第54話 獣人カースト
「みちゅみちゃん、これね〜バザールイルカ」
「すごいな、角ついちょる」
「あんね〜。すごいいっぱいかぞくで、およいでいどうするからばざーるなんだって」
へえ〜、と足の間のエリトを座らせて子供向け図鑑を眺める。これはなあに? と指を刺しエリトに尋ねるとあのねえ。と快く答えてくれるのだった。
「エリトくん物知りだねえ」
「みちゅみちゃんはあんまりあたまよくない?」
「つ、辛い言葉が飛んできたわ……」
頭がよろしいかと問われると否と唱えるが、幼児に言われるのは中々に来るものがあった。隣に座っていたミスティがけらけらと笑っている。
「みちゅみちゃんはおつむよくないのよ」
「仕方ねえじゃんよ。喚びビトなんだから」
「ああ、はいはい」
「なんて投げやりな返答だろうか……」
ミスティに雑にあしらわれながら、図鑑を共に眺めていると、コーヒー飲む〜? とノウゼンが尋ねてきた。いただきますと告げるとキッチンの方へと向かっていく。
今現在リビングのソファで寛いでいるのだが、ヒューノバーの祖父母は食材の買い物へと出かけ、ヒューノバーも手伝いに着いて行っていた。
しばらくするとノウゼンが盆にカップを乗せて帰ってくる。
「ありがとうねえ。エリトの面倒見てもらって」
「いえ、私まだ知らないことだらけなのでありがたいですよ。色々教えてもらえるの」
「そりゃよかった。はいミスティさんも」
「ありがとうございます。いつまでご滞在なさるの?」
「あと二日程度かな。妻の出産の予定日も近いからその前には帰るよ」
「じゃあ大体同じくらいに帰るのかな」
「それまではエリトとも遊んでやってよ。あ、ヒューノ飲めない代わりに酔っ払い二人に付き合ってもらっちゃってもいい? 夕方にでもさ。奢るから」
昨日着き、酔っ払い状態でこの家を訪ねたこともありノウゼンは悪そうな笑みで飲みへの誘いをしてきた。断る理由もないために快諾し、今夜にでも飲みに行こう。との話になった。
「ノウゼンさんはお酒平気なんですね」
「うちの家族で飲めないのヒューノとじいちゃんだけなんだよ。じいちゃん飲めないの多分遺伝したんだろうなあ。夜はエリトはばあちゃんに頼んで街の方四人で行こうか」
ここからだと車移動になるであろうが、自動運転だし飲酒運転を気にせず車移動ができるのは便利だなと考える。エトリリは田舎街ではあるが、街の中心部には店が集中しているようで一応飲み屋もあるそうだ。昼間は海鮮で、夜は酒でと旅行らしい過ごし方が出来そうで楽しみだ。
「そういえば、エトリリワタリガニあった? 昼間漁港行ってたみたいだけど。あれ美味いけど捕獲するの結構大変らしいし」
「かにさんたべるの?」
「蟹さんいなかったんだ〜。残念!」
エリトの頬をもちゃもちゃと揉むと、うぶぶ、とエリトが声を出す。ヒューノバーよりも柔らかな体毛でもふもふしている。
「まあこの海、結構美味いもの多いから他食べても美味いと思うよ。牡蠣とかもあるし。行こうと思ってる酒場出してるはず」
「牡蠣……牡蠣! いいなあミスティ! 牡蠣!」
「なんでそんなにテンション上がってんの?」
「好きだから……ね!」
にっこし笑うとミスティが呆れたような目線を寄越してくる。
「あんたって結構食い気あるわよね。ヒューノバーに及ばずとも」
「食いもんはな、人生に置いての楽しみのひとつですからね」
「ところでなんだけど」
「あ、はい」
ノウゼンが向かいのソファに座ってマグカップ片手に尋ねてきた。
「改めてなんだけれどヒューノのどこが好きになったの? 前はヒューノ居たから言いにくいこともあっただろうし」
「い、いきなりなんですか」
「や、将来家族になるかもしれないし、……というのは建前で純粋に気になった」
ノウゼンがヒューノバーに似た笑みを浮かべ返答を待っている。隣に目線を移せばミスティもにやにやとしている。
「なんでミスティまでそんな顔してんの」
「え〜? あんたから惚気聞く機会ほぼなかったしい。気になるじゃない」
「……まあその、優しいですし、色々気にかけてくれたり……いや初期はぶちギレたんだった……」
「何!? ヒューノにぶちギレたの!? 聞きたいんだが!」
ノウゼンが食い気味で反応し、渋々話をする。初期に番制度について説明がほぼ無かったのだと言うと、あいつ馬鹿だな〜。とノウゼンがけたけたと笑っている。
「理由が恥ずかしいって理由なんですよ? そんなもんこっちの方が恥ずかしいですよ」
「いやうん、それは分かる。ヒューノから話は聞いてたんだけど、くっくく、恥ずかしいからって……、うわははははは!」
「同い年のヒトがですよ? 形骸化している制度だと言っても夫婦になれとか急に言われて不安なところで細かな説明無しですよ。いやキレますよそりゃ」
「あいつばっかねえ〜。やっぱ頭ぽわぽわしてるわ」
あいつゆるキャラか? とミスティの言葉に思いつつ、で、とノウゼンに話を戻される。
「どこ好きなの? そんな不誠実なやつのこと」
「え〜、そのう、まあ、図体でかいし虎だし、普通怖いって思うところなんでしょうが、不思議と怖くなかったんですよね。ヒューノバーのこと」
「うんうん」
「なんならちょっと可愛いとすら思っていたところもあった訳ですが、……ギャップ萌えかな」
「あー、分かるうそれ。俺も嫁さんに言われたことある」
「あ、分かるんですね」
そーそ、とノウゼンがコーヒーをひと口飲み言葉を続ける。
「人間からしたら獣人は異種族な訳じゃん。恐怖抱かれることは昔馴染み以外にはよくあったのよ。元は人間から作られた種族でも、最早別物な訳だし。俺の嫁さんも知り合ったばかりからあんまり物怖じしなかったよ」
「へえ、そうなんですか」
「うん。人間からしたら分かんないと思うんだけれど、獣人間では種族でランク付けとかあんの。俺は運良く虎だったから、スクールカースト上位に何もせず入れたけれど、ハイエナとかだと獣人間でも避けるやついんのよ。中身じゃなくて見た目で判断とかありふれている」
「……そうなんですか」
リディアとシグルドを思い出す。総督府内では目立った差別などは見なかったし、以前の酒の席でも特に目立った違和感もなかった。が、それは私が人間と言う異種族だから気が付かなかっただけで、実際は何かしらあったのかもしれない。
日本は差別的な場面に遭遇することは少ない国ではあるのだと思うが、それをこの惑星に当て嵌めるべきではないなと考えた。
「ミスティもそういうことあった?」
「ない訳ではないけどね。ハイエナよりは少ないでしょうね。イエネコの獣人って割とありふれてるし」
「……ミスティの場合気が強いからあんまりなかったんじゃ?」
「喧嘩売ってる?」
ミスティに睨め付けられ、ノウゼンがまあまあと諌める。
「まー、人間相手だと結構勘違いされる種族なんだよ。虎ってさ。だからヒューノの中身ちゃんと見てくれるヒトが居てよかったよ。これからも弟をよろしく」
「……よ、よろしくお願いします」
「あんた何で急に緊張してるの?」
「いや、ヒューノバーの身内から言われたのかと思うとちょっと」
緊張するだろそりゃ。順調に行けば未来の小舅なのだし。そうするとエリトも甥になるのか。と足の間のエリトの後頭部を見る。図鑑を眺めながら足を揺らしている。大人の会話に付き合わせてしまい申し訳ない。
玄関の方から音が聞こえて意識を向けると、ノウゼンが立ち上がる。
「あ、じいちゃんたち帰ってきた?」
「ノウゼン〜、これ運んで〜」
「はいはい、俺は運搬要員です」
玄関に向かって行ったノウゼンを見送り、エリトに話しかける。
「夕方からお父さんとお外出かけてきてもいい?」
「ひいじいじとひいばあばとあそぶからいいよお」
「偉い子だ。私がクソガキの頃は絶対駄々こねてたぞ」
「あんたとはおつむの出来が違うのね。きっと」
「急に貶してくるじゃん」
「お互い様じゃない?」
その後ノウゼンが祖父母に飲みに行く話を通し、夕刻に家を出て飲み屋へと向かうのだった。牡蠣は食った。うんまい。
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