第36話 魔神の嫁

「クトネはどういう女神なんだ? 今まで何をしていたんだ?」


 結婚したばかりの愛しい魔神と寄り添いながら、達哉がクトネについて聞いていた。

 そもそも達哉はクトネのことを何も知らない。魔神の腕に話がしたいと願っただけだったのに気がついたらあれよあれよという間に結婚していた。


 達哉は結婚そのものに不満はないし、クトネに感じる“愛しい”と思う気持ちも不快なものではなかった。

 これが達哉の一方通行で強制的に片思いをさせられていたのなら話は別だっただろうが――相思相愛、愛し愛される関係に達哉の心が満たされていた。


(俺がクトネを愛するのは女神だから当然だと言っていたが、それで何か問題があるか? いいや、何の問題もない。“今の俺”を俺は受け入れている)


 例えるなら惚れ薬のようなものだろう。

 達哉の心が強制的に操られてクトネに惚れるように仕向けられているのだとしても、その結果が達哉にとって好意的な結果に繋がるのなら拒絶する理由などない。

 そもそも“作りものの愛”と“真実の愛”を区別する必要などあるのだろうか。愛するまでの過程が少し変わるだけで“愛”という気持ちに変わりはないのではないか。


 “作りものの愛”の愛は“愛”ではないという人間は世の中にいるのだろう。だが、今の達哉にとっては“作りものの愛”もまた“真実の愛”なのだと思っていた。


「私のことー? んー、カードにされちゃった理由はプロポーズを断ったからなんだけどねー……」

「プロポーズを断った? 相手は当然神だよな?」

「うん。パパとお兄ちゃん」

「……そうか。複雑な家庭だったんだな」


 達哉自身も虐待を受けて育ったが。クトネの家も複雑な家庭だったようだ。


「まー、親子とか兄妹で結婚するのは他の神でもたまにあったりしたけどねー。私がプロポーズされた時は“絶対ムリ!”って思ったから二人をぶちのめしたんだけどー。そしたらあのカードに封印されて、反省しろって言われたの。嫌になっちゃうよねー」


 なかなかにバイオレンスな経歴の持ち主だった。達哉とは気が合うかもしれない。


「だから、私を出してくれた達哉くんには感謝しているんだけど……あ、そうだ。【魔神の腕】の願い事がまだ二回残ってるけど、願いを叶えるために代償が必要だから気をつけてね」

「代償? クトネを呼び出した時も代償があったのか?」

「もちろん。達哉くんの寿命千人分くらいかなー。もう全然足りなくてさー」

「……それならなんで俺は生きているんだ?」


 さらっと達哉千人分の命が必要だったと暴露するクトネ。封印された魔神を表に引きずり出すというのはそれだけの大事だったのだ。


「あれがただの願いだったら達哉くんの寿命を全部吸い取ってほんの一瞬だけ表に出て来るので精一杯だったんだけど、“達哉くんたちに危害を加えない”という制約があったでしょ? だから私、一生懸命考えました!

 まず最初に達哉くんに私の“加護”を与えて、対価として“加護”を取り上げれば、“達哉くんに危害を与えず”に“達哉くんから対価を取り上げ”て“達哉くんの願い事を叶えられる”って! どう? すごいでしょ?」


 クトネが大きな胸を張って名案でしょ!と誇らしげな顔をする。可愛い顔してやることがえげつないというか、決められたルールは守りつつ“ルールに書かれていないことは好きにして良いよね”という悪辣さが顔を覗かせていた。

 まさに魔神。


 その後もいろいろとクトネから神側の事情などを教えて貰った。


・クトネのいた神界では多くの神がいて、それぞれ“○○の神”、“○○神”という役割を持っていた。

・その中でクトネは役割を持たない神だった。担当分野はないが全てをこなせる万能の神である。

・ただし、神としての力のほとんどが制限されていて、全力を出すなら【魔神の腕】を使うしかない。当然対価は必要。

・制限を解除する方法は不明。ココに見せたが『呪いではないので解呪できない』と言っていた。

・“人類の守護神”との面識はなし。地球(この世界)についても何も知らなかった。


 『神々が大勢いる』という情報は確定になったが、それ以外に目新しい情報はなかった。


 ◇


 ちなみに嫁三人だが、杏奈・アリーチェ・クトネの三者の中でクトネが一番性的に弱く、達哉の手練手管に弄ばれてあっさりと陥落していた。

 求婚してきた父と兄をぶちのめし大暴れした彼女だったが男慣れはしていなかったようだ。


 ◇


 ――6月3日、朝。

 一晩かけてたっぷりと嫁と女たちを相手に英気を養った魔王が次の活動を開始する。

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