第22話 デートの前は浮かれない

「ミツミさん、外に出てみませんか?」

「んえ?」


 潜航前の約束通り夕食を共に摂っているとヒューノバーが突然そう告げてきた。外、総督府の外と言うと首都ウィルムルの街ということか。


「私外出てもいいの?」

「むしろ今まで出たいと言う言葉が出なかったことに自分は驚くんですが……」


 私は出不精を極めているのでこの施設内で正直事足りているのであった。が、確かに外は気になる。


 以前ヒューノバーにスフィアダイブした際に一応ちょろっとは見たものの、茶目っ気で深層に潜って大変な目にあったのを思い出してしまった。くそ、この記憶消えてくれ。と考えたが繰り返し思い出し続けているのもありもう記憶に定着してしまっていた。難儀だ。


「流行りの服を買いたいよ」

「じゃあショッピングでもしましょうか。色々見て回りましょうよ。美味しい食べ物とか食べたり観光地行ったり」

「いいねえ〜まあ外に来ていく服が無いんですけどね」

「色々買ってその場で着替えましょうか。荷物は自分が持ちますから」


 何故かミスティにこの間ファッション誌を押し付けられたので流行はなんとなく分かっている。地球と大差ないものやコスプレ染みたものまで様々載っていた。街人のコーディネートなども参考にしながら服を手に入れたい。


 ふふふ、とヒューノバーが笑っており、口にミネストローネを運びながらどうしたのかと聞いてみた。


「デートですね!」

「あー、デート、デートねえ」


 こいつとは番になる前提の関係なのだ。そりゃデートになるか、とぼんやり考える。そういえば私この国の通貨持っていないな。と考えついた。


「心理潜航捜査官って給料出るの?」

「そりゃ勿論出ますよ。仕事なんですから」


 口座はもう作ってあり、事前の喚びビトとしての手当として既に金は入っているらしい。幾ら入っているか、後で確認してみるか。と食事を口に運びながら考える。


「とりあえずあれか、服とか日用品買うのと、どこか名所でも連れていってよ」

「ええ、いいですよ。自分がミツミさんの服選ぶの手伝ってもいいですか?」

「ああうん、流行知ってるヒトに選んでもらった方が違和感ないだろうし」

「じゃあ、明日迎えに行きますから。丁度休日ですからね」

「そうしていただくと助かる」


 食事を摂ったのち、ヒューノバーに部屋まで送られて自室にひとりになった。部屋着に着替えてからクローゼットを開いて制服をかける。ワイシャツなどの洗濯物は後でランドリーに持って行こう。


 クローゼットを見回して着ていく服を決める。着ていく服と言ってもこちらに一緒に運ばれた服の中のひとつのレトロ風のワンピースだ。ミスティから押し付けられたファッション誌でもワンピースは廃れている風ではなかったのでこれでいいだろう。


 ハンガーにワンピースをかけて部屋の隅の掛け具にかけておく。

 部屋に備え付けのデバイスでネットを開いて観光名所などあるのかと調べる。首都だけあって見どころは多いのだが、いかんせん多すぎる気もした。田舎者には優しくはないし、大人しくヒューノバーに任せるのがハズレもなくていいだろうか。


「飯屋飯屋……あ、和食屋ある」


 ここに来てから和食は何度か食べたが、家庭料理の範疇の和食が食べたかった。この部屋には一応備え付けで小さなキッチンはあるが本格調理をするのには向かない。狭すぎる。


 そも、食材を買いに行くにしてもやはり総督府の外に出るしかないのだ。売店はあるが出来合いの食べ物しか置いていない。

 まあ特に料理好きという訳でもないので不自由はしてはいなかったが。食堂で事足りる。


「デートねえ……」


 浮かれるべきなのだろうか。番としてくっつけと命じられている身なのだし、多少の照れとか明日になったら出るものなのか疑問だ。いや私服ヒューノバーを見れば気分も変わったりするだろうか。ベッドでごろ寝しながらデバイスを弄りつつ時間が過ぎゆく。


 一日三十時間あると余暇も多くていいと最初は思っていたが、ひとりだと結構持て余す時間も多いと感じる。この惑星に生まれたヒトならば感覚も違うだろうが、一日二十四時の惑星から来た身。そのうち慣れるのだろうか。


 趣味でも何か開拓してみるべきかと考えていると、来客を告げる音が鳴った。サイドボードで確認すると写っているのはミスティだった。何の用かと扉を開けると、ミスティが入ってきた。


 だらしなくベッドでごろ寝している私を見たミスティは表情に呆れが見えた。獣人の表情も大分分かるようにはなってきた。


「あなた明日出かけるんですってね」

「ああ、はい。……それはどなたから?」

「ヒューノバーとすれ違い様に話を聞いたの。あいつデートって浮かれていたけれど、あなたはそうでもないわね」

「まあ、実感湧かないと言いますか」

「あなた、ヒューノバーの番になる気あるの?」

「まあ命令なら仕方ないとしか」

「そう言う意味じゃない。心を通わせる気はあるのかって話」

「……正直、どうにも、そう言う対象として見れないですね。今のところ」

「……ま、あなたは突然喚ばれた喚びビトだものね。こちらの意図なんて無視する権利はあるわよ」

「あの、何かご用でいらっしゃったんですよね」


 ミスティの話が見えない。デートの件で来たらしいことはわかるのだが、だからと言ってミスティに関係ある件かと言うとそうでもないだろう。


「明日のデート、私の服貸してあげようかと思って持ってきたのよ」


 ミスティの手にはどこぞの店のショッパーが握られていた。結構良さそうな店のショッパーだ。一応起き上がって正座をすると、ミスティはベッドにそれを置いて中身を出した。


「おお……なんか、地球だったらコスプレ衣装みたいっすね」

「あなたと身長とか体型とか私と大して差異は無さそうだったから、これちょっと着てみてよ」

「んえ〜?」

「嫌そうな顔しない。はい着る」


 服を押し付けられてのろのろと部屋着を脱ぐ。チャイナ服風のワンピースで地球だったら私は敬遠するタイプの服だったが、着てみると案外しっくりときた。


「結構着心地いいですね」

「それ着て行ったみなさいよ」

「んー……」


 ミスティの言葉に少々考える。


「やっぱりいいです」

「どうして?」

「ヒューノバーが服を選んでくれるって言ってたので。今回はヒューノバーに任せようかなと」


 彼好みの服に興味があったのもあるが、わざわざ選んでくれると言うのならばそれに従った方がいいような気がした。


「ふうん、男の好みに染まりたいタイプ?」

「そう言う訳じゃあないですよ。ただ善意でそう言ってくれたんでしょうし、無碍にするのもどうかなって」

「案外悪くは思ってはいない訳ね。ヒューノバーのこと」

「そりゃいい奴だなくらいには思っていますよ」


 ただ若干底が見えないなとは思ってはいたが。それを聞くとミスティはじゃあそれはしばらく預けておく。とチャイナ風の服を指差した。


「あっても損はないと思うし、私服が充実してくるまでは自由にして」

「ありがとうございます。あ。あのワンピースって外に着て行ってもおかしくないですか?」

「あのかかってるやつ? ええ、おかしくはないわね。レトロ調の服はこの惑星でも好んで着るヒトもいるから」


 それに少しほっとした。地球からの服、一応文化的には残ってはいるのだと。


「私の主観だけれど、結構絆されているところはありそうね」

「え?」

「グリエル総督にもいい知らせ言えそうでよかったわ。じゃ、明日のデート頑張ってねえ〜、ツガイちゃん」


 そう言うとミスティは部屋を出て行った。小馬鹿にされはするが世話焼きのミスティは嫌いにはなれないな。と部屋着に着替えながら考えた。明日のデート、成功するのだろうか?

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