第35話 エロスの力

「この張り紙に興味がおありかな?」

「あ、い、いえ、大丈夫です……」


 ごにょごにょと断りの文句を口にして、そそくさとダンジョンに入っていく少年たち。

 そんな彼らの後ろ姿を達哉のRユニット【剣士】は無言で見送った。


 ここは日本の使徒たちが利用する待合所。六つある小会議室の一つを達哉たちが占領し、ダンジョンに入る赤いサークルの周りに張り紙もしている。

 ダンジョンに挑む使徒に武器や防具、ユニットを貸し与え、戦闘指南やお悩み相談など諸々のサポートがついた上で、稼いだガチャポイントの半分を達哉に譲渡するというダンジョンビジネス。


 興味がありそうに張り紙を見ている者もいるが、剣士が話しかけると曖昧な笑みで断り、仲間同士で固まって離れてしまう。

 剣士は三十後半の中年で簡素な皮鎧を着た金髪の優男だ。主人である達哉の命によってこの場で待機しているのだが、なかなかうまくいかない。


(私を使えば一階のゴブリン程度、あそこまで苦戦をせんと思うのだがな)


 夕方ごろに集まってダンジョンに潜っていた中高生の男子グループがしょぼくれた顔でダンジョンから戻ってきた。

 初日に杏奈をナンパしてフラれていた佐々木がいるグループだ。同年代の男子四人、装備はそれなりに揃っているが全員が全員とも大人しそうなインドア派でまともに喧嘩をした経験すらない。

 狂ったように襲い掛かってくるゴブリン相手に完全に腰が引けてしまい、全然モンスターの討伐が進んでいなかった。彼らも空いている小会議室の一つに入っていった。

 こういう戦闘に不慣れな人間ほど最初はユニットの手助けを受けるべきなのだが、なんとなく怪しい気がするとか、外国人の大人相手に気後れするという理由でサポートを断っていた。

 ガチャポイント半分も持って行くのはボリ過ぎだと怒っている者もいたが、そもそもモンスターを倒せなければ1ポイントすら手に入らないのだから文句を言う以前の問題だろう。


 そんなことを剣士が考えながら立ち番を続けていると、達哉たちが確保していた小会議室の中から新たな兵士が現れた。

 真っ黒な甲冑を着た女兵士と剣士が入れ替わり、剣士と同じようにその場で見張りを開始する。

 甲冑の形は女性の体形に沿ったシルエットを描き、兜も目元を覆うようなデザインになっているが鼻から下は見えるようになっている。


 それからしばらく経ち、佐々木たちの入った小会議室のドアが開いた。中から出てきた佐々木の視線と女兵士の視線がぶつかる。


「……あれ?」


 さっきまでいなかった女兵士――おそらく美女――の姿に目を丸くする佐々木に、女兵士が近寄っていく。


「使徒の皆様ですね。傭兵は必要ありませんか?」

「よう……へい……?」

「もしもダンジョン攻略に困っているのなら是非ともお声掛けください。必ずや皆様の力になりましょう」

「は、はい……わかりました」


 傭兵。平和な日本で暮らしていた彼らには無縁な言葉である。

 佐々木たちの視線が女兵士に向けられる。甲冑の上からでもわかるスタイルの良さと兜の奥に隠された美貌。


「……傭兵を頼んだら、あなたに来てもらえるんですか?」

「ご要望があれば。もちろん私以外にも優秀な仲間たちも控えております」


 【剣士】が声をかけた時は及び腰だった佐々木たちだが、美女が相手となると途端に元気になった。

 男だけでパーティを組んで命懸けのダンジョンアタックをしているのだ。パーティメンバーに美女を迎えるくらいの目の保養はあって然るべきだろう。


「……ちょっと、仲間たちと相談してきます」


 もう一度小会議室に入り、五分ほどして出てきた佐々木たち全員が女兵士と傭兵契約を結んだのだった。


(もしかしたら一緒にダンジョンに潜っている間に、この人と仲良くなったりして……)


 彼女いない歴=年齢の佐々木は女兵士――“蟲姫の生み出した新兵ユニット”を相手にボーイミーツガールの予感を感じて胸をときめかせていた。


 ◇


(エロカードが多いな)


 魔神宮殿・後宮エリアの主である達哉は女たちに囲まれながら思った。エロいカードが意外と多いと。


 もちろん、エロに関係のないカードも多い。戦闘に関わるものやあったら便利なもの、それ単体では使い道もないようなガラクタまで様々なカードが揃っている。

 ただ、【淫気の壺】や【性魔術】、【淫魔の魔眼】、【悪魔の魂(サキュバス)】などエロ関連のカードが多いような気がするという話だ。


(まず真っ先に思い浮かぶのはモチベーションを挙げるための餌)


 ポイントを稼いでガチャを回すと美女や美少女、美青年や美少年が手に入る。そして手に入れたカードは主人の自由にしていい。これだけでもダンジョンに入りたいという人間は多いだろう。


(次にストレス発散、メンタルケアのため)


 生命の危機に陥ると生存本能が刺激されて性欲が増すという。モンスターと殺し合いをするのだからストレスも大きい。そんな使徒たちのシモの世話をするためにエロカードがあるのかもしれない。


(そして三つ目の理由だが……)


「ルル」

「はい、ご主人様。ルルとの生殖行為をお望みしょうか?」

「一つ確認だが、お前は子供を産めるのか?」

「はい。人間の子供を妊娠・出産が可能です」


 ――これから大勢の人間が死ぬから、その“穴埋め”としてどんどん子供を産ませるためにエロカードが存在するのではないか。


 ガチャやダンジョンの宝箱にエロカードがある理由として、達哉の脳裏をそんな最悪の可能性がよぎった。


「ルルは機械じゃなかったのか?」

「お母様のお力と【謎の機械】の生体パーツによって機械の体と肉の体を併せ持っております」

「そうか……」


 【機械仕掛けの偽神メイド“ルル”】。いろはの作り上げた彼女すら生殖能力を持っていて人間の子供を産む機能を持っていた。当然、他のユニットたちも妊娠・出産が可能だ。


「ご主人様。わたしとルルちゃんと一緒に、赤ちゃんを作りますか?」

「……まだ作らないからちゃんと避妊してくれ」

「はーい。わかりました」


 俺とルルの会話を聞いていたいろはが子供を作るか聞いてきたが、妊娠や出産に対する忌避感はないようだ。そもそもユニットたちには性行為そのものを嫌がる者がいない。

 積極的に性行為に誘ってくるユニットもいれば、主である俺が望むから相手をするというユニットもいる。どちらにしても性行為には肯定的だった。


「少なくとも一年後までは子供はお預けだ。子育てできる環境なのかすら予想がつかん」


 女たちを孕ませることに男の本能が疼くが、今主力のユニットカードたちを妊娠させて戦力外にするわけにはいかない。そういうわけで【性魔術】を使ってしっかりと避妊を行っている。


「お前もそれでいいな? リタ」

「わかったよ~」


 達哉が新たに手に入れたユニットカードの“リタ”に確認を取ると、彼女もしっかりと頷いてくれた。


SSRユニット【乳なる海“リタ”】

・とても大きな胸から母乳を大量に生み出す美女

・この母乳を飲んだ者は強く美しく健やかに育つ


 白い肌、金の髪、青い瞳の爆乳美女。大きな包容力とのんびりとしている性格の持ち主で、子育てが得意。

 彼女の大きな胸から溢れる母乳を飲むと強くなれるのだがセックスをすると母乳の量が増えるという特性を持つ。また、母乳の効果は大人が飲んでも発揮する。


 徹頭徹尾エロい、まさに性行為のために存在するとしか思えないユニットだった。さっさとセックスして子作りしろという“神”の声が聞こえてくる気さえしてくる。


「落ち着いたらいっぱい赤ちゃん産むから~、それまでいっぱい子作りの練習だね~、ね~パパくん?」


 ムニュムニュと大きなおっぱいを押し付けて子供をねだる爆乳美女リタ。

 ちなみに彼女は佐々木隆志のダンジョン一階の宝箱から出てきたユニットカードである。

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