第23話 恐るべき魔神

 【無限料理箱】の呪いを解くためにココを尋ねたら何か恐ろしいことをしていた。


「何しているんだお前」

「あるじが置いていったんじゃろうが!!」

「俺が……? 記憶にないが」


 いつの間にか幼女から少女に成長し、尻尾の数が五本に増えていたココが呪術台を指差す。……ココの急成長にも目を見張るものがあるが、それは後回しでいいな。

 呪術台の上に綺麗な女の右腕が一つ置かれている。その腕から恐ろしいオーラが立ち上り、二の腕から先が闇に飲み込まれていてどうなっているのか見えなくなっている。こんなもの一度見たら絶対に忘れないぞ。


「あるじが置いていった呪いのカードの呪いを解いたら、中からこれが出てきたのじゃ!!」

「呪いのカード……ああ、あれか。真っ黒に塗りつぶされていて何もわからなかったやつか」


?【呪われたカード】

・このカードは呪われている


 イラストもカードテキストも一切情報がなく、そのまま使用するのも怖かったのでココに丸投げして解呪するように言っていた奴だな。

 あの呪い、解けたのか……そして中からこれが出てきたのか……。


「カードは見れるか?」

「これじゃ! はようどうにかしてくれ!!」


 涙目で黒いカードを渡してくる。


???【魔神の手】

・使用者の願いを3つまで叶えてくれる魔神の手


「うわ、古典的な厄ネタが来た」


 これは昔話でよくある奴だ。『猿の手』や『魔法のランプ』で有名だな。


「さて、どうするべきか……ココ。これの注意点とかわかるか?」

「全くわからん! 妾に聞くでない!」

「ふむ。小悪魔。助言はあるか?」

「お、オレにわかるわけねえだろ! 魔神様のことなんて管轄外だ!」

「役立たずめ。困ったな」


 この三つの願いを叶えるタイプは“無条件に素直に願いを叶えてくれる”か“願いを叶える代わりに使用者に思い寄らない不幸をもたらす”かのどっちかだ。

 不用意に“大量のガチャポイントが欲しい”とか“死者を蘇生してくれ”とか頼むとどうなるかわからん。

 ベアトリーチェの【黄金の魔眼】なら何かわかったかもしれないが、杏奈とチカと一緒にダンジョンに行ってもらっているし、他に聞けそうな相手は……そうか。聞けばいいのか。


「一つ目の願いだ。俺たちに危害を加えずにこの場に来て欲しい。話がしたいんだができないか?」


 【魔神の手】と言っているのだ。それなら手の先に本体の【魔神】がいるのだろう。直接顔を見て話を聞いてみよう。


「な、なんじゃと?! 正気かあるじ?!」

「何考えてるんだこのバカマスター!?」


 ココたちが後ろで騒いでいる中、魔神の手に動きがあった。

 おいでおいでと俺を手招きしている。


「近寄ればいいのか?」


 願いが効果を発揮しているなら危害を加えられることはないはずだ。側によると今度は手を握ったり開いたり。


「“何か掴ませろ”……? “手を握れ”か?」


 どうやら正解だったようでサムズアップをする。意外とフレンドリーだなこの魔神。指示の通りに手を握ってみた。女性の手らしく俺の手よりも小さく、滑らかな肌の感触にどきりとする。爪はマニキュアを塗ったように真っ赤だった。


「くっ?!」


 ドクンと心臓が脈動し、膝をついた。


「ああ っ! やっぱり無謀じゃった――」

「バカマスター、だから止めろって――」


 完全に傍観者になっていた二人の声が遠くに聞こえる。

 耳の奥で耳鳴りが響き、心臓が激しく脈動し続ける。魔神の手と繋いだ右手から得体のしれないエネルギーが俺の体に流れ込み駆け巡っていた。


「ガ、アアアアアアア!!!!」


 全身を巡っていたエネルギーが再び右手の集まり魔神の手に吸収されていく。俺の体の中から何かが失われていく感覚に知らず知らずのうちに声を発していた。


 魔神の手に吸収されたエネルギーはそのまま深い闇となり、二の腕から先が現れていく。小さな肩、大きく張り出した形のいい胸、そして美しい女の顔。

 漆黒の長い髪と血のように赤い瞳をした可愛らしい女だった。彼女が満面の笑顔を浮かべ、口を開く。


「やっと出れたー! ありがとー、人間くん! もうちょっとだけ我慢してね!」

「あ……?」


 魔神と言う肩書に似合わない、あまりにも軽くフレンドリーに話しかけられ、一瞬戸惑ってしまう。


「もっとこっちに来てー。よいしょっと!」

「うわっ?!」


 魔神の右腕一本で体ごと引き寄せられ、正面から抱き着く形になった。魔神はまだ完全に姿を見せておらず、右腕・胸・顔までしか出て来ていない。左腕は腹から下は闇に包まれたままだった。


「もうちょっとだけ我慢してねー?」


 魔神の右腕が俺の首に回され、むにゅうっと大きな胸が圧力で潰れた。そして、魔神の可愛らしい顔が目の前に迫ってくる。


「んっ……」


 魔神の口づけ。最初は触れ合うだけのキスから始まり、唇を割って舌が口内に入り込み――先ほどと同じエネルギーが俺の中に流し込まれてきた。


「ん、ふぅっ、意外と上手……んっ」


 体中を駆け巡ったエネルギーが再び魔神に還っていく。その流れを認識した俺はほんの少しだけエネルギーの循環を助けることに成功した。【性魔術】で培った感覚と似ていたから何とかなった。


「ふぁ……もういいよ。ありがと、人間くん」


 気がつけば俺の腕の中に全裸の美女が現れていた。頭の先から爪の先まで欠けることなく姿を見せて、一糸まとわぬ美しい裸体を惜しげもなく晒している。


「私はクトネ。助けてくれてありがとう、人間くん。君の名前を教えてくれる?」

「俺は……達哉だ」

「タツヤ、達哉くんだね。これからよろしくね、達哉くん!」


 輝くような笑顔で魔神クトネが笑う。こんなに魅力的な少女が魔神とはどういうことだろうか。


「あっ……うふふ。お話するつもりだったけど……達哉くんなら、いいよ」


 俺の両腕が勝手にクトネのおっぱいを揉んでいた。こんなに美しい女神が目の前にいて愛さない男などいるだろうか。彼女を求めるのは当然の――。


 ――おかしい。


 自分の思考に異常を感じて“思考のスイッチ”で感情を切り替える。自分の中に込み上げていた感情を全て廃棄した。

 クトネの胸から手を離し、一端気持ちを落ち着けて……。




「んー? 今、変わったことをしたね、達哉くん」




 ゾクリと背筋を悪寒が走る。

 魔神の瞳が俺を見つめていた。

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