第25話 急転換

 目が覚めると目の前に大きなおっぱいがあった。

 とりあえず揉んでみる。


「きゃっ! た、達哉、起きたの?」


 天国のベッドの上で杏奈に膝枕をしてもらっていたようだ。


「パパ! おはよう!」


 胸元にはチカが抱き着いていて、満面の笑みを見せた。


「おはよう。今何時だ?」

「19時くらいよ。もう大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。いろいろと思い出したけど特に問題ないな」


「当たり前だよー。むしろあのままの方が問題あったんだからねー?」


 黒いメイド服を着たクトネがベッドの上から声をかけてきた。なんでメイド服……いや、間違いなくいろはの仕業か。まあそれはいい。


「問題――俺の心が壊れるとか言っていたな。どういう意味なんだ」

「達哉くんの心はね、二つに分裂してたの。達哉くんの本体が感じた要らないもの、辛いもの、怖いもの、痛いもの、全部を『心のゴミ箱』に放り込んでいたんだよね。

 でも、『心のゴミ箱』は見えなくしただけ、感じなくして、思い出せなくなっただけ。ゴミ箱の中身は消えたわけじゃないんだよねー」


 クトネの説明を聞いて、先ほどの夢の内容を思い出した。

 あれが俺が消したと思っていた幼い頃の記憶。『心のゴミ箱』に入れていたものだったんだろう。


「一種の二重人格ってやつね。ゴミ箱そのものに人格は作られていなかったけれど、タツヤの心が乖離していたのは本当よ。そして、それがいつか爆発する可能性は高かったわ」

「……ベアトリーチェ。お前も気がついていたのか?」

「ええ。タツヤのことはよーく視ていたもの。まさかこんな風に解決するとは思わなかったけどね」

「解決……そうか、解決したのか」


 不思議なことに自分の心が、記憶が一つになったと言われて素直に受け止めることができた。俺の中から失われていた幼少期ぼくの記憶も確かに俺の一部だったと今ならわかる。


「もっと不安定になりそうなものだが……意外なほどに心が落ち着いている」


 両親からの虐待、育児放棄、そして両親の愛情を求めることを止めてこの手で叩き潰した記憶。

 自分で言うのもなんだが、なかなか強烈な記憶だと思う。けれどそれは今の俺の精神状態になんの波風も起こさない。


「クトネかベアトリーチェが何かしたのか?」

「私じゃないよー」

「わたしも何もしていないわよ。あの天使の【祝福】も関係しているかもしれないけど――」


 天使の【祝福】。【鼓舞】の効果は精神的に強化すると言っていた。それにもう夜になったから【夜の帝王】の効果が発動して気力体力が充実しているのも感じる。


「タツヤに一番効いた薬は、その二人じゃないかしら」


「――達哉」


 俺の頭を膝に乗せたまま、杏奈が抱きしめてくる。


「戻ってきたら貴方が倒れたと聞いて、本当に心配したんだからね……無理しないでちょうだい」


 杏奈が俺のことを心配していたと言う。


「パパ! 元気になった!」


 チカが俺が元気になったと嬉しそうに笑う。

 杏奈とチカ。この二人が一番の薬、か。

 ベアトリーチェの言葉がすっと胸に染み込み、俺の深いところを癒していくような気がした。


 ◇


「よし、今日はもう探索は止めよう。全部休むぞ。杏奈もダンジョンに行かなくていい。ここにいろ」

「えっ。それは構わないけど突然どうしたの?」

「方針転換だ。今まではがむしゃらに力を求めていたが、それは止める」


 カード、権力、財力、暴力……目の前に並べられた多くのものに目が眩んでいたのかもしれない。力がなければ誰かに虐げられると焦っていたのかもしれない。

 今までの行動が間違っていたとは思わない。今俺たちが生きている世界はすでに激動の時代に突入している。一分一秒を争って急いで力を着けることを優先するのも一つの正解だろう。


「今日はみんなで過ごすぞ。アリーチェたちやいろはたちも呼んで全員でゆっくりする」


 今頃あちこち駆けずり回っているかもしれないが後回しだ。いつでも取り戻せる。

 それより今はみんなに――俺の仲間たちに会いたかった。


「みんなを呼ぶって、そんな急に……」

「アリーチェとエリザにはランク3のカードを何枚か渡す。その代わりに急用ができたと言って呼び戻せばいい。どうせどんな用事かわからないし向こうが勝手に考えてくれるさ」


 二人の口から説得するというプランは後回しになるが、代わりの物証としてカードを見せてやれば証拠には十分だろう。


「俺の知り合いにはこっちから連絡を回しておく。使徒からの連絡があったらそれはユニットたちに任せる」


 今も【待合所】や【交流エリア】にユニットを配置して対応させているが、特に問題も起きていないでこのまま任せてしまおう。


「後は……」

「アンナ。さっき見つけたカードをタツヤに渡した方がいいんじゃないかしら?」

「えっ! あ、あのカードを渡すの?」

「カード? 何のことだ?」

「実は二階で隠し部屋の宝箱を見つけたの。ほらアンナ」

「……これよ。私のダンジョンと達哉のダンジョンの二階に一つずつあったわ」


 杏奈が二枚のカードを差し出す。色は銀。SRカードだ。


「やっぱり二階にもあったのか。無人偵察機だと発見できなかったが……」

「私の眼にははっきり見えたわよ。性能が足りなかったんじゃないかしら」

「……おそらくランク不足か。ランク1の無人偵察機では発見できなかったからな」


 ダンジョン二階の隠し部屋を発見するにはランク2以上の探索系SRカードが必要。おそらくこういう条件が課せられているんだろう。


「それで見つかったSRがこの二枚か」


SRベース【愛の部屋】

・愛を育むのに最適な一室

・防衛性能は皆無だがとても快適


SR消費スキル【神殿設置】

・ベースカード内に【神殿】を設置する

・ベース内に空きスペースが必要。一度使用すると移動できない


「この【愛の部屋】はラブホテルだな。……もしかして杏奈のダンジョンから見つかったのがこっちか?」

「な、なんでわかったの?!」

「少し考えればわかる」


 杏奈のダンジョンに隠されていたのがSSR【淫気の壺】とSR【愛の部屋】。

 俺のダンジョンに隠されていたのがSSR【聖なる地】とSR【神殿設置】。どちらもシナジーを発揮する組み合わせだ。

 宝箱も二階で終わりとは思えない。三階以降の宝箱の中身を集めることで更なるシナジーが発生し、攻略の助けになるように設計されているのではないか。そう思える。


「まあ、詳しい検証は後回しでいい。早速みんな集めてこのカードを使わせてもらうか」

「み、みんなで……やっぱりそういうことなのね……」


 杏奈が顔を赤く染めるが、その通りだ。


「救世主様ぁ!」

「ご指示の通り、父にカードを押し付けてすぐに戻ってきました」

「今日は休んでいいって本当――ひえっ!」


 イタリア組の二人が元気よく現れ、お供のぐうたら天使は俺の隣にいるクトネに目を向けて絶句していた。


「ご主人様、できましたー! この子が私の最高傑作です!」

「初めましてご主人様。この身が砕け散るまで変わらぬ忠誠を捧げます」


 いろはが青い髪のメイドロボを連れて現れた。【試作人型兵器】に【雷霆の欠片】と【壊れた機械】を組み込んだSSRの集大成だがもう完成したのか。相変わらず仕事が早すぎる。


「主様。お側に馳せ参じました」

「オ、オレはまだお前を主人なんて認めてねえからな――アイタッ!!」


 メイファとサキの師弟コンビ。たおやかな姿から繰り出される目にもとまらぬ一撃がサキの脳天を直撃する。だが、しっかり両足で立っているサキの姿を見るに鍛錬はしっかりやっていたようだ。


「うう、妾が可愛すぎるばかりについにあるじの毒牙にかかってしまう時が来てしまったのじゃ……」

「そんなに嫌なら呪っちまえばいいんじゃねえか? “不能の呪い”でもかければ一発だろ」

「いや、別に嫌というわけでは……。ところであるじに呪いをかけても呪い返しされる姿しか想像できんのじゃがなんでじゃろう……」

「……オレも、あのマスターが大人しく呪われている姿って想像できねえわ……。まあがんばれ」


 ココと小悪魔の人外コンビがのろのろとした足取りでやってきた。そういえば小悪魔がいなかったがココについていたのか。まああまり役に立ってないし別にいいか。


 これで全員揃ったな。蟲の女王は意思疎通ができないので最初から呼んでいない。巣穴で産卵を続けてもらおう。


「それじゃあカードを使うぞ――なんだ?」


 【愛の部屋】を使おうとしたところで、勝手に【神殿召喚】が飛び出してきた。


「カードが……!」

「色が……変わってるの……?」


 銀色だったカードが黒く染まり、金の装飾が施されたカードに姿を変えた。


???【魔神宮殿創造】

・【魔神宮殿】を創造する


「【魔神宮殿】……、クトネの仕業だな?!」

「そうだよー。だって達哉くんには私の加護を与えてあるんだもの。他の神の神殿を造るのは違うでしょー?」

「だからって――おい、まだ続くのか?!」

「私の宮殿を造るにはまだちょっと足りないから使っちゃうねー」


 悪びれもせずに自分の犯行だと明かしたクトネだったが、【魔神宮殿創造】のカードが闇を発するのに合わせて俺の手持ちのカードたちが吸い込まれていく。


 【人類の守護神】【蟲の女王】【聖なる地】【未来研究所】【無人クエスト発行所】【訓練道場】【呪術台】【天国のベッド】【電脳の城】【夜の帝王】【軍神の号令】【結界領域】【徴兵令】【魔王の冠】――多くのSSRと一緒に【愛の部屋】、【無限料理箱】や【ゴブリン】のカードなども飲み込まれていく。


「これだけあれば十分! いっくよー!!」


 黄金と漆黒が混ざり合った闇がドクンと一度大きく胎動し――弾けた。


「勝手に俺のカードを使うなああああああ!!!」

「きゃあああああああ!!!」


 激しい揺れが全てを襲い、俺たちは光と闇の奔流に飲み込まれたのだった。

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