第4話 奇怪な目

 自室を抜け出して廊下を歩く。何人かの獣人とすれ違ったが、意味ありげな目線を寄越され、あまり人間と言う立場は歓迎されていないのだろうか。と不安になった。が、散策を辞めるつもりはなかった。一生過ごす可能性もあり得る施設なのだし、顔くらい売っておいて損は無いと思う。


 眼鏡型デバイスには地図らしきものが写っている。目的地は食堂だ。

 食堂は昼に連れて行ってもらったのだが、その時も意味ありげな目が集まっていた。獣人の他にも人間は確認できたが、十人ほどしか居なかったと思う。昼食時から外れてはいたのだが、それでも少ないと感じた。


 食堂にたどり着く。現在時刻は十九時半頃だ。この施設に住み込みのヒトも居るようで賑わっている。が、進んでいくと私を見た獣人はこそこそと何か言い合っている。やはり獣人にとって人間はあまり関わりたくない生き物なのだろうか。不安ばかり募ってゆく。


 食券機の場所に向かい、食事を選ぶ。ハンバーガーを選んでボタンを押すと眼鏡デバイスに数字が浮かんだ。呼び出される際に教えてくれるのだとヒューノバーから学んだ。

 隅の方の席に腰掛けて、机に備え付けられているデバイスにはニュースが流れている。


『先日のマルディア国内部での紛争開始から一ヶ月が経とうとしています。鎮圧軍は~』

「紛争かあ」


 全ての国を統括する機関があっても、人間が生きている限り争いと言うのは未来においても無くならないものらしい。ニュースをぼう、と眺めながら時間を潰していると眼鏡デバイスに反応があり食事の呼び出しだと立ち上がってカウンターに向かう。


「はい、ハンバーガーセットね」

「ありがとうございます」

「あんたどこの人よ~。聞きなれない言葉話してるね~」

「あ、地方から」

「田舎なんだねえ。しっかり食べんだよ」

「ありがとうございます」


 獣人の女性からトレイを受け取って元の席に帰る。ハンバーガーセットらしくポテトやナゲットなどのサイドメニューと飲み物。飲み物を飲めばコーヒーだ。この惑星でもコーヒーってあるのだな。なんて思いつつ食べ進めていると、女性の声が聞こえてきた。


「あら、ツガイちゃんだわ」

「……これ結構美味いな」

「……ねえ、ちょっと」

「あんまり毎食は食いたくないけど、たまになら……あー、和食食いたいな」

「聞いてる!?」


 ばん! と机が叩かれる。自分の世界に入っていたこともあり突然のことに飛び上がった。叩いた主を見れば、なんだか見覚えのある獣人だった。確かこの獣人は……。


「あ、猫ちゃん」

「はあ?」


 グリエルの秘書らしき女性だ。三毛猫模様の可愛らしい猫獣人。目は青く、女性らしいしなやかな体つきだ。女性用の軍服らしきものを身に纏っている。


「あの、何か?」

「ツガイちゃん、あなたひとりなの?」

「ツガイちゃんって何でしょうか」

「ツガイはツガイよ。夫婦」

「ああ、その呼び方やめてくださいよ……私未婚ですもん」


 猫獣人の女性は手に持っていたトレイを私の目の前の席に置いて座り込んだ。なんか用でしょうかね。


「ヒューノバーの番。でしょ? あなた」

「嫌なこと思い出させないでくださいよ」


 げえ、とげんなりした顔を女性に返すと心底面白そうな笑い声を上げた。

 グリエルの部屋で見た彼女の印象とは若干かけ離れた気安そうな雰囲気だ。まあ第一声は小馬鹿にしているような言い方ではあったが。


「私、みつみと申します。あなたは?」

「ミスティ。ミスティ・バーノン。グリエル総督の秘書官よ」

「私の誘拐の件ってご存知なんですよね。秘書官なら。なんですか番って! 意味わかりませんもう!」

「まあそうなるわよね。普通の反応よ」


 可哀想な喚びビトねえ。と呑気に言っているが私として腹が煮えくりかえりそうだった。


「番って一応ねえ。才能ある心理潜航捜査官じゃなきゃ、相手には選ばれないから、こちら側としては名誉職なのよ。アースから呼ばれた喚びビトには関係ない上に迷惑なハナシだろうけど。あなた今注目の的だから」


 …………。今まで目線に納得がいってしまった。あれは今思えばヒューノバーの相手はこいつか~という好奇心に満ちた目だったことに。私は思わず頭を抱えてしまった。


「うがぐぎぎ……イィーン……今までの周りの空気ってそう言うことですか。とんだ恥じゃあないですか」

「照れくらいは返ってくるかと思って声をかけたのだけれど、あなたの性格上照れは無さそうね」

「これ抗議出来ないんですか。ある意味人権侵害問題では?」

「難しいと思うわ。長年続いてきた文化制度みたいなものだから」


 長年、長年って何年なのだろう。何百年か? 何千年か? 拒否する人間は居なかったのだろうか。……居なかったのだろうな。長年続いているってことは、というか抗議したとしても申し出は通ることはなかったのだろう。


 消沈しながら食事を再開した。もそもそと味がしなくなってきたハンバーガーを食べながら、目の前に座るミスティの食事はなんだろう。魚のフライにトマトスープに、付け合わせのサラダとパン。それも美味そうだし今度食べよう……。と現実逃避に走る。


「あの~もし私に恋人とか居て、無理矢理引き剥がされても無理矢理くっつけられるんですか?」


 純粋な疑問だったのだが、あなた恋人居ない筈よね。と返される。科学技術って、恋人居ないのも観測出来るのか。私のプライバシーゼロなんじゃなかろうか。なんなんだよ。不審塗れだよ。


「恋人居ないですけど、なんかこう、人道に反して居ませんか? 誘拐のみならず、相手勝手に決められてくっつけって……」

「私もあなたの立場なら反発するわよ。今までもそういう喚びビトは居たから」

「でも全部丸め込んで、今があると」

「言う権利ないのは分かるのだけれど、言い方棘まみれね」

「たまにはイバラになっとかないと自分の身守れないので……」


 ここ、自分の意見が無い人間には絶対苦痛な職場だよ。流れ流され放流される未来が待っている。まあ私に待っているのは網への囲い込み漁だが。私は網にまんまと追い込まれた魚でしかない。

 黙々と食事をとったのち、部屋に戻るか。と席を立った。が、考えを変える。


「この制度やっぱり納得いかないので抗議してもいいですか。グリエル総督のお部屋どこですっけ」

「A-1Aだけど……。やめといた方がいいわよ。変わらないと思うし」

「ありがとうございます。行ってきます!」

「あ! ちょっと!」


 ぱから! と馬の如く駆け出しトレイを返した後、食堂はを出てグリエルの部屋へと向かう。追い込まれた馬だ私は。直線で勝負だ! なんて走りながらすれ違う獣人たちにあの目を向けられ呻きながらグリエルの部屋へと着いた。インターフォンを押して待つと部屋の自動扉が開き、失礼します! と声高く空元気で放つ。

 グリエルは私を見てどうしたのか。と執務机から話しかけてきた。


「人権侵害について抗議しに参りました」

「……もしやそれは、番のことだろうか?」

「はい!」


 もう全部の返事空元気。失うものなんて私には無いのであった。悲しい真実だよ。


「説明はしたが番の放棄は出来ない」

「どうにかなりませんか!」

「どうにもならないから今まで続いてきた制度だからな……」


 グリエル自身でもどうすることもできないらしい。

 グリエルは眉間に手を当てて困惑している。風に見える。獣人の表情とかまだ分からないので。憶測だ。


「私みたいに抗議する方居なかったんですか?」

「居たには居たが、通ったことはない。……心理潜航捜査官は二人一組でスフィアダイブすると説明したな? 精神に危険が及んだ場合、バディを助けることが出来るように、だ。強い信頼関係を必要とするために、夫婦や兄弟などが多い。兄弟揃って才能があるというのは稀だからこそ、夫婦関係に至らせ、そのバディでスフィアダイブさせるのだ」

「はい」

「まだ初日だからスフィアダイブについては聞いては居なかっただろうが、やはり強い結びつきはどうしても必要にはなってくる。ヒューノバー自身納得して番に選ばれたのだ。ヒューノバーの意志は聞いたか?」

「いえ全く。話題にも出ませんでしたよ。今日一日」


 ヒューノバーは今日一日全くもって表に番の件を出さなかった。それを言うとグリエルは額に手を当ててしばらく黙り込んだ。


「……あれほど最初に話し合えと言ったものを……。番の件、納得はいっていないだろうが、この制度は古くからあるのだ。前例として結ばれずとも信頼関係を築ける人間は居たが、……ヒューノバーは将来有望株だ。腐らせておくには惜しい。飲んでいただけないだろうか。一応ヒューノバーには注意しておく」

「……ヒューノバー本人に直接聞いてから決めるのでもよろしいですか?」


 すまない。とグリエルに謝罪されたが、謝るべきはヒューノバーだろう。番の件で突っついて鬼が出るか蛇が出るか。

 グリエルの部屋を後にして、眼鏡型デバイスの案内を見ながら自室に戻る。

 ヒューノバーにこいつは無いな。とか思われたのだろうか、なんて思いながらベッドでちょっとへこんだのであった。

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