第40話 大切にしたいから今日はお預け

 突然の来客に扉を開けると、ミスティの姿があった。


「あ、よかった戻ってた! さっきニュースになってたから連絡してたんだけど、全然出ないんだから!」

「ミスティ……」

「巻き込まれてないのよね!?」

「咄嗟に走って二人で逃げたよ」


 ミスティを部屋に招き入れると、無事でよかったと手を握り締められた。現状の被害が今どれほどなのか私とヒューノバーは確認できていなかったのもあり、ミスティがテレビをつけてみろと言う。


 テレビをつければ、生中継らしいニュースが映る。首都の各地で小さかった火種が大きくなりつつあるらしく息を呑む。現場を遠くからリポートするアナウンサーが現在の状況などを伝えている。避難も促しており、かなり危険な状況らしい。


「アルテンシアに行ったんでしょう? 最初は他の場所で暴動が発生したらしいんだけれど、暴徒化した市民が色んな場所に散らばっているらしいの。アルテンシアで今起こってるのも飛び火した暴動よ」

「早めに離脱できてよかった。あそこに留まっていたら巻き込まれただろう」


 動悸と冷や汗が背を伝う。ミスティが顔色が悪いが大丈夫か。と問いかけてきたが何も言わずにベッドに腰掛けた。


「……この国、そんなに人間に対して差別が多いの?」


 事の発端となったのは地方での警官による人間への銃撃事件だ。総督府内では差別らしい差別もほとんどなかった。強いて言うなら直接被害を被っているのはあのライオンの獣人の女性くらいだ。ここに務める人々は大体は番制度を理解しているヒトばかりだ。くっつくどうこうで噂はされていたかもしれないが、憎悪を向けられることはほぼ無いに等しい。

 ヒューノバーが重く口を開く。


「宇宙航行時代による差別は長く続いているんだ。悲しいことだけれど、報復してやろうと言う獣人は割と多い」

「私たちは心理潜航の適正があるから人間に対して他よりも偏見は薄い方だと思うけれど、過去を憎んでいるヒトは多いのよ。自分たちは差別を受けたことはなくても、ね」


 過去の禍根を憎むと言うのは地球でだって存在した話だ。別に不思議とは思わない。しかしそれでもあまりにも根が深い問題に思えた。


 宇宙を旅してきた人間が、新たな環境に適応できる人類をと生み出した獣人という種族。ミスティが言うには正直なところ、初期は人として扱われてはいなかったのだそうだ。実験動物的な意味合いが強かったらしく、数を増やす、生殖させるのも無理矢理な掛け合わせ実験などもあったらしい。


 中身は人間と同じであるのに、人類として扱ってこなかった。あまつさえ動物の要素を持って生まれたために、獣だと蔑み、労働力として使い潰すことすらあったらしい。それを聞いて、知恵を持ちすぎるのも考えものだと思う。


「まあでも、反抗する獣人が居たからこそ宇宙船内で立場を確立出来たし、人間の方だって理解を深めようとしてくれるヒトが居たのは確かよ。だからこそこの国を作ることが出来たのだから」

「でもやったことは消えやしないよ」

「ミツミは獣人が産まれる前の時代の人間だ。君が思い悩む必要はない」

「でも同じ人間がやったことだよ。……私が居た時代の未来では、私の家族や友達の血を引いた人間が、獣人に惨いことをしてしまっていたかもしれないんだから」


 俯いて手を握りしめる。テレビからアナウンサーの声が聞こえる。暴徒化した市民による暴動は多く数を増やしており、総督府の近くでも発生しているらしい。総督府を目指しているようで、しばらくは外に出ることは叶わないだろうとミスティが告げた。


「暴動に乗じて首都で犯罪が多発している可能性があるわ。ヒューノバー、あんたはミツミについててあげるのよ」

「言われずとも」

「……ごめん。今日、やっぱりやめておくべきだったね。出かけるの。朝ニュースで見てたはずなのに、大丈夫だろうとか思って出かけちゃったし、ヒューノバー家に帰れないし」

「こいつなんて床に寝かしときゃいいのよ」

「ミスティは変わんないなあ」


 少し緊張が解けて、ふは、と笑った。


「あ、そういえば、お菓子」


 思い出して探してみるとヒューノバーが机からショッパーを持ってきてくれた。そうして謝罪の言葉が出る。


「ごめん、人波で多分潰れてしまったみたいだ」


 受け取ったショッパーは若干くたびれている。中の化粧箱も潰れてしまっていた。少し残念に思ったが、仕方がないよ。とヒューノバーに笑みを向けた。


「また一緒に買いに行ってくれる?」

「もちろん」

「ねえミスティ、これ見れたもんじゃなくなっちゃったかもしんないけど、一緒に食べない?」

「何買ったの?」

「カシュリテ。オレンジとラムなんだけど」

「じゃあオレンジちょうだい。私も好きなのよね。元々砕いて食べるものだなんだし、見た目酷くても味は変わらないわよ」


 スプーンある〜? と簡易キッチンの方に向かったミスティに場所を告げて取ってきてもらう。


「ヒューノバーも食べる?」

「半分こしようか」

「うん。そういえばヒューノバーお腹減ってたんだよね。後で食堂にも行こうか」


 戻ってきたミスティからスプーンを受け取る。箱を開ければ簡易包装はされていたが少し砕けている。持って来てもらった皿に移して食べると、ラム酒の風味が鼻を抜けた。


「ラムも美味しいな。ほれヒューノバー」

「いちゃつくのはいいけど、私の居ないところでしてよね」


 椅子に座って呆れ顔でカシュリテを食べているミスティをよそに、スプーンで掬ったクッキー生地とガナッシュをベッドの隣に座るヒューノバーが口にした。


「うん、美味しい」

「今度行った時は自分用にも買おうかな」


 味わって食べていると、ねえ。とミスティが口を開く。


「二人ってどこまで進んだの?」

「……ノーコメントで」

「まだヤッてはいないと。なるほどね」

「言わなくていいんだよそういうの」


 あけすけなミスティに語調を強めて言えば、は、と鼻で笑う。


「いい大人なんだからさっさとヤればいいのに」

「俺は大切にしたいんだよそういうの」

「手出さなすぎてこじれなきゃいいわね」

「別にこじれないっての」


 ミスティたちのおかげでいつもの調子が戻ってきた。ミスティはカシュリテを平らげると私の分の皿も持ってシンクへと向かった。食器を洗い終わった後、無事を確認出来たから帰る。と部屋を出ていくのを見送った。


 ヒューノバーと二人きりになって、しばらくぼんやりとテレビを見つめていた。火災や破壊活動なども起こっているらしく、確かに現状ヒューノバーを帰すのは危険だろう。


「ヒューノバー、ごめんね」

「どうして謝るんだ」

「家帰れなくなっちゃってさ。今日は泊まって行きなよ」

「……ん、ありがとう」


 私の肩を抱いて体が密着した。不思議と安心感を覚えた。しばしそうしていると、ヒューノバーが離れた。


「泊まって行きたいけれど、やっぱり今日は同期の部屋に泊まらせてもらうよ」

「え?」

「……大切にしたいって言っただろ? 一緒に居ると、ミツミちょっと危険かもよ?」


 その言葉の意味に少々固まる。そうして以前ヒューノバーの心理世界深部に潜った事件を思い出して、なぜか焦ってしまった。


「あ、いや、そのう……、うん、心の準備が必要そうです……」

「はは、ちょっと交渉してくるよ。戻ってくるから待っていて。行ってくるよ」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 ヒューノバーが部屋を出て行き、少しばかり動悸がする。顔も暑い。別に初めてというわけではないのだ。でも、ヒューノバーを相手にすると少し恥が沸き起こってしまった。泊まってもいいよと言うべきだっただろうか。と思いつつ安堵もあった。

 顔を押さえて俯く。


「うー、私こんなに乙女だったか?」


 ヒューノバーが戻ってくるまでベッドでごろごろとし、戻ってきてからは雑談をしながら過ごし、夕食を摂ってから別れる。少しの寂しさは覚えたが、緊張状態が解けたのか。眠気がやって来て化粧を落として寝間着に着替えてベッドに入った。


 大切にされている実感が湧き起こって少しだけベッドでばたばたと暴れた。

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