第22話 天使と悪魔
アリーチェの父マルコは朝起きた時から妙な胸騒ぎがしていた。昔からこういう日には何か起こるというのが彼のジンクスだったのだが……昨日も同じような胸騒ぎがしていたのに何も起きなかったことを思い出した。
(俺ももう年ってことか? 一度病院に行った方がいいかもしれん)
この胸騒ぎはもしかしたら病気のサインなのかもしれない。敬虔なカトリックであるマルコはこれも主からのメッセージかもしれないと考え、寝室を出て愛する家族の待つリビングへ向かった。窓の外にはローマの街並みが伺える。
「おはよう。おや、俺の可愛い天使はまだ寝ているのかな?」
「おはようマルコ。ええ、今日は珍しく寝坊しているみたいね。悪いけど起こしてきてもらえるかしら?」
「もちろん、喜んで天使を迎えにいかせてもらおうよ」
朝食の準備をしていた妻と朝の挨拶を交わして娘の部屋に足を向ける。マルコの友人は娘が反抗期に入ったと嘆いてたが我が家の可愛い天使は幸いにもそういうことはなく、毎朝輝くような笑顔をマルコに見せてくれる。
(……中から人の声がする?)
アリーチェの部屋のドアをノックしようとしたところで、部屋の中から人の話し声がすることに気がついた。ありえない。昨日もアリーチェは一人で部屋に戻ったはずだ。
電話でもしいてるのかと思ったが、こんな早朝から娘が誰かと電話をしていたことなんて今までない。
マルコの胸騒ぎが大きくなる。まさかこの胸騒ぎはアリーチェのことだったのか――焦る気持ちに背中を押されて、マルコは急いでドアを開けた。
「アリーチェ! 無事か――ッ!?」
天使がいた。
マルコの愛する天使である愛娘アリーチェのことではない。
アリーチェのベッドのすぐ隣に、真っ白な羽を生やした美しい女性が立っていたのだ。
ウェーブのかかった金の髪、夏の青空のような澄んだ瞳。そして何より神々しさすら感じる清廉な空気。目の前の存在が人間ではない、本物の天使だとマルコは直感的に悟った。
「あ、お父さん!」
「ア、アリーチェ……か?」
ベッドに腰かけていた可愛い娘も、昨夜寝る前に挨拶した時とまるで別人だった。姿かたちはマルコの愛するアリーチェのままにまるで別世界の住人になったかのような格差を感じる。
「あ、あのね、お父さん。この天使様はアンジェラさん。わたしが使徒に選ばれたからそのお手伝いをしてくれることになって……」
「は? え? 天使様がお手伝い? 使徒?」
アリーチェの話す言葉がマルコの耳を右から左に通り抜けていく。混乱してしまって理解できない。
「アリーチェちゃんのお父さんですね。失礼します」
「な、なにを……?!」
【祝福】。
天使――アンジェラから光が溢れ出し、マルコの体を包み込む。
「お、おおお……?!」
体を包み込む光がマルコの中の何を癒し、活力を与えていく。混乱していた頭もスッキリして平静さを取り戻した。
「あなたに私の【祝福】を与えました。どうか私の話を聞いてもらえますか?」
目の前の美女が起こした“奇跡”。彼女は本物の天使なのだとマルコは自分の体で理解したのだった。
◇
「あのぐうたら天使はちゃんとやってるみたいだな」
アリーチェから父親の説得に成功したと連絡が届いた。やはり腐っても天使と言うことか、キリスト教圏の人間には覿面に効くようだ。
SSRユニット【怠惰な奉仕者】。あのカードを使って出てきたのは見た目だけは立派な天使だった。多くの人が思い描くステレオタイプの天使のイメージに近いだろう。
『ダンジョンに挑む使徒の皆さんを応援しています。がんばってください』
だが、本質はまさに怠惰。傍観者。自分はダンジョンに挑む気が全くなく、戦闘にも参加しないと言い切った。
それじゃあお前に何ができるのかと聞けば、【祝福】を施すことができると答えた。
【祝福】:気力体力が充実し【鼓舞】【呪い耐性】を与える。効果時間は24時間
普通に有効な効果を持っていた。しかもこの祝福を施す人数に特に制限はなく、いくらでも施せるという。
『みなさんに祝福を与え終わったので【天国のベッド】で寝てます。あのベッド最高ですね。いくらでも寝ていられます』
そして祝福をし終えたらもう自分の仕事は終わったと言わんばかりにベッドで寝ようとしたのだ。本当に怠惰だった。
まあ、そんなことを許すわけもなく、イタリアで政治工作するアリーチェとエリザの手伝いとして無理やり送り出した。
アリーチェとエリザはイタリアの使徒の代表、現代の聖女として顔を売ってもらうつもりだ。アリーチェの【運命の少女】の効果を当てにしていたが、あの駄天使でも広告塔としてのインパクトには十分だろう。
「アンジェラはランク3だから通常の武器では傷一つつけられない。ナイフや銃弾をくらっても傷一つつかない本物の天使がローマに降臨したんだ。どんな反響が返ってくるのか楽しみだな」
ダンジョンやカードを用意した“神”が既存の宗教の神と同一なのか知らないが。俺たちが使徒に選ばれたことと、あの天使が天使であることは揺るぎない事実なのだ。
「……なんて悪辣なマスターなんだ……これじゃオレの出番がないじゃん……オレがいる意味あるのか……?」
宗教勢力に食い込むことを目論む俺の頭の横で、体長10センチほどの小さな悪魔が呆れたようにつぶやいた。
SSRユニット【悪意ある助言者】で出てきた
ただ、役に立つ助言を期待しているのに一向に助言をしてくれないので困っている。もしかしたらSSRユニットの中で一番役立たずかもしれないな。
「おい、何考えてるかその顔見たらわかんだからな! こんなマスターじゃなかったらオレだって……チクショー!!」
耳元で騒ぐな。働け。
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