第14話 交わり出す世界/手に負えない

“他エリアの使徒とフレンドになりました。【交流エリア】が解放されました”


 アリーチェとエリザ、ついでにレベッカとフレンド登録をしたところ、新機能【交流エリア】が解放された。

 簡単に調べたが【待合所】の国際交流版というイメージだ。今まで使っていた待合所は同じ国内の使徒同士しかいない、【日本エリア待合所】とか【イタリアエリア待合所】といったものだった。誰かが招待しない限り、他国の使徒は他国の待合所に入れないようになっている。


 だが【交流エリア】は違う。全世界の使徒が自由に出入りして交流することができるようだ。

 天井の高い吹き抜けの円形のホールになっていて、中央付近にはテーブルと椅子がいくつも置かれ、四方には出入り口になる青いサークルとダンジョンへ向かう赤いサークルが一つずつセットで設置されていた。

 また、壁を調べると一階の四方の壁に大会議場が四部屋、大会議場の間の壁に中会議場が十二部屋あり、二階から最上階の五階の壁にも小会議室が四十部屋ずつあった。二階から五階は中央部が吹き抜け構造で一階のホールを眺められるようになっていた。

 大会議室の中は内部に複数の部屋があり、中会議室も二部屋の続き部屋。小会議室だけは一部屋だ。


「まだ他のエリアの使徒は来ていないみたいだな。とりあえずこの大部屋を俺たちが確保するから、アリーチェたちは向こうの大部屋を確保してくれ」

「え、確保ですか?」

「こうするんだ」


 持ってきていた紙とペンに『日本代表使用中。お問い合わせは下記にご連絡ください』と書いて大部屋のドアに張り付けておく。

 『ダンジョンに関する情報交換、カードのトレードも歓迎します』と横の壁に貼り付け、更に現在の日付と時間を紙に書いて写真を残す。後から来た他国の使徒に文句を言われるかもしれないから、俺たちが先に確保したという証拠を残しておく。


 ちなみにダンジョンや交流エリアの中だと文字や言語は自動で変換されて伝わるようだ。俺が話してたり書いたりした日本語をイタリア人の二人が問題なく理解しているし、逆に二人の言葉もちゃんと伝わっている。


「救世主様って日本代表だったんですね! すごーい!」


 素直なアリーチェは鵜呑みにしているようだが俺が勝手に日本代表という言葉を使っているだけだ。後から真実にしてしまえばいいだけだ。

 まあ、日本の使徒三十人のポイントとダンジョンの使用許可を得ているし、過半数を超えているという意味では今の時点でも日本の使徒の代表と言っても嘘ではない。


「それではわたくしも……紙とペンをお借りします」


 エリザがサラサラと美しい筆記体で同じ内容を書いて大部屋の扉に張り付ける。これで大部屋の半数は日本とイタリアが確保した。見る者が見れば日本とイタリアの関係はすぐにバレるだろうな。


「本当は日本とイタリアの繋がりはまだ隠しておきたかったんだが、最初からパワーゲームになると大国に負けるからな。こっちも頭数を揃えて小規模なグループはどんどん吸収していこう」


 この交流エリアがなかったらアリーチェとエリザの二人にイタリアで別行動を頼もうと思っていたんだが、どうやらこのゲームを仕組んだ神は世界中の使徒の交流をお望みのようだ。亀のように縮こまっているより、積極的に味方を増やしていく方が良さそうだ。


「まず二人はイタリアの使徒たちから支持を得ることと、イタリアの上層部から支援を引き出せないか試してみてくれ」

「はい、なんとしてでも父を説得してみせます!」

「わ、わたしの家は普通の会社員なんですけど、大丈夫ですか……?」


 エリザの家はイタリア北部でいくつも会社を経営している資産家らしく、朝になったら早速父にアポイントメントを取ると言っている。

 アリーチェはローマ在住の一般家庭らしいが、こちらはアリーチェ自身に頑張ってもらう予定だ。


「大丈夫だ、アリーチェならできる。お前の【運命の少女ファム・ファタール】なら何も問題はない。期待しているぞ」

「は、はい! がんばります!」


 アリーチェが決意を漲らせて意気込んでいる姿がとても愛らしく見える。まだたった十二歳の少女に思わず見惚れそうになるが、”思考のスイッチ”を切り変えてニュートラルに戻した。


「アリーチェちゃんなら大丈夫です! わたくしがアリーチェちゃんを支えますから安心してください!」

「エリザさん、ありがとうございます!」


 だが、エリザはすっかりアリーチェのにやられてしまったようだ。


(普通の少女が“銃で撃たれて大怪我を負った状態”で、“素手でゴブリンと殴り合いをして勝った”、か。恐ろしいな。狂信者を作り出すスキルといったところか?)


 【運命の少女】。スキルカードではなくアリーチェ本人に紐づいているスキル。


『ガチャからSSR【スキル習得チケット】っていうアイテムが出て、それを使ったら覚えたんです』


 アリーチェが言っていた【スキル習得チケット】とは、使用者本人がスキルを身に着けて自由に使えるようになるアイテムらしい。

 習得するスキルは本人の資質によって自動で決まり、一度覚えてしまうと他者に譲渡したりすることもできない。使い勝手が悪い代わりにSSRスキルカードよりも強力・凶悪なスキルを覚えることもあるというのがベアトリーチェの説明だった。


(アリーチェ本人は自分のスキルの効果を自覚していないようだが、すでにエリザもレベッカもスキルの影響下にあるみたいだったな。この能力を使って他国の使徒やイタリアの上層部を魅了出来れば……面白くなってきた)


 日本でも梟さんの伝手で動き出しているが、アリーチェの方が早く結果が出るかもしれない。このままアリーチェを旗印に担ぎ上げ、エリザと父たちを補佐にした勢力を作るというのも楽しそうだ。


「よし、それじゃあまずは俺の拠点に移動しよう。二人にもクエストが出ていないか確認したいしな。……ああ、レベッカも一応確認するか。【無人クエスト発行所】はこっちの交流エリアに持ってきた方がいいか?」


 俺の本拠地である【聖なる地】は交流エリアでなく待合所かどこか別の安全な場所に置いておこうと考えているが、【無人クエスト発行所】は交流エリアに設置して味方勢力への餌にした方がいいかもしれない。

 引き抜き合戦や勢力争いになった時にうちのアピールポイントは一つでも多い方がいいからな。


 ◇


 達哉が今後の戦略を練り直しながら少女たちという戦利品を連れ帰ってきた一方で、クエスト受注直後の【聖なる地】では。


「――あの二人が帰ってくるまでに検証を進めなきゃね。がんばりましょう」


 ひとりベースに置いて行かれた杏奈は、手渡されたSSRカードの束を手に検証を開始した。二人が受けた未知のクエストが不安だったが、達哉とベアトリーチェなら大丈夫だと自分に言い聞かせている。

 なお、転移して数十秒で達哉が元凶のレベッカを殴り倒し、すぐにアリーチェたちを回収したので危険は一切なかったということを杏奈は知らない。なんなら“治療時間”の方が遥かに長かったということも知らなかった。


 それはさておき、杏奈はさっそく一枚のSSRを取り出して使用してみた。


SSRベース【未来研究所】

・素晴らしい設備の揃った未来の研究所

・設備は整っているが研究員はいない


 出現したのはSF小説に出てきそうな近未来を感じさせる研究所――それも超大型の施設である。

 基本となる研究設備が充実しているのはもちろん、量産用の設備や運動場、格納庫、宿泊施設も併合していて、杏奈ひとりで見て回ろうとしたらどれだけ時間がかかるかわからない。


『【未来研究所】へようこそ。歓迎いたします』


 研究所の高性能AIが杏奈の存在を感知して入り口のゲートを開ける。玄関の中もチリ一つ落ちていないピカピカな様子だったが、施設内部を移動する為のカートが入り口すぐ横に用意されているのが杏奈の目に映った。


「……どんな設備があるのか、簡単に説明してくれないかしら」

『かしこまりました』


 さすがにカートに乗って施設内部を見て回る時間がないので、AIが語る設備内容を記録して外に出る。

 少し歩いて隣の空地へ。次のベースカードを使用した。


SSRベース【訓練道場】

・訪れた者を鍛える訓練施設

・特殊ユニット【師範】はこのベース周辺から離れられない


「まるでカンフー映画みたいな建物ね……」


 【訓練道場】もかなり大きな建物だった。カンフー映画に登場する拳法道場のような大きな門があり、敷地を塀が囲み、塔まであるのが見える。


「ここには【師範】というユニットがいるのよね? 奥かしら?」


 門を潜り抜けると石造りの中庭があり、奥に道場らしき木造の建物があった。杏奈が中に入ると、道場の中央に少女が立っているのが見えた。


「……綺麗……」


 まるで大輪の花のような美しく可憐な少女。長袖のチャイナ服とゆったりとした裾のスカートを組み合わせたようなピンク色のドレスを着ていて、金の髪をツインハーフテールのお団子にしている。瞳の色も金色だ。

 ベアトリーチェも金髪金眼だったが、ベアトリーチェを綺麗と称するなら、目の前の少女は可愛らしいという言葉が似あうだろう。


「はじめまして。この道場の【師範】を務めています。どうぞよろしくお願いします」


 にこりとほほ笑むだけで周りに花が咲いたような錯覚を覚える。


「は、はじめまして……高宮杏奈です……」


 思ってもいなかった可憐な美少女の登場に杏奈の警鐘がガンガンと鳴り響く。こんな可愛い子がいるなんてと。にこにことほほ笑んでいる美少女の顔から視線を外して下へ向けた。


「……私の方が大きい……! 大丈夫……!」

「?」


 なんとか杏奈の心の平穏は守られた。


「こほん。ええと、ここは【訓練道場】というみたいだけど、どういうことをするのかしら?」

「はい。ここではスキルカードに頼らない武術や魔術、戦う術を教えています」

「スキルカードに頼らない……?」


 師範曰く、この道場で身に着けた術は【カード外スキル】という形になり、スキルカードを持っていなくても武術や魔術を使うことができるようになるらしい。


「杏奈さんもここで鍛えていきますか?」

「いえ、今日は時間がないからいいわ。また今度お願い」

「そうですか……」


 杏奈が断ると花がしおれたようにしょんぼりしてしまう師範。どうやら人に教えるのが好きらしい。


(見た目だけだと全然そうは見えないのだけれど……)


 武術とか教えられるようには見えなかったが、SSRカードで出てきたユニットだからきっと何でもありなのだろうと納得することにした。

 そして道場内部の設備を簡単に見て回って次のカードへ。


「次は……設備の【呪術台】は後にして、ユニットを先に見ようかしら」


 杏奈が取り出したのは【英雄の卵】。カードテキストには育て方次第と書いてあったが、どんなユニットなのか興味があった。


SSRユニット【英雄の卵】

・英雄の素質を持った少年

・最初はとても英雄とは呼べないが、育て方次第で大英雄にも至る可能性を持っている


 カードを使うと出てきたのはイラスト通りの幼い少年。短い赤髪、明るい緑の瞳がまっすぐに杏奈を見つめていた。


「お前がオレのマスターか? ずいぶん弱そうだな。言っておくがオレはお前みたいなよわっちょろいマスターの言うことなんか聞かねえからな!」

「……」


 幼いけれど整った顔立ちはショタ好きのお姉様が一目で恋に落ちそうな感じで、もしも杏奈にその気があったら危なかったかもしれない。生意気な物言いも好きな人にはたまらないだろう。


「……カードに戻って」

「あっ、おま――」


 だが、杏奈はすぐにカードに戻した。


「なにあれ……無理……。なんで初対面なのにいきなり喧嘩腰で突っかかってくるの……? 意味が分からないわ……!」


 基本的に良家の子女が通っている女子校育ちの杏奈にとって、面と向かってあんなことを言われたのは初めてだった。あまりのショックに咄嗟にカードに戻してしまったが、もう一度呼び出す気になれなかった。


 そして次はどうしようと考えているうちに達哉たちが戻ってきたのだった。


「お帰りなさい、達哉。無事に帰ってきて安心したわ。……それで、後ろの女の子たちは何なのかしら?」


 悩みの種が解決したと思えば新しい悩みが増える。杏奈にはまだ平穏は訪れないようだ。

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