第53話 でっけえ蟹!

 ヒューノバーの祖母に昼食を作り待っていると送り出され、車で海辺へとやってきた。車を防波堤前に停めて砂浜へと階段を使い降りてゆく。ヒューノバーはエリトの小さな手を引きながらゆっくりと階段を降っている。ミスティと私は後からついてゆき、砂浜へと降りれば大海原が広がっていた。遠目に海洋研究センターも望めた。


 ここは、ヒューノバーに心理潜航した際に子供時代の彼と出会った砂浜なのだろう。と言うことは毒持ちのやどかりも居るのだろう。エリトに注意を向けていた方が良さそうだと考えた。


「海とか久々に来たわ。ミツミ、浅瀬行きましょうよ」

「ヒューノバー、流石に浅瀬で襲ってくる何か居ないよね?」

「浅瀬は大丈夫。エリトも行ってきたら?」

「おいちゃんといる」

「あはは。振られた」


 行こ。とミスティの言葉に波打ち際まで歩いてゆく。住んでいた県にも海は存在していたが、なんだか少し懐かしいと感じる海だ。潮の香りでそう思ったのか。ヒューノバーの心の中を見たからなのか。


「あ、エトリリヤドカリ」

「へえ、そういう名前なんだそのやどかり」

「この地方の海にいるらしいって記事で読んだの。毒あるから気をつけなさいよ」

「はいはい」


 ちびヒューノバーにも注意をされたことだが、心の中のことは告げなかった。やどかりはちょこちょこと足跡を残して通り過ぎてゆく。波打ち際でしゃがんだミスティを見て私もしゃがむ。


「あ、貝殻だ」


 ピーコックグリーンの貝殻を拾い上げたミスティに、私も砂浜を見回してみる。小さな貝殻があちこちに落ちている。色も様々だったが、特に目を引いたのは桜色の小さな貝殻だった。


「あ、これ懐かしいなあ」

「桃色なのね」

「……この惑星ってさ。桜ってあるの?」

「桜、一応アースから持ち込んだものがあるけれども、数は少ないらしいわね。自然保護区にあるものくらいだと聞いているけれど、どうして?」

「私の国の花だったんだ。桜って。だから桜貝みたいなこの貝殻が目について」

「へえ……ちょっと懐かしくなっちゃった?」

「ん……」


 郷愁に浸るのは最近は少なくなっていたが、それでも思い出したこともあった。家族や友人と春になると桜並木の下を歩いたことや、小さなお花見をやったりしていたな。なんて。


 女々しいとは思いはしたが、それでも私にとっては大切な思い出で。全て忘れるなんてできっこない。抱えてもう戻れないあの惑星を思うことしかできやしないのだ。


「いつか、桜見に行きましょう。また三人で」

「そうだね」


 再び足元を通り過ぎてゆくやどかりを見つつ、砂の城でも作るかとミスティと山を盛り始めるとエリトがやってきた。


「えったんもいーい?」

「いいよお。お山作る?」

「つくる」


 エリトが砂をちまちまと握りながら小さな山を築き始める。多分こっちが手をつけたらやめてとか言われそうなのでミスティと共に山を大人気なく作るのに勤しむ。


 ヒューノバーは海をじっと眺めており、何を考えているのだろうか。


「エリトくん、お山にトンネル作らない?」

「つくる〜」

「ほりほりしてみなさいな。ミスティお姉さんが反対から掘っていくからね」

「うん!」


 トンネルを作り始めるミスティたちを眺めつつ、一旦立ち上がってヒューノバーの元へと向かう。


「どうしたの?」

「ん? いや、懐かしくって」

「小さい時、預けられてたんでしょ? おじいさんたちに」

「ん……そう」


 その時は毎日海に来ていたらしい。歳の頃の近い子供も近くには居なかったらしいので、暇だったのだろうか。


「ヒューノバー、小さい頃無免許で自動バイク乗ってたんでしょ」

「はは、うん。じいちゃんも目瞑っててくれたから乗り回してたよ」

「不良だあ」

「小さい頃はつまんないと思ってたけれど、今海を見るとずっと眺めてられるな」

「分かるよ。何なら釣りでもしたい気分」

「じいちゃん確か釣竿持ってたはずだから借りてやるのもありかな」

「食べれるものいるの?」

「蟹とか」

「釣りで蟹はどうなんだ?」


 あ、ほらあれ蟹だよ。とヒューノバーが海を指差した。その先に居たのは。


「はァ!? あれ蟹!?」

「うん。そうだよ」


 蟹が居た。が、大層大きい。あれヒューノバーよりも大きいのでは……と思うほどの大きさの蟹が水をざばざばとかき分けながら横歩きをして海原を渡っていた。遠近法狂っているのではと自分の目を疑う。


「あれ、何食べてるの?」

「イルカとか鮫とか」

「ひゃあ〜、でっけえ」


 ヒトが襲われることはないのかと聞けば、年に一、二回あるかどうかというところらしい。襲われるんかい。だが味は美味らしく高級食材なのだそうだ。漁も行われるらしく、あれでもまだ小さな方らしい。


「うわ〜、やっぱここ地球じゃあないんだなあ」

「アースから持ち込んだ生物が環境に適応しようと進化を続けているらしいよ。あれも元を辿ると外来種な訳だ」

「人間も獣人産み出しちゃうし、こういうの見ると益々異世界にでも来たみたい」

「アースだと蟹って大きくてどのくらいだったの?」


 こんくらい。とアシダカガニを思い浮かべながら手で大きさを作ると、小さいな〜とヒューノバーが驚きの声をあげる。


「この惑星がおかしいだけで地球じゃあ普通だっつーの」

「ん、まあそうか。そうだよねえ」

「なんか私が知らないだけで不思議生物わんさか居そうだな〜。後で調べてみようかな」

「エリトの図鑑でも借りて一緒に見てみたら? あの子海の生き物とか好きだから」

「幼児に説明されながら学ぶ大人って……」


 エリトとミスティに目線を向けると砂の山を掘り進めている。私は手慰みに持っていた桜貝のような貝殻を弄り回していたが、ヒューノバーにこれをあげよう。と差し出した。


「何?」

「春になったら桜を観に行こう。その約束のチケットです」

「貝殻かあ。預けられてた時集めてたな〜」

「絶対行こう。日本人は桜を観ると血の気が騒ぎ、桜の下で花見と称して飲み食いする国民だったのです」

「なんだそれ」


 ふふ、と笑うヒューノバーに貝殻を押し付けてミスティたちの元へと駆け寄る。


「トンネル出来た?」

「もうちょっと」

「山でかく作りすぎたんじゃない?」

「あー! ミッたん! 穴空いた!」

「おー、よかったね」


 ミスティがミッたんと呼ばれているが、みつみの私は何と呼ばれるのか。


「あ、やどかり」

「え! 嘘!」

「嘘だよ」


 驚いてエリトを抱えて立ち上がったミスティに冗談だと言えば、ばしり、とぶっ叩かれる。痛えよお。


「そういや蟹見た?」

「あー見た見た。エトリリワタリガニ」

「あいつそんな名前なの〜?」


 食ったらめちゃ美味そう〜。とミスティに告げると何故かジト目で見られる。


「あれ捕まえるの結構大変なのよ? 高級食材」

「ヒューノバーに聞いた」

「まー、テーザー槍とか使うらしいから、昔よりは捕まえやすくなったらしいけれどね。大物とかめちゃくちゃ高いんだから。食べれたとしても味わって食べてよ」

「そういや港あるから明日行くんだよね。あるかな〜エトリリワタリガニ」

「そうそうあって良いものなのかしらねえ」


 エリトを砂浜へと降ろすと、エリトはヒューノバーの元へと駆けて行った。ヒューノバーは先程の貝殻を指で弄りながら見つめていたが、エリトに気がつくとポケットにしまった。


「エリト遊んだかあ」

「おいたん。みちゅみちゃんがね〜、かにたべたいって」

「明日あるかどうか調べに行くよ〜」

「ふーん」


 私はみちゅみちゃんなのか〜。と三歳児の名付けセンスを考える。なんかミスティの方がミッたんとか距離が多少近く感じる。ミスティを見ると疑問符を浮かべて見つめ返してきた。笑みを返してヒューノバーの元へと歩き出す。


「ミッたん、明日蟹にありつけるかもしれねえぞ」

「みちゅみちゃんは恋人より食い気ねえ」

「日本人食い物の恨みがすごい民族だったので」

「怖いわねその民族」


 その後、しばらくエリトの貝殻集めに大人組で付き合い、太陽も天辺に登った辺りでヒューノバーに祖母からメッセージが来たらしい。そろそろ戻るぞ〜とエリトを肩車してヒューノバーが車へと戻る。私は一度海原を振り返り、遠目に見える海洋研究センターを一瞥して堤防の階段に足をかけた。

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