第11話 無人クエスト発行所
「……」
達哉に杏奈のことを頼まれたチカだったが、寝ているだけなので特にすることもなかった。
少しの間だけ杏奈の顔を眺めていたあと、ベッドの端へと移動した。
薄桃色の壺の中に透明の液体のような淫気が揺蕩っている。
チカは氷の精、自然の精霊だ。ベアトリーチェと同様に人型をしているユニットだが人種ではない。
人の情欲というものにうといチカは淫気を見るのも初めてで、ベッドの縁から身を乗り出すようにして観察していた。
「うぅん……」
トンッ
「……?!」
どっぽーん!
そんなチカの後ろで、たまた寝返りをうった杏奈の腕が当たった。
ビックリしたチカはそのまま【淫気の壺】の中へ真っ逆さま。飛んで逃げる暇もなかった。
そして濃厚な淫気の中に当てられ目を回してしまう。
こうして“氷の精の淫気漬け”が完成してしまった。
◇
「なにをやってるんだ……」
「わたしが気がついた時にはこうなってたのよ……」
近所にある銭湯で汗を流し、コンビニで少し多めに料理を買って戻ってきたらなんだかとんでもないことになっていた。
淫気の壺の中にぷかぷかとチカが浮かんで目を回している。
「これは取り出したら使えるのか?」
「使えないこともないけど、
「そうか」
コーヒーと牛乳が混ざってコーヒー牛乳になるように、淫気に精霊の気が混ざって変質してしまっているらしい。一番いいのはこのままチカに淫気を使用することだという。
「どうなるか正確なところはわからないけど、少なくとも弱くなることはないわね。スキルが増えたり見た目が変わったりする程度かしら。淫気と馴染ませるためにもう少しこのままにしておきましょう」
ベアトリーチェがそういうのでしばらく寝かせておくことにした。心なしか最初に見た時より液体の量も減っている気がするな。杏奈には後で知らせよう。
◇
森の中の小さなログハウスで目を覚ます。大きなベッドの上で隣に旦那様と可愛い子供。二人の寝顔を見ていると旦那様が目を覚まして、優しく微笑んでくれる。
「杏奈。そろそろ起きろ」
「――はっ?! え、あれ? た、達哉?」
気がつくとベッドの上に私ひとり。達哉が隣に立って私を見下ろしていた。
「目が覚めたか。おはよう。確認したいんだが、学校は休めるか? 朝はいつもどうしている?」
「学校……?」
「まだ寝ぼけるのか。もうすぐ八時だぞ」
「学校……八時…………八時!? 遅刻だわ!!!」
急いで着替えて登校の準備をして――身を起こしたところで、自分が何も身に着けていないことに気がついた。慌てて布団の中に隠れた。
「きゃああ!! な、なんで私、裸で……?!」
「覚えてないのか? それだと困るんだが」
「お、覚えて……」
覚えている。思い出した。顔が熱い。
私は目の前の男に、達哉にいろいろとされてしまった。いつもの私なら絶対に口にしないことを言って、考えられないような恥ずかしいこともしてしまった。
あんな……あんな姿を達哉に見られた……!
「思い出したのか?」
「ひゃんっ」
達哉が耳元にささやく。背筋がゾクゾクする。彼の手が布団の中に入ってきていやらしい手つきで触ってくるのに抵抗しようという気が起きない。
「今日は学校は休め。朝食もさっきコンビニで買ってきたからこっちで食べるぞ。いいな?」
「う、うん……わかったわっ」
「いい子だ。また後で可愛がってやるから待ってろ」
「は、はぃ……っ」
達哉でほんの少しだけ触られただけで敏感に反応してしまう自分の体に戸惑う。もっと触れてほしいと思っている。
そんな私の考えを見抜かれたようでとても恥ずかしくて、けれど達哉に受け入れられたという安堵を同時に覚えていた。
「さあ、そろそろ起きるぞ。いいな?」
「は……ぃ……」
私が脱いだ服は枕元に置かれていた。達哉は着替えの間も出て行ってくれなくて、全部見られてしまった。
恥ずかしくて、ドキドキして、寮に戻って学校を休むと寮長に伝えた時には熱があるのかと心配されてしまって更に恥ずかしくなってしまった。
逃げるように部屋に戻ってしまったけど、不審に思われなかった心配だわ。
◇
真っ赤な顔の杏奈が戻ってきた。ちょうどいいので杏奈の分の分け前を渡すことにする。
「杏奈。これをやるから使え」
「え、SSRカード? いいの?」
「ああ。俺じゃ使えないからな」
SSRアイテム【闇のドレス】
・光属性以外の全ての攻撃に微耐性を得る
・女性専用
これはトレードを希望してきた古川という少年から買い取ったアイテムだ。見ての通り女性専用装備だったので自分は使えないからと、100万円で快く売ってくれたのだ。
「ど、どう? 似合うかしら?」
「ああ。とても似合ってるよ。すごく綺麗だ」
「あら、いいドレスじゃない。アンナによく似合ってるわよ。良かったわね」
「そ、そう? ありがとう、達哉。ベアトリーチェも」
さっそく【闇のドレス】を使った杏奈が俺に感想を聞いてくる。お世辞を言う必要もないくらいとてもよく似合っていた。
【闇のドレス】という名前だが重苦しい感じはせず、透けるように薄い布地が使われていたり、黒い花のコサージュがあしらわれていたりと、まずドレスそのものがとても美しい。
そして杏奈の白い肌や銀の髪がコントラストとなってより一層映えるのだ。漆黒のドレスは杏奈の魅力を見事に引き出していた。
「達哉からのプレゼント、大事に使わせてもらうわ」
「羨ましいわね。わたしも頑張ったのだけどプレゼントはないのかしら?」
「お前はさっきお菓子を分けてやっただろ」
杏奈もドレスが気に入ったようで姿見がないのを残念そうにしていた。このベースの中はまだまだいろんなものが足りていないからな。
ベアトリーチェも何かご褒美がほしいとねだってきたが、こいつは今のままでも強いので強化は後回しだ。コンビニのお菓子を与えたら喜んでいたしそれでいいだろう。
ちなみに服を着た状態で装備カードを使うと着ている服が一時的に消えて、装備カードを解除した時に元に戻るという仕組みになっている。装備カードを着ている時に新しい装備カードを使うと上書きされて、古い装備カードはメニュー画面に仕舞われる。一々出して着替えてという手間が省けるのが嬉しい。
ベースカードに関しては、【聖なる地】や【ログハウス】のように土地や建物が出て来るカードと、【天国のベッド】や【呪術台】のようにベース内に設置する設備の二種類がある。
【聖なる地】の中に【ログハウス】を出したように重ねて展開すること可能で、更に内部に道具や食料などを仕舞ったまま展開も収納も可能な移動拠点だ。疑似的なアイテムボックス代わりに使えるだろう。
ただし、内部に人間や生物がいる状態ではカードに戻すことが出来ない。ユニットだけならカードに戻すことができ、その状態でもベース内部の時間は経過するようだ。
「さて、それじゃあ杏奈も戻ってきたし昨日手に入れたSSRの確認をするぞ」
「昨日は集めるのが優先でじっくり見れなかったもの。どんなカードがあるのか楽しみだわ」
「わたしは少し視てみたけど面白そうなカードも多かったわよ。ねえマスター、どのカードから確認するのかしら」
ドレスに気を取られてチカのことをすっかり忘れている杏奈と、楽しそうなベアトリーチェと一緒にSSRカードの検証を開始する。
「まずは……この【無人クエスト発行所】にするか。クエストというのを確認しよう」
【ログハウス】の隣の空き地に【無人クエスト発行所】を設置した。どうせ土地は余っているし、ベースカードで出した建物は簡単に移築ができるで場所に拘る必要はない。
ベース【無人クエスト発行所】
・訪れた者にクエストを発行し、達成した場合に報酬が支払われる
・モンスター討伐、ボス討伐、ダンジョン探索、特定のカードの納品などの種類がある
「これが【無人クエスト発行所】か。まるでコインランドリーみたいな建物だな」
「中の機械も銀行のATMみたいよ。なんていうか現代的ね」
「ふうん、なかなか変わった建物みたいね。少し殺風景だけど機能的ってことかしら」
四角くて無機質で壁一面に機械が並び、天井はライトが設置されていてベンチまである。俺が良く利用するコインランドリーにとてもよく似ている。
ずらりと並んでいる機械は確かに銀行のATMを思わせる形をしていて、どうやらこの機械を操作することでクエストが発行できるらしい。
俺と杏奈は日本で似たような建物を見ているので目新しさはないが、ベアトリーチェからすると変わった建物に見えるらしい。
「さてクエストか、どんなものがあるんだ?」
――――――――――――
・探索クエスト
『ランク2ダンジョンを探索しよう!』 期限:24時間
ランク2ダンジョンの探索率に応じて報酬アップ!
――――――――――――
・納品クエスト
『ランク2素材カードを納品しよう!』 期限:72時間
指定されたランク2素材カードを納品しよう! 納品数に応じて報酬アップ!
――――――――――――
・緊急クエスト 期限:???
『少女を救え』
【???のダンジョン】で倒れた少女を救え
※このクエストを受注すると【???のダンジョン】のダンジョンへ移動します
※少女の救出完了で依頼達成
※時間経過でクエスト消滅、クエストリタイア時に再挑戦不可
――――――――――――
「なんだこれ、緊急クエスト?」
「『少女を救え』。まるで物語みたいね。マスターは乙女の危機に駆け付ける白馬の騎士ということかしら」
「達哉、このクエストどうするの?」
「説明を読むとリタイアできるようだから受けてもいいとは思うが……」
制限時間も書かれていないしダンジョン名も不明。他の二つのクエストと比べて異色過ぎる。
詳しい説明を読むとクエスト受注でダンジョンに移行し、リタイアするとダンジョンから脱出、再挑戦不可というルールらしい。
よほどランク差が大きいダンジョンでなければ問題ないだろうが、判断材料が足りないな。
「杏奈、ベアトリーチェ。試しに他の台でどんなクエストが出るか確認してくれるか?」
「わかったわ」
「これに触れればいいのね」
クエスト受注を決める前に、少し気になったので二人にも別の台で操作してもらう。俺も台を移動してクエスト受注画面を開いた。
「さっきと同じだな」
「達哉! 私のクエストの内容が変わってる。緊急クエスト『新たな鉱脈の発見』ってなっているわ」
――――――――――――
・緊急クエスト 期限:???
『新たな鉱脈の発見』
【???のダンジョン】で発見された新たな鉱脈に向かえ
※このクエストを受注すると【???のダンジョン】のダンジョンへ移動します
※指定ポイント到達で報酬獲得
※時間経過でクエスト消滅、クエストリタイア時に再挑戦不可
――――――――――――
「わたしの方は緊急クエスト『モンスターの群れの討伐』が出ているわね。どうやら操作する人に応じて表示されるクエストが変わるみたいよ」
――――――――――――
・緊急クエスト 期限:???
『モンスターの群れの討伐』
【???のダンジョン】で大量発生したモンスターを討伐せよ
※このクエストを受注すると【???のダンジョン】のダンジョンへ移動します
※モンスターの撃破数に応じて報酬獲得
※時間経過でクエスト消滅、クエストリタイア時に再挑戦不可
――――――――――――
「緊急クエストが三つか。一番気になるのは『少女を救え』だな」
「……やるの?」
不安そうに杏奈が俺の腕に手を添えてくる。
「試しにどんなクエストなんか確かめてくる。ベアトリーチェも連れて行くから大丈夫だ。それより俺がクエストに行っている間にこのカードの検証を進めてくれないか?」
「これは……SSRカード……」
ベースカードとユニットカードをまとめて杏奈に渡す。使えそうなユニットカードがあれば同行させたんだが、どうもテキストを読むと怪しい感じがするので今回は置いていく。
「大丈夫よアンナ。わたしがついているんだから心配いらないわ」
「ベアトリーチェ……達哉のことをお願いね」
「任せてちょうだい。マスターには傷一つつけないわ」
杏奈とベアトリーチェが話をしている間にこっちも準備を整える。
SRユニットやアイテムを整理し、使えそうなスキルも確認しておく。【無人小型偵察機】は特に活躍しそうだ。
「それじゃあ行ってくる。あとは任せた」
「うん。いってらっしゃい」
クエストと受注すると俺の周りに赤いサークルが出現した。
【10秒後に???のダンジョン:?階に転移します】
カウントが減っていく。ベアトリーチェが俺の隣に立ち、杏奈がサークルの外にでる。
「……気をつけて! 必ず帰ってきてね!」
俺とベアトリーチェは謎のダンジョンへ転移した。
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