねえか。なら俺の方から上手く話をつけてやるよ。そのチケットを自分のモノにしちまっても問題ねえぜ」
「……っ」
チケット。ガチャからカードを手に入れることのできる夢の欠片。
「まあ、要らねえって言うなら別にいいぜ。八十万を受け取ってまた明日もクエストを受けに来いよ。きっとそのうちお前にも良いクエストが当たるさ。たぶんな」
これっぽっちもそんなことを思っていないことがはっきりとわかる。今日ダメだったらお前には無理だと態度で小悪魔は言っていた。
「それで? どうするんだ? 使うのか? 買うのか? このまま売るのか? 早く決めてくれよ、なあキョージ」
「お、俺は……」
チケットを握りしめる恭二の手が震える。
小悪魔は恭二の耳元に浮かび、とてもとても楽しそうに嗤っていた。
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