第47話 古い枷

 トークンの心理世界の第二階層は、彼の自宅のようだった。トークンの姿は見えないが注意する。ポルノ写真とか持ってるやつだぞ。碌でなしなのは確定なのだからよ。


 間取り的に1LDKのアパートのようだ。窓から外を見れば、高さは二階程度か。リビングで一旦ヒューノバーと話をする。


「心理潜航まで及んで情報を得たいって訳はさ、要は現実で家宅捜査なんかやっても何も出てこなかったってことだよね。今更荒らし回る意味あるかな。学校で見つけたデバイスは事前に処理したって考えるのが妥当なんだろうけれど」

「一応目ぼしいものはないか探してみよう。家にも本来重要な情報があった場合もあり得る」

『あー、コーヒーにミルク淹れてくるんだった。リディアちょっと見てて〜』

「……緩いな」


 シグルドからリディアに交代したのだろうが、リディアは特に話しかけてはこない。他の部屋へと繋がってるであろう廊下への扉を開けると、何か聞こえてきた気がした。


「……なんか聞こえない?」

「……ミツミ、ちょっとここで待っていて」


 ヒューノバーが耳をぴくぴくと動かし音の元へと向かう。待っていると恐らく寝室への扉を開けたのだろう。あからさまな喘ぎ声が聞こえてきた。私はリビングにUターンをするのだった。


 しばらくしてヒューノバーが戻ってきたが、微妙な表情をしている。


「なんでヤってんだよ! わたしゃエロを見たくて潜った訳ではねえんだが!?」

「いや、俺に言われても」

『なになになに! ヤってたの!? 俺見たいからミツミの眼鏡デバイス取ってヒューノもっかい見てこいよ!』

『不謹慎ですよシグルド』


 シグルドは戻ってきたらしい。不謹慎過ぎるわ。リディアに嗜められているシグルドだったが、え〜? なんて言いながら諦めきれずに居るようだった。この眼鏡は渡さん、とフレームを掴んでヒューノバーを見ると、取らないよ! と慌てている。


『シグルドは無視して構いません。捜索を続けてください』

「あー、あの、あれ多分ニチカだったんですが……」

「生徒家に連れ込んでんのかよ。やべーやつだなあ」

『大方、野球部の皆には内緒の秘密の特訓とか言って連れ込んでんだぜ?』

『シグルド』

『すみません』


 リディアに詰められているシグルドは無視して捜索を再開する。寝室は覗けないのを考えるとやはりリビングに何かないか探すしかないだろう。


「うわ、旧型のPCだ」

「え? ああノーパソか」

「アース時代のを再現したとかでマニア多いんだ。エンダントに熱く語られたんだよな……」

「シグルドさん、これって家宅捜査の時はあったんですか?」

『いんや。報告には無かったはずだ。覗いてみたらどうだ?』


 シグルドにそう言われ中身を覗こうとするが、またもやパスコード。そうして私のチートでパスを解除して覗いてみる。


 相変わらずポルノ写真フォルダはあったがそれは今回無視だ。別のフォルダに何か無いかな〜と弄っているとひとつ引っかかるものがあった。


「なあにこのフォルダは」

「……レテアの夜景?」

「エロフォルダかこいつも?」


 一応開くか……。と開いて見れば書類がひとつ入っていた。その書類を開けば、計画の概要、と銘打たれていた。


「計画……?」


 よくよく読み込んでみる。概要を説明すればこうだ。人間の未成年を殺害し、大々的にSNSなどで動画をばら撒き暴動を仰ぐ。人間差別の多いこの国では人間にとっては迫害などの鬱憤が溜まっている訳だ。暴動に参加する人間獣人に武器などを裏ルートで売り捌き利益を得る。と言うことだった。チーム・アテリス。と文書の中には所々散っている名前。


『チーム・アテリスか〜。なるほどねえ』

「ご存知で?」

『お前ら以前扱っただろうが、そのマフィアグループの兄弟チームだな。ここんとこ大人しくしてると思っていたが、裏で密売してたか』

「武器商人って訳か」

『こりゃ、地方の警察とマフィアグループが癒着している可能性が出てきたな』


 トークンは教え子を利用して暴動の火種をつけた訳か。利用し尽くして用済みにでもなったのか。マフィアグループとの関連性は得ることが出来たが、複雑な心情だ。


 そのデータ頂戴。とシグルドが言うので書類に顔を向けて眼鏡型デバイスで再度確認する。あちらでデータ化でもしてくれているだろう。


 ここはもう目ぼしいものはなさそうだな。とシグルドに言われて下層への階段を探すこととなる。色々うろつくが寝室以外、となると、と玄関を開ければ階段があった。ヒューノバーと共に階段を降り始める。


「武器の密売をするにしろ、ニチカの銃撃事件は警察との癒着が可能性として上がっているのなら、世間に露呈した場合リスクがありすぎませんか?」

『政府や警察はマフィアとはなあ、結構長ーいお付き合いなワケよ。冷戦状態みたいなモン。トークンは正直言って、トカゲの尻尾切りみたいなモンだったんだと思うぞ。多分ポルノ写真をマフィアに売りつけて、ニチカを脅して関係を続けてたワケだけど、計画持ちかけられて自分の手駒であったニチカを差し出した意味はまだわかんねえけどよ』

「そういえば、マフィア内部に教え子居るとか言ってましたよね」

『多分そいつ経由で話が来たんだろうな。まー、正式な所属じゃあないみたいだな今のところの情報だと。片足突っ込んで泥沼にずぶずぶハマって抜け出せなくなったんだろう』


 下層への階段を降りながらヒューノバーやシグルドと話をするが、次の第三階層、一体どうなっているのか。正直知りたいような知りたくないような複雑な気分だ。


 第三階層にたどり着いて扉を開けた。さあ、と風が流れ込んでくる。潮の香り。目の前に広がっているのは海だった。砂浜に足を踏み出せば砂を踏むリアルな感覚を感じた。辺りを見渡すと、ヒトが二人砂浜に並んで座り込んでいるのが遠目に見えた。


「あれは、トークン?」

「近くに行ってみようか」


 ざくざくと砂を踏みしめながら近づいてゆく。こちらを知覚されぬぎりぎりまで行けば、風と共に声が聞こえてきた。


「ニチカ、お前は本当にいいのか」

「うん、いいよ」


 何の話をしているのだろうか。よくよく耳を澄ます。


「先生は俺のこと好きで居てくれても、いつかは終わるんだよ。俺卒業したら、ウィルムルの大学に行くつもりだったから」

「ああ」

「なんか、もう何したらいいのかも分からないし、離れるくらいだったら、死んでもいいかなって」


 この会話は、実際にあったものなのだろうか。たかだか十代後半で死んでもいいなどと言う子供が居たのならば、大人は諭すべきだろう。しかしトークンはそんなことはしないのだろう。計画に、ニチカの死が必要になっていたのならば。


「ニチカ、俺は……お前を……」

「先生あのさ」

「うん……」

「先生を助けられるなら、俺死んでもいいよ」


 トークンを助ける? ニチカが言った意味はどう言うことなのか。ニチカはポルノ写真をマフィアに売りつけられている身で、トークンに逆らえない身だと思っていたが違うのか?


 しかしここはトークンの心理世界だ。どうとでも事実を歪めることは可能だ。けれど何もないこの場所で二人きりで話したという記憶は恐らく確かなのだろう。でなければここに出ることはない気がする。


「ニチカ、ごめんな」

「いいんだよ」


 俺に未来なんてないんだから。

 その言葉はあまりにも悲しげで、思わず胸元で手を握りしめた。


『ここはあまり情報は得られそうにゃねえな。下層への入り口を探してみな』


 トークンとニチカの話をもっと聞きたかったが、二人とも押し黙っている。ここはシグルドの指示に従おう。


 下層への入り口と言っても、ここは海だ。入り口になりそうなものはない。一旦ヒューノバーと堤防の方へ登ってみる。水平線を見渡せるが、それらしきものもなく。


「ここって、学校の近くなんでしょうか」

『地図ではそうだな。歩いて十分ってところか。遠目に学校見えねえか?』

「あ、あるね」


 ヒューノバーが指差した方向を見れば校舎らしき建造物が見える。入り口から海に出て、下層への入り口が学校にあると言うのも考えにくく、一旦堤防を降ろうとヒューノバーと共に階段を降ればどんどん暗くなっていった。


「あれ? 階段、が入り口?」

『あー、珍しいパターンだがないワケじゃあない。入り口がしっかり設定してある場合もあるが、ある動作をすると下層への入り口が現れる場合もある』

「へえ」


 ヒューノバーと共に再び下層へと降ってゆく。


「さっきの、トークンを助けたいって言うニチカの発言ですけど……」

『分からねえなあ。もしかするとマフィアグループに弱みでも握られていたか。ってのが思いつくところだが』

「考えられるとすれば、借金とかかな」

『簡単に思いつくのはそんなところだよな』


 第四階層にたどり着く。扉を開ければ、どこか室内だ。執務机にソファセット。ここは……。


『マフィアグループの本拠と見ていいでしょう』


 リディアがそう告げるやいなや、扉が開く音がしてヒューノバーと共に執務机の影に隠れた。しゃがみ込んで入ってきた人数をヒューノバーが確認する。


「三人だ」


 ソファに座ったらしき音、かち、と恐らくライターか何かの音がした。


「マストン・トークン。いやあ、久しいですねえ。先生」

「……ああ」


 片方は聞きなれない声だが、もう片方はトークンの声だ。


「お呼び出ししてすみませんね。計画の概要はお読みになられましたか?」

「何故俺を使うんだ」

「いやいや、使うだなんて。ご協力していただきたいだけですよ」

「……借金はもう返しただろう」

「ええ、耳を揃えてきっちりと。ですがねえ。マフィアと繋がりがあるだなんて周りに知られたら、あなたのご立場はどうなるでしょう。例え教え子であったとしてもね」

「写真を渡しているんだ。それで充分だろう」

「あれもいい資金源ですが、はあ〜」


 男は煙草か何かをふかしながら間を開けてトークンを脅している。


「人間差別、無くしたいと思いませんか? 我ら人間はこの国では肩身が狭いですからね。マフィアグループ内部でもそうですよ。やれ人間は下品なとか毛の生えていない猿だとか散々言われていますから」

「ご崇高なお考えだ。反吐が出るね」

「……協力願えないのでしたら、ニチカくん、でしたか? ポルノムービーにでも出したいと思うんですよ。あの子は人気になりますよ?」

「俺だけの問題にニチカを巻き込むな!」


 ばん! と机を叩く音が聞こえた。思わず体が跳ねる。ヒューノバーが肩に手を置いて笑みを見せてくれ、少しばかり安堵した。


「あなた来季から正式に教員になるんでしたっけ。いや〜、マフィアとの繋がりに、教え子のポルノ写真をマフィアに流す。あはははは! そんな薄汚い人間が我らと何が違うんですか? 協力願えないのでしたら、……分かりますね?」


 がん、と大きな音と共に足音。扉の開閉音が大きく聞こえ、男の笑い声が響いた。


「馬鹿がよ。俺たちから今更逃げられると思ってんのか? あいつ。なあそうだろ?」

「ふふ、私共もいい稼ぎになりそうですね」


 二人の退出音が聞こえて執務机の影から出る。


「マフィアグループとの繋がりで脅されている訳か」

『まー、確かにマフィアに借金だの写真の横流しなんざやってりゃ、クビ一直線。社会的にも死んでマフィア入り間近って感じだなあ』

「マフィアと冷戦状態って言っていましたけど、真相が分かったとして踏み込めるんですか?」

『難しいなあ。ま! 俺たちはただ心の中を覗く後方捜査官。ごたごたは実地の捜査官にお任せしときゃいいのよ。いつかどうにかはなるっての』


 下層への入り口を探せと言われるが、それらしきものはない。ヒューノバーも部屋を調べている。一方私は青たぬきロボみたいに引き出しが異空間に繋がってやいやしないかと執務机の引き出しを開けると、あった。


「ヒューノバー、あった」

「え? ……なんで引き出し開けたの?」

「いや、ちょっと故郷を思い出して……」

「どういう故郷なんだ」


 ヒューノバーと共に引き出しに入り込めば今までとは違う螺旋の階段が待っていた。最下層、第五階層はどうなっているのだろう。ヒューノバーと歩き出した。




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