第46話 命が尊いなんて幻想だろう
「では手元の資料をご確認ください」
そう告げデバイスに映された今回の潜航対象者の資料に目を落とす。今回心理潜航に挑むのは私とヒューノバー。補助に回るのはリディアとシグルドだ。ヒューノバーが概要を話し出す。
「今回の潜航対象者、マストン・トークン。三十九歳。男性。種族は人間です。今回の暴動に置ける首謀者のひとりとされています。職業は教師、暴動の発端となった警官によって銃撃された人間の部活の顧問を受け持っていたそうです。暴動を各地に働きかけた人脈によれば、以前扱ったマフィアグループ内部に教え子が居たとかで、裏で暴動を煽っていたのはマフィアが関連しているのではとのことです」
「で、今回はマフィアとどれほどずぶずぶの関係だったか暴きたいとの上からのご命令ってワケ。たかが教師にマフィアを動かせるだけの力があるとは思えねえからなあ」
シグルドがデバイスから顔を上げて口角を上げる。リディアはデバイス内の情報に目を通している。
「この方、地方の教師って立場なんですよね? 殺害された人間って高校生くらいなんですか?」
「そうだよ。つってもこいつ非常勤教師らしいから、何か裏で副業でもやっていた可能性が浮上してる。マフィアグループに突っ込んで聞くわけにもいかないから今回は心理潜航っつー方法に頼るワケ」
「マフィアグループのメンバーの可能性があるということですよね。でも、暴動起こしてマフィアグループに旨みはあるんですか?」
「さあねえ。それを今から調べるんだよ。頼むぞ新人共」
「……今回の潜航も危険が伴う可能性が高いです。気をつけて行動するように」
リディアとシグルドに見送られ潜航室へと入る。部屋の真ん中にはトークンが眠らされており、いつも通りヒューノバーと向かい合うように椅子に座る。
「ふう……今回も働きますか」
「無理はしないようにね」
「そっちこそ」
笑みを薄く浮かべ、トークンの胸に左手を置く。目を閉じて意識を集中させる。緑色の輝きに徐々に包まれてゆき、目を開ければ心理世界の第一階層だ。どうやら学校らしい。ヒューノバーが隣に立っており、どうするべきか話をする。
「学校だよね?」
「恐らくは」
「学校ってことはそこまで重要そうな情報は得られないかもしれないよね。でも、暴動の発端になった生徒には会えるかもしれないか」
「一応教室とか教員室に行ってみようか」
『無事潜航出来たな。んじゃ、まず教室の場所教えるわ』
シグルドの声が聞こえてくる。被害者の教室は2-C。ヒューノバーと共に廊下を歩き出す。地方の学校というのもあるだろうが、少々歴史を感じる佇まい……というか総督府が綺麗すぎるのだと思う。落書きなど壁に描かれていたりするが、私からすれば未来感が満載ではあるが。
すれ違う生徒たちは顔はぼやけているが人間獣人入り乱れている。体感だが獣人の方が多く感じる。
教室に入れば、休み時間らしくまばらに生徒達の姿が確認できる。
『金髪に腕に固定具つけている生徒居るか?』
シグルドの指示に探せば、窓際の前方の席に金髪の少年の姿を確認できた。近づいて確認すれば、腕にギプスのようなものを装着している。席に座って画集を眺めているようだ。
「対象者が近場にいない場合、あまりはっきりした答えは返ってこないよね」
「現にこちらには気がついていないからね。話しかけてみる?」
「そうしよう」
名前知ってる? とヒューノバーに聞けば、ニュースやSNSで散々報道されていたから覚えている。とのことだ。私はすっかりもう記憶からすっぽ抜けていた。おつむがピーマンか?
「ニチカくん」
「? はい」
ニチカ、とヒューノバーが名を呼べば少年が顔を上げた。幼さの残る顔立ちだが中々精悍な顔つきに思えた。
「何を観ているのかな」
「ああ、これ、シュリカナの画集。君どこのクラス?」
「隣だよ。B組」
「君みたいなの居たかなあ」
私たちのことは同級生と認識しているようで、特に問題無く情報を得られそうだ。この場に対象者が居なくて正解だったかもしれない。
「その腕どうしたんだ?」
「あー、これ? 野球部なんだけどさ、骨事故って折っちゃって。転部するなら美術部行ってみようかなって……ホント、ついてないよ」
もうすぐ大会だったんだけどさあ。とニチカは少々表情を暗くした。
「トークン先生って知ってる?」
「野球部の顧問だけど、どうかした?」
「いや……、仲はいいの?」
「まー、普通じゃないかな。でも俺たまに職員室に絡みに行ったりはしているから、他の生徒よか仲はいいかもな」
「へえ、そうなんだ」
「腕やっちゃった時も結構心配してくれたし、転部するって言った時も残念そうにしてくれてたから、まあ、うん、結構好きな先生かも」
このニチカはトークンの心理世界で作り出されているものだ。よってトークン自身もニチカにそれなりに思い入れはあるのだろう。
教員室に向かってみることにしてシグルドにナビを頼みながら話をする。
「生徒のことを大切に思っていたのは本当みたいですね」
『な〜。そんでマフィアに暴動働きかけるにしては動機としてはちょい弱い気もするがな。他にも何かあるかもしれねえが、一応様子窺うくらいしてみてくれ』
「第一階層だとこちらの意図はばれませんか?」
『心理潜航にはまるっきり耐性は無い人間なはずだからあんま心配しなくても大丈夫だと思うぞ』
教員室にたどり着き自動扉が開く。中に入ればそこそこ教師が自分のデスクに座って各々仕事中のようだ。トークンはどこかと探せば、窓際の日の光が差し込む席でマグカップ片手にキーボードを叩いている。
「トークンって担当教科は?」
『物理。非常勤教師だが、学校側からは来季には正式に採用すると言うことになっていたらしいぞ。安定捨ててまで暴動起こす意味があるのかは謎だな』
「そこまでニチカの存在が大きかったとも今のところ感じられませんよね〜」
「学校だけじゃあ情報全ては集められないな。トークンに接触してみて様子をみよう」
ヒューノバーと共にトークンの席に向かう。コーヒーを飲みながら何か資料を制作しているらしい。こちらに気がつくと怪訝な表情を向けてきた。
「どちらさん」
「自分たち、警務局の者です」
「ふうん……そんなヒトが俺に何か用」
「少々お時間いただきたく。廊下に出てもらっても?」
ヒューノバーが廊下の方へトークンを誘導するようで、私に目配せをしてくる。デスクを調べろと言うことだろう。心理潜航に慣れないヒトは第一階層ではあまり忌避感は覚えないそうだ。むしろ深く潜った方が心に拒絶される場合がある。
心理世界のトークンはヒューノバーに着いて行き、私はデスクを調べる。何か情報はないだろうかと引き出しを開け、一番下の段に鍵がかかった引き出しがある。まあここは心理世界、その上この世界では私はチーターなのであっさりこじ開けられた。
開けた先にあったのは棒状のデバイスだった。多分起動すると薄いモニタが現れるタイプのものだ。一応失敬しておくか。と胸元に仕舞う。
見た感じデバイス以上のものは無さそうなので状態を戻してから廊下に向かえばヒューノバーとトークンが話し込んでいる。
「ですから、ニチカくんの骨折に関連することかもしれないので教えていただきたく」
「……嫌だな。警務局だかなんだか知らないけど、俺は何も知らないよ」
トークンはそれだけ言えば教員室に戻って行ってしまった。ヒューノバーに何を聞いていたのかと問うと、ニチカの骨折の件での事件性が浮上していることを調べている。と言ったそうだ。時間かせぎにはなったし、トークンに何か怪しげなところがあったとのことで、シグルドに次の階層までの入り口を探せと言われつつ、手に入れたデバイスを取り出してヒューノバーに渡す。
「目ぼしいのはこれだけかな。鍵付きの引き出しに入ってた」
「起動してみようか」
起動してみると、薄いモニタが現れてパスコードを要求される。先程のように私はチーターなのでパスもこじ開ける。……心理世界だったら空だって飛べるのではないだろうか。
「カメラのアプリと写真フォルダか……」
「ねえ、なんか嫌な予感すんだけど」
ヒューノバーが写真のフォルダを開けば、悪い予想が当たる。肌色一色。つまりポルノ写真だ。ヒューノバーが一枚開いてみると、写っていたのはニチカだった。
「……はあ〜」
「どれもニチカの写真だな……」
『あいつ、こんなモン持っていたくせにニチカに良いように思われていると思っていたんだなあ』
このトークンの心理世界のニチカはトークンには好意的に見えたが、写真の中のニチカは嫌がった表情や泣き出している表情などが多い。認知の歪みというやつだろう。性犯罪者にとっては与える恐怖によって相手を屈服させていることを、心の底から喜んでいると思い込んだり、好意を抱いていると思い込むことがあるらしい。そう言った手合いなのかもしれない。
「とりあえず第二階層を探そう」
『目ぼしいところは……ニチカの居た教室行ってみろよ』
シグルドの指示にニチカの教室へと向かう。シグルドに後ろの掃除用具入れを開けてみろと言われると、下層に続く階段があった。
「ヒューノバーここ通れる?」
「多分大丈夫」
『第五階層が最下層なはずだ。そこまでまだまだあるからあんまり気張るなよ。ゆる〜く行きましょうや』
ヒューノバーと共に掃除用具入れから階段に出る。ヒトひとり通れる幅の狭い階段を並んで降ってゆく。相変わらず階層と階層の間は真っ暗なんだな。とぼんやりと考えた。
「あのさあ」
「何? ミツミ」
どうせ降り切るまですることもない。ポルノ写真を眺める気もない。だから今までこの惑星に来て感じていたことを吐露した。
「未来ってさ、諍いなんて無くなった世界なのかなって、地球に居たときは思っていたんだ。差別とか犯罪とか無くなってるのかな、とか」
「うん」
「でも肌の色に対する差別から、人間と獣人の差別に変わっただけで、結局ヒトって変わらないんだなあって、なんとなく思ってさ」
「……うん」
「過去から来た私が言うのは烏滸がましいんだけれど、人間とか獣人とか、ヒトっていう生き物がいる限り争いも差別もなくならなくて、生まれた惑星捨ててまで生きている価値あるのかなって。命が尊いなんて言うのはヒトだけでさ、いっそ潔く滅んでしまった方がよかったんじゃあないかな、……と思ってしまいました」
『耳が痛いね〜』
シグルドの声を聞きながら、そんなことを吐露してみた。ヒューノバーは、そうだね。と呟くと言葉を続けた。
「ヒトってのは根本的に愚かなんだと俺も思う。アースを離れても、どれだけ時間が経っても結局のところヒトがヒトであり続ける限りは。ディノス連邦を作って国をまとめようとしたって、小さな戦火は色んな場所に散ってる。今回の暴動だってそうだ。押さえつければ押さえつけるほど反発心は高まる。ヒトが……傲慢なのはこれからもそうなんだと思う」
「うん」
「でも、ヒトにだって良心ってのはちんまりしててもあるわけだよね。虫を殺さなかったとか、そんな小さなことでもさ。誰かを助けたいって思うのも、ヒトだからこそってのはあるんじゃないかな」
「そうかな……」
「あんまり悲観的になりすぎても、ヒトの嫌なところばかり見えちゃってさ。ミツミはさ、ミスティとか、心理潜航班のヒトたちが悪いヒトだと思う?」
「思わないよ」
かつかつと階段を降る音とヒューノバーの心地いい声が聞こえてくる。
「ヒトの良心って、結局身近にいるヒトにしか見えないんだと思うんだよね。大きく見ると霞んで見えて、近くで見ると結構はっきり。色んなヒトがそうなんだと思うよ。まー、俺が言えるのは、考えすぎても広く見すぎても、近くの善意に気が付かない限りは争いは無くならないってことだね。近くを見れない人が諍いを起こしてる。と俺は思ってるから」
「……そう言うものか〜」
次の階層の入り口が見えてきた。階段を降り切って、ヒューノバーと共に並んで立つ。
「もう少し近くを見てみようと思います」
「はい、そうしてください」
『ちょっと俺も考えさせられたわ』
次の階層への入り口の扉に手をかけた。近くを見なければ見えないものもあれば、遠くからしか見えないものもある。
難しいな。とぽつりと呟いた。
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