第3話 番と惑星ディノス

 グリエルから番になれ発言が飛び出したことにより空いた口が塞がらない。


「ちょ、ちょっと待ってください。番ってなんですか」

「まあ、文字通り夫婦になってほしいと言うこと、だな」


 なんで心理潜航捜査官になれとの話から夫婦になれという話に突飛したのか分からない。グリエルも意志を汲んでくれたのか話出す。


「スフィアダイブの適正を持ったヒトというのはそこまで多くはない。それにあったとしても深層まで潜れない場合が多いのだ」

「はあ」

「スフィアダイブは二人一組で行うのが決まりだ。強い信頼関係を必要とし、今現在従事している心理潜航捜査官も夫婦や兄弟などが多い。強い結びつきが要る」

「それはわかったんですが、わざわざ夫婦になる必要あるんですか」

「……我らとしては、次代に強い適性を持った子供を残したい。と言うのがある」


 絶対本来の目的それじゃねえか! と叫び出したくなった。後ろに控えるヒューノバーの顔が恐ろしくて見れない。


「くっ……私には荷が重いと言いますか」

「必ずしも夫婦になれと言うわけではない。しかし、我らとしてはなっていただく方が実りはある」


 そっちの実りとか知ったこっちゃないよ〜。と泣き言を言いたくなった。しかしながら断ることはできないだろう。

 くそ、なんだってそんな制度があるんだよ。異星の人間に人権はねえのか。


「まあ、今はそう重く考えなくてもよろしい。頭の隅にでも置いておいてほしい」

「……そう、ですね。そうします……」


 意気消沈しながら返事を返し、茶を飲み干してから総督室を辞去した。

 前を歩くヒューノバーは、何も言葉を発しなかった。聞きにくいし、向こうから話をしてくれるのを待つべきか……。


「端末を用意出来ればこちらの部屋でなく自室でリモートでもよろしいですが、いかがしますか?」


 とある小じんまりとした会議室のような一室に入ると、ヒューノバーが私にそう尋ねた。とりあえずは、番どうこうは置いておいて彼の人となりを知っておくべきではないかとここで教えてほしいと伝えた。


「あ、あと眼鏡型の補助デバイスとかないですかね。文字が分からないもので……」

「ご用意してあります。こちらをどうぞ」


 ヒューノバーはハードケースから眼鏡ケースらしきものを取り出して私に差し出す。それを受け取って開いてみれば、黒縁のスクエア、普通の眼鏡に見えた。眼鏡をかけてみる。こちらお読みになれますか? と端末の透明なウィンドウに浮かぶ文字は日本語に変換されて読むことができた。


「読めます。ありがとうございます。ヒューノバーさん」

「長いでしょうし、ヒューでもいいですよ。自分の名前」

「……もう少し慣れたら呼びます」


 ヒューはなんか近すぎないか? ヒューさんとか、もなんか近い。


「今後は自分とバディを組むことになると思いますので、慣れたら軽く呼んでいただいて構いません」

「あ、そうなんですね」

「はい。昨日今朝は時間がありませんでしたので改めて。ヒューノバー・マルチネスと申します。今後、サポートをさせていただきます」

「細越沢みつみです。よろしくお願いします」

「早速ですが席にお着きください。まず歴史や一般教養などお教えさせていただきますので」


 なんか……、ヒューノバー、距離を感じてはいたが、割と丁寧なやつだな。と失礼なことを考えた。いやまだ猫被っている可能性はある。ツガイの件はわからないがあくまでも彼にとっては私はビジネスパートナーでしかない。人の粗探しをする。嫌な人間だよ私は。


 自分に鬱屈した思いを抱きつつ講義が始まる。まず地球、アースを旅立ってからのことは昨日聞いた。西暦に一万年以上はプラスされているらしい。今はこの星に辿り着いてからの暦、玄暦3201年。この星は限りなく地球と環境が似通ってはいるが、自転の速さだったり、重力だったりは若干違うらしい。確かに体は軽い気はしていたが、そうか重力か。地球で重力を日常で意識することなぞなかったのもあり不思議な感覚だ。


 星の開拓史を聞きながら、意識が遠くなりかけた。散々寝たのに眠いのかと自分に呆れたが、ヒューノバーの声が中々心地よいのも理由のひとつだ。


「獣人が種族として確固とし確立されたのは、宇宙船内での出来事なのですが、星間航行中は差別などは多かったそうです。それもあり自分たちの国を作ろうと集った獣人たちによって作られたのがこの国、エルドリアノスなのです」

「地球を出た時点ではまだ種族としては不完全だったのですか?」

「ええ、時間がなかったそうです」

「時間がなかった」

「アースを離れた理由をお話ししておりませんでしたね。人口飽和や食糧問題などもありましたが、大きな理由として隕石群の飛来です」

「隕石群……と言うと、ぶつかっちゃったってことなんでしょうか。地球と」

「そうなります。残念ながら、全人類全ての人口は宇宙船には収容出来ませんでした。宇宙での暮らしも、初めは楽ではなかったとか」


 ふうん。と端末を見つめる。宇宙船の外観などが映されているが、ロケットでの打ち上げするようなタイプではなく、宇宙戦艦味が強いタイプに見えた。


「宇宙空間に適応した人間を、と獣人をお作りになったとは聞きましたが、地球内では間に合わずに、宇宙船内で種族として確立、その後人間によっての差別から、この国が作られた……獣人と人間のこの国での比率はどれほどなのですか?」

「獣人と人間は、大体8対2、くらいでしょうかね。この国としましては、人間はミツミさんの感覚で言えば外国人のようなものかと」

「へえ……結構保守的なんですね。ヒューノバーさん的にはどんな感じなんですか」

「自分は心理潜航捜査官ですので、心理潜航捜査官に多い人間の方と接することは割とあります。そこまで偏見というのはないかと自覚はしていますが……自分ではわからない思い込みはあり得るかもしれませんね」


 ヒューノバーは人間に対してはそこまで敵対心のようなものはないらしい。が、それは外の獣人にとっては違うと言うことだろう。獣人から人間への差別などあり得る可能性があるということだ。


 なんだか生きづらそうな国だな……。しかし生活の保護をされる手前、国外逃亡などはほぼ不可能に近いだろう。


「そういえば、グリエルさんを総督、と呼ばれていましたが、この国って軍事政権なんですか。私の国では植民地化した国に置かれる指揮官的な立ち位置の方がそう呼ばれていたと記憶していますが……」

「政治体制など、ミツミさんの時代とは大分違うと思われます。惑星ディノスにはある機関、ディノス連邦と呼ばれる機関に全ての国を統べる統率者が居ます。各国の主導者はその機関によって決められるのです。ミツミさんの居た時代のように各国が各々自分の国で代表を選び統べるわけではなく、この惑星ディノスにおいては各国全て管理下に置かれているのです」

「じゃあ戦争とかも起こらないと」

「ディノス連邦発足後から戦争は起こっていませんね。まあ小さな内紛など全く無いかと言われると否定はできませんが」


 惑星ディノスには、各国全て同じ条件で統率者である総督が決められるらしい。選挙など行うわけではないのだそうだ。それを考えると一般市民にとっては統治者を決める権利もないし、世襲性の王政とも違う。それによってデモや内紛など起こったとしても、その原因は連邦に全て向かい不審など抱かれそうなものだが、現在においてヒューノバーやグリエルが生まれた頃からその制度なのだとしたら、そこまで反感を買うものでもないのかもしれない。発足当時とは常識など大分違うのだろう。


「気になったのですが、言語体制などどうなっているんですか? 私にはこちらの言葉は分かりませんでしたので、まあ地球を足ってからの時間もかなりありましたから不思議ではないのですが」

「殆ど同一言語を各国で話している。と考えていただいて構いません。ですが小国だと違ったり、方言のようなスラングもありますし、ミツミさんの国の言葉も古語としてならば研究はされているはずです」

「今はヒューノバーさんも補助デバイスで私の言葉を聞いているんですよね」

「ええ、言語補助デバイスは耳にはめております。殆どとは申しましたが、公共語を話さない国や人種の方もいらっしゃいますから。この施設ではそう言った方も少数ながら居ますので、大体の職員は補助デバイスを」

「便利なものですねえ」


 私の生まれた時代ならば、言語補助デバイスなんてものがあったのならば大発明になっていたことだろう。地球を足って一万年も経っているのだから、それほど不思議にも思わなかったが、未来に置いて私が他の人間に馴染めるか若干不安になる。私の前提の常識とはかなり違うだろうし、苦労しそうだ。


 未来や別惑星と言うが、正直異世界転移とほぼ差異はないのではと考える。全て学び直しが必要なのは、未来だろうが異世界だろうが同じだろう。言葉がわかる分、良かったと思っておこう。言語補助デバイス様々だ。


「……そういえばなんですが」

「何か」

「あの、もしかしてなんですけど、私が初めてじゃないんですか? 呼んだの」


 昨日のことを思い出す。私の国名を言った後に、グリエルが彼と言う言葉を放ったのが記憶の隅に残っていた。それを思い出して、この誘拐染みた呼び出しが初めてではないのではと思い立った。確認のためにヒューノバーに聞いてみる。


「各国合わせ三十人ほどアースから呼び出した方がいらっしゃいます。確かニホンですよね。ミツミさんの国からの方も現在心理潜航捜査班に在籍しております」

「ううん……人道に反するとか抗議無かったんですか?」

「承知の上で認証された呼び出しなのです。その、あなた方アースの方には申し訳ないとは思ってはおりますが」

「まあ、ヒューノバーさんが提案者ってわけでもないですし、上の指示なら仕方がないですよね。下っ端は」

「ご理解いただけると幸いです」


 申し訳なさそうなオーラをヒューノバーから感じ取り、話を終わらせる。昼食を挟み、その後も講義は続き、ヒューノバーに質問をしながら歴史を一通り聞いた。開拓史として面白いものだったが、たまに単調気味になると眠くなるを繰り返して、気が付けば終業時間だと言われ、ヒューノバーと共に部屋を出た。


「お部屋は昨日充てがわられたR-13Dと覚えてください。生体認証は済ませましたから、出入りは自由です」

「鍵は自分ですか。便利ですねえ」

「サブで何かあった時用に自分の生体認証も済ませました。緊急時以外に勝手に入ることはありませんが、何かあった時はご容赦を」

「ああ、構いませんよ。バディですしね」

「自分は施設外から通っていますので、夜など困ることがありましたら管理の者にお申し付けを。直通の通話ボタンが部屋にあります」

「わかりました。……あの、これからだとは思うのですが、もう少し軽くても大丈夫ですよ。長い付き合いになるんでしょうし」

「慣れましたら、でお許しください」


 ヒューノバー的には敵対心は無さそうだが、まだ心を開く気はないらしい。まあ腹を割って話すのはまだ先か。


 よくよくヒューノバーを観察してみる。虎の顔は強面に思えるが愛嬌があるようにも見える。体は大きくて若干威圧感はあるが、物腰は柔らかい。思わず歩幅を緩めて少し後ろに下がり揺れる尻尾を掴んでみると、きゃん! と甲高い声が聞こえて驚く。


「な、ななな! なんですか突然!」

「え、す、すみません……ちょっと興味本位で」

「そういうのは親しい間柄でやるものです! 今日は歴史でしたが、一般常識は今後詰め込みますからね!」

「はあ」


 なんだかヒューノバーが突然面白い人物に思えてきた。常識なんざ知る前だし少々好き勝手やってしまう。


「耳触らせてください」

「な! ちょっと、知らないのを良いことに好き勝手しようと思ってはいませんか!」

「いや、猫ちゃんに出会ったら耳や尻尾を触ったり、撫でてあげるのは私の時代での常識でした」

「適当言わないでください! アースの方は知らないのを良いことに獣人をそそのかす人物が多いと聞いています!」

「本当、なんですが」


 思わずしゅん、と眉を下げると、ヒューノバーは慌てたように手を彷徨わせる。……面白いな。心の奥で笑っておく。


「す、少しですよ!」

「はい」


 ヒューノバーが私の背を考えて少し身を屈ませる。それを良いことに頭をがっしと掴んで、耳だったり頬だったりを撫ぜる。ふわふわだなあ~なんて呑気に思っていると、ヒューノバーは、ん、く、などと言いながら声を抑えている。


「ふ……うう……」


 身を切ってくれているのを考えここまでにしておくか。と手を離すと、ヒューノバーは頭を上げて後ろを向いてしまった。尻尾を苛立たしげに壁に叩きつけているので再び尻尾を握った。


「ひゃん!」


 からかいがいがある。くつくつと笑っていると、ヒューノバーは私に抗議してきた。


「そういうのは絶対に他の獣人にはしないでください! 勘違いされますからね!」

「勘違い、ですか」

「尻尾を触ったり耳を触ったりは好意のある方にしか、してはいけないんです普通は!」

「へえ~」


 早く部屋に行きますよ! とヒューノバーは歩みを再開した。堪能させてもらったし、と大人しくついてゆく。その後部屋についてからヒューノバーとは別れた。自由に過ごしてほしいと言われたのもあり室外に出てもいいらしく、ヒューノバーの目付けが無いのを良いことに施設内の探検に出かけるのであった。

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