第3話 はじめてのモンスター討伐

 ダンジョン一階は石造りの通路。横幅は二メートルほど。天井は高く、等間隔で壁に松明が設置されている。とても簡素な造りだった。

 そんなダンジョンに四人パーティで潜った少年――佐々木ささき隆志たかし たちは早速モンスターと相対してた。


 ゴブリン。佐々木たちよりも一回り小柄な体躯に木の棒と腰みのだけ身に着けたありふれたやられ役。ただのザコ。新人冒険者たちの初陣にちょうどいい、そんな位置づけだ。

 そんな甘い話はなかった。


「GYAAAAAAAAA!!」

「ひいっ!! く、来るな、来るなあああああ!!」


 佐々木たちはただの素人だ。つい先ほどまで荒事と無縁の一般人だ。ゲームに出て来る新人冒険者しゅじんこうではなく、どちらかと言えばゴブリンに殺される村人モブの立ち位置なのだ。

 どんな名剣を持とうと、優れた槍を手にしていようと、それを扱うだけの気力がなければ話にならない。


 逆に相手を殺そうという明確な意思さえあれば、ハサミだって凶器に変わる。

 佐々木たちよりも小柄なゴブリンは殺意に溢れていた。手にした木の棒きょうきで佐々木たちを殴り倒し、甚振り殺すことに一切の躊躇がない。


「GAAAAAA!!!」

「うわああああああ!!!!」


 ゴブリンが奇声を上げながら木の棒を振りかざして走り寄ってくるだけで、佐々木たちの心は折れた。どんなに強固な鎧を着ていても精神までは強くならない。

 まるで話の通じない狂人に突然襲い掛かられたような気持ちで、あるいは狂暴な野犬に追われているような気持ちで逃げる少年たち。

 手にしていた武器を放り投げ必死の形相で来た道を戻っていく。モンスターを倒してポイントを稼ぐという目的を誰も覚えていなかった。


 幸い出発地点から遠くない場所での邂逅だったこともあり、一人も欠けることなくホールに戻って来れた。最後尾を走っていた佐々木は足を滑らせてサークルに転がり込むようにして戻ってきたが。足を滑らせたと分かった瞬間は本当に生きた心地がしなかった。


「……今日は解散しようか」

「……そうだな」


 しばらく床にへたり込んでいた少年たちは、誰が言うでもなく示し合わしたように解散し、自分の家へ帰っていった。

 佐々木はさっさとベッドに入り瞳を閉じた。先ほどの逃走劇で疲れていたのかあっさりと眠りに落ちていく。

 本日の獲得ポイント、0ポイント。それが佐々木たちの初日の成果だった。


 ◇


「GAAAAAAAAA!!」

「うるさいゴブリンたちね」


 襲い掛かってくる恐ろしいゴブリンたちが、黄金の魔女の魔術であっさりと消えていった。


「うふふ、顔色が悪いけど大丈夫?」

「……だ、大丈夫よ。問題ないわ」

「そう。でもその子が苦しそうだから、もう少し緩めてあげたら?」

「あっ! ご、ごめんなさい、チカ」

「……」

「私は大丈夫。心配してくれてありがとう」


 チカを抱きしめる腕にいつの間にか力を込めていたみたい。それなのに私の心配をしてくれるなんて優しい子ね。


「杏奈、一度ゴブリンと戦ってみるぞ」

「っ、わ、わかったわ。任せてちょうだい」

「よし。ベアトリーチェ、危なくなるまで手を出さないでくれ」

「二人のお手並み拝見といかせてもらうわね」


 先頭を歩いていた――本当に散歩のように何の気負いもなく歩いていたベアトリーチェが下がり、達哉が前に出る。SSRの長剣やSRの鎧を着た彼の背中が見えて安心する。


「……!」

「ええ、そうね。チカも頼りにしているわ」

「……!」


 腕の中に納まるチカもやる気を見せている。大丈夫。悔しいけど後ろには黄金の魔女だって控えているのだ。万に一つも負けることはないはず。


「二人とも、前から来るわよ。――来たわ」


 通路の先、十字路を曲がってゴブリンが姿を見せた。手に持っているのは棍棒。ダンジョンの入り口で見たゴブリンよりも強そう。

 そのゴブリンは通路の先に私たちがいるのに気がついて、はっきりと笑みを浮かべた。


(――あれは、ダメだ)


 一目見ただけでわかる。人間とは、人類とは決して相容れない存在。人を殺すためだけに存在する怪物モンスター


「GAAAAAAA!!!」


 怪物の目に歓喜が浮かんでいる。言葉が通じないのに「これからお前を殺してやる!!!」と叫んでいることを嫌でも理解してしまう。

 恐怖に全身が強張りチカを抱く腕に自然と力が入る。達哉が前にいなかったら恥も外聞もなく逃げ出してしまったかもしれない。


(達哉は大丈夫なの?)


 自分の目の前に立っている達哉はゴブリンと一対一で向き合っている。彼を守ってくれる者はいない。間違いなく私以上の恐怖に晒されているはずだ。


(私が達哉を守らないと……! チカ、何かあったらお願い!)

「……!」


 達哉を守るんだと思った瞬間、モンスターに怯えるだけだった私の心に火が灯ったようだ。恐怖に凍える体を炎が駆け巡り、全身に力が戻ってくる。

 いざとなったらフォローに入るようにチカにお願いすると、「任せて!」と心強い返事が返ってきた。


「GAAAAAA!!」


 ゴブリンはすでに達哉の目の前に迫っていた。すぐに行動に移れるように固唾をのんで見守っていると、達哉の気配が変わった。


「……なにこれ」


 重く、苦しい空気が通路に満ちる。物理的な圧迫感を伴っているかのような強大なプレッシャー。


「GA……? GAA!? GAAAAAAAAA!?」


 突然の変化にゴブリンも戸惑い足を止めた。

 いえ、あれは……怯えている?

 さっきまで人間を殺す喜びに満ちていたゴブリンの顔に、はっきりと恐怖が浮かんでいた。


「趣味が悪いな」


 スッと流れるように達哉が足を踏み出し、撫でるように剣を振るった。


「GAAA……」


 それで終わり。あんなに恐ろしかったゴブリンはあっという間に倒されて、光となって消えていく。何も残らない。


「一階のザコならこんなものか。じゃあ次は杏奈が倒してみよう」


 そして先ほどまでの濃厚な気配がまるで夢だったように、いつも通りの達哉がそこに立っていた。


「杏奈?」

「あ……わ、わかったわ! 次は私ね。大丈夫、私とチカに任せてちょうだい!」


 なんだかふわふわする気分のまま、チカを抱えてダンジョンを進む。


「GAAAAA!!」


 通路の先から先ほどと同じようにゴブリンが走り寄ってくるけど、どうしてこんな相手に怯えていたのかしら。

 満面の笑顔を浮かべて私を殺そうとする姿はさっきまでと同じなのに、全然怖くない。


(……ああ、そうか。私はもうこのゴブリンを脅威と思っていないんだわ)


 見たこともない未知の怪物、積極的に私を害しようとする初めての敵、殺し合いと言う異常な状況。そういった様々な要因がこのモンスターを強大な恐ろしい存在に見せていた。


 だけどこのゴブリンは達哉の足元にも及ばない。

 達哉に怯え、足を止めて恐怖し、あっさりと剣の一振りで殺された。

 これは怪物モンスターじゃない。私たちがポイント稼ぐためのモンスターなんだ。


「チカ」

「……!」

「GA?!」


 一度餌と認識してしまえば恐怖することなんて何もなかった。チカにお願いして氷の礫を撃ってもらっただけで終わり。

 あっさりと倒れて光の粒になって消えていくゴブリンからすぐに興味を失う。


(さっきの達哉……物凄くゾクゾクした……)


 あの強大なプレッシャー、垣間見せた力の気配、何の感情もうかがえずに淡々とゴブリンをした姿。

 私の目に焼き付いたあの一連の光景が自然と脳裏に浮かんでくる。


「はぁ……」

(……素敵……)


「お疲れ。どうだった?」


 びくっ!!!!!


「な、ななな、なんでもなかったわよ? 私とチカにかかればこのくらい楽勝よ」


 ついうっかり物思いにふけってしまった。いけないいけない。彼と一緒にいるんだから情けない姿は見せられないわ。

 後ろを振り向くと、私が戦うところを見守ってくれていた達哉とベアトリーチェの姿が目に入った。二人で並んで観戦していたみたい。ちょっと距離が近くないかしら?

 ベアトリーチェと目が合うとにっこりと微笑まれた。美しい笑顔にいら立つ。とても強いし便利な魔法を使えるのもわかるけど、こんな綺麗な顔にする必要はなかったと思う。皺だらけのお婆さんでも良かったんじゃないかしら。


(……胸は私の方が大きい……勝った!)


 黄金の魔女の控えめな胸部を見つめ、私もにっこりと笑顔を返した。



「マスター、そこの壁を調べてみてくれる? 隠し通路のスイッチよ」

「ここか? ……本当だ。ここだけ石の色が少し違う。押しこめるようになっているな」

「わたしの魔眼に見抜けないものはないの。どう、役に立つでしょう?」

「さすがだな。大助かりだ、ありがとう」

「どういたしまして」


 ……ベアトリーチェが隠し通路を見つけて、中にあった金色の宝箱からSSRカードが手に入った。

 本当に嫌になるほど優秀なカードね!!

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