第39話 甘いお菓子に浮かれちゃ駄目さ
「今日行くところはアルテンシア通りって場所なんだけれど」
「何がある場所なの?」
総督府から出て歩きつつヒューノバーと会話を交わす。何でも有名な菓子店などが多く集まっている甘党には大変有名な通りらしい。現在地から地下鉄に乗って大体二十分ほどにある場所だそうだ。地下鉄まで向かい、電車に揺られながらルドラについての話題に移る。
「ルドラさん、甘いものは結構好きらしいからどんなものがいいかなあ」
「無難なのはチョコレートだろうけれど、そうだなあ……。カシュリテとかどうだろう」
「何それ」
「俺が好きな菓子なんだけど、外は薄皮のクッキー生地で覆われていて、中にはチョコレートが入ってる」
「地球では聞いたことないな〜」
「じゃあ試しに食べてみる? 成人してからだけど、通ってたお店あるんだ」
ヒューノバーは虎の目を細めて笑みを浮かべている。今までも食堂などで目新しい初めて食べるものはあったが、どれも美味しいものだったしカシュリテとか言う菓子も美味いのだろうな。と想像を膨らませてみる。どんな菓子なのだろうか。
「あ、ルドラさんのパートナーの方も食べれるものだといいかな」
「人気の菓子だからミツミが気に入ったなら大丈夫だと思うな」
「楽しみ〜」
に、と笑うとヒューノバーがくすくすと笑った。そういえばと思い出した話題を振る。
「ニュースで見たんだけれど、地方で暴動起こってるんだよね。首都って大丈夫なのかな」
「今のところは何も聞かないけれど、何があっても俺がミツミを守るから」
離れないでね? と、こてんと首を傾げたヒューノバーに、こいつ狙ってやってんのかなと少々考える。まあ多分ヒューノバーのことだから素でやっていそうだな、あざと仕草。
「あ、次の駅だよ。結構人通り多いかもしれないから離れないで着いてきて」
「おっけ」
次の駅、アルテンシアと書かれた駅名標を見ながらヒューノバーについて電車を降りた。ヒューノバーの言う通り総督府に近い駅と比べ人通りが多い。はぐれそうになるとヒューノバーが手を取った。後ろに居て、と言いながら歩き続けて駅出口まで辿り着く。
「人多いね〜」
「飲食街なんだここ。菓子店以外にも色々あるんだ。菓子が決まったらどこかでご飯でも食べよう」
「賛成!」
ヒューノバーと手を繋ぎながらアルテンシア通りへと向かう。大きくて熱くて、もふもふした手だな〜とついつい手をにぎにぎしてしまう。それにヒューノバーはくすくすと笑っている。私も釣られて笑うのだった。
冷静な部分ではなんつー初々しい恋人同士だろうかと呆れたが、自分がこの虎ちゃんに恋に落ちるだなんて、誘拐された当初は考えられなかったことだろう。
アルテンシア通りと書かれた釣り看板を見つけ、通りに入ると甘い香りが漂ってきた。
「うわ〜、いい匂い」
「ここに来ると気分が上がるんだ。どれを食べようかなっていつも悩んでしまう」
「分かる〜。デパ地下でもそうなるからな〜」
まずカシュリテを食べよう! とヒューノバーに手を引かれながら目的の店らしい場所に入る。店内は飲食も可能らしく、多くのヒトで賑わっている。ショーケースには菓子が多く並べられており目移りしてしまう。
「うお〜、気分上がる〜、初めてのカシュリテ」
「すみません、カシュリテオレンジ二つとコーヒー二つ、お願いします」
「店内で召し上がられますか?」
「はい」
私は日本語を話しているため対応はヒューノバーに任せる。総督府外だと言語翻訳デバイスをつけているヒトはそう多くはないと聞いていたのもあったが、どうやらこの店の店員は着用しているらしく、獣人の店員に、初めてで当店を選んでくださりありがとうございます。と返された。
ヒューノバーが会計後カシュリテを受け取り、空いている席へと着く。食べてごらん、と目の前の皿に置かれたカシュリテ。見た目は胡麻団子を彷彿とさせるが、クッキー生地らしく、フォークでなくスプーンを使い、クッキー生地を割る。中にはガナッシュだろうものが入っており、とろりと溢れ出てきた。クッキー生地と合わせて食べるものらしく、砕けたクッキー生地とガナッシュを一緒に掬って口に運んだ。
「あ、美味しい」
「でしょ?」
初め見た時は食べにくそうだなと思ったが、クッキー生地は割と柔らかめなので小さく粉々になるほどでもなく、食べ進めればあっという間に平らげてしまった。
「美味しかった! クッキーは甘さ控えめだけど、ガナッシュと合わせると丁度いい甘さで、ガナッシュもお酒の香り付けかな? 風味がふんわり鼻を抜ける感じで美味しい」
「店によって香り付けが違うものもあるんだ。これはオレンジリキュールを使ってるそうだよ」
「へえ〜、いいな。うーん、どうしようかな。ここで買っちゃうのありだな。プレゼント用にも出来るんでしょ?」
「うん、俺も両親に贈ったこともあるし大丈夫」
「他にも色々あるんだよね。もう少し回って見て決めるべきかどうか……」
「ねえ! そっちのお姉さん知らない言葉喋ってるね!」
「ん?」
コーヒーを飲みながら話をしていると、隣の席にひとりで食事していた女性が声をかけてきた。
「どこのヒト? 不思議な組み合わせだけど」
「彼女は他国から旅行に来ている遠縁なんです。地方に住んでいたので方言ですね」
「随分鈍ってるね〜。言語翻訳デバイスつけてるなら私の言葉分かる?」
うんうんと頷くと、女性はよかった〜! と笑みを浮かべた。
女性は赤毛で長い巻いた髪の、美しい人間の女性だった。人懐っこそうな笑みを浮かべて、それ私も好きなんだ〜。と話をする。
……なんとなく既視感があったが、どこかで見かけたことはあっただろうか。と頭をひねる。
「私はオレンジリキュールの他に、ラムがおすすめ。スタンダードだけど鼻を抜ける香りがすごいいい香りだよ! 恋人も好きなの!」
「彼女、両親に土産を探していたんです。おすすめなら考えてみます」
「うんうん、そうして〜! あ、もうすぐ休み時間終わっちゃうわ。旅行楽しんで!」
じゃあね〜! と手を振りながら女性は去っていった。
「おすすめされたし買っちゃおうかな」
「いいと思うよ。ここは有名店だし、無難と言えば無難でもあるからね」
「あんまり尖った贈り物贈ると困られちゃうかもしれないしね」
コーヒー飲んだら買いに行くよ。としばらくヒューノバーと歓談する。
「そういやなんだけど、リリィさんってさあ、何歳なの?」
「知らないな、帰ったらミスティに聞いてみるといいよ。情報通だからね」
「そうしようかな。やー、おっかなかった。ライオンなだけあるなあ」
「……その薬指の指輪も彼女には効かないようだしね。何か他にあるかな。なんか虫除けに使えそうなの」
「ライオンを虫扱いできるの、ヒューノバーくらいなもんだよ」
呆れながらうんうんと考えだしたヒューノバーを見つつ、コーヒーを飲み終える。買ってくるから待っていて。と一旦席を離れショーケースの方に向かう。先ほどの店員が対応してくれた。
「カシュリテ、オレンジと、ラム。プレゼント包装していただけますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
にっこりと笑みを返してくれる獣人の女性店員に、外でも会話ができることに少々嬉しくなった。箱詰めを待ちつつヒューノバーの方を見ると、なんと獣人の女性二人にナンパされているのだった。それに少し吹き出した。
「あいつの方が虫除け必要だろ……」
くつくつと笑っていると箱詰めを終えた店員が声をかけてきた。対応してデバイスで金を支払い、ヒューノバーの元に戻ると、ナンパしていた獣人の女性の片方が私に気が付いた。
「連れってあなた?」
日本語は通じないだろうと思い左手を掲げて薬指の指輪を見せると、女性二人はなんだー
〜夫婦〜? と退散していった。
「やー、面白いもの見た」
「ねえ、途中で気づいてたでしょ。助けてくれよ」
「指輪見せなかったの?」
「見せても引いてくれなかったんだよ」
「可哀想に……モテるからブラフと思われていたんだよ」
「憐れまれた……」
元気出せよ。とヒューノバーの背をぽんぽんと叩く。ヒューノバーは机に肘を突いて顔を覆っている。
「ヒューノバーの方が虫除け必須だよ。私よりもな……」
「うう……もう痛々しいくらいの目立つペアルックTシャツでも着ようか」
「絶対嫌だ」
お礼の菓子が入ったショッパーを持って退店し、他にも菓子を食べ歩きたいと申し出るとヒューノバーが腕を差し出した。右手を腕に添えると二人で歩き出す。
「どこが他におすすめ?」
「マカロンとか好きかな」
「あまり食べたことないな〜。あ、和菓子ってあるの?」
「あるよ。抹茶と一緒に出してくれるところ」
「そこに行こう! 絶対行こう! あいらぶあんこ!」
日本の味に飢えている私であったため、ヒューノバーの案内を待たずに向かおうとするが首根っこを掴まれて止められた。
「気が急いてしょうがねえ」
「離れないでって言っただろ。今日ちょっと危険なんだから」
「早く連れていってくれ〜!」
ヒューノバーの腕を揺さぶるがヒューノバーはびくともしない。無駄に鍛えやがってヨォ……。
その後和菓子屋にたどり着くと我先にと入店し、私はあんみつを、ヒューノバーは本わらび餅を食べる。茶色いわらび餅を初めて見たのだが、これがモノホンのわらび餅らしくひと口もらって美味さに感動したのだった。
食った食ったと昼飯のことなどすっぽ抜けていたが、ヒューノバーは食べ足りないようで昼飯タイムへと移行して飲食店を目指して歩く。
「どこがいいかな。中華とかどう?」
「最高。だが私は結構腹一杯なので餃子とかだけでもいい?」
「いいよいいよ。じゃああそこがいいかな」
場所ちょっとど忘れしたから調べるね。とヒューノバーと道の端にたむろっていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。そちらを向くと、警邏中らしき警官と人間の男性が揉み合いになっていた。咄嗟にヒューノバーが背の方に私を下げる。
騒ぎがどんどん大きくなっていくのを見ながら、緊張で動悸がしてきた。獣人も人間も叫び、殴り合い、逃げる人々が出始め、今動くのは危ないから、と路地の方にヒューノバーに押しやられた。
「……暴動が、起こるか」
「ニュ、ニュースでやってたやつ?」
「この路地を抜けよう。まだ騒ぎは広がってはいないはずだ」
ヒューノバーが私の右手を取って走り出す。ヒューノバーに着いてくが、途中ヒューノバーが止まる。路地の向こうから重装備の機動隊が走ってくるのが見える。
「お前! その人間は?」
「連れです」
先頭の機動隊員が怒鳴りつけるような声でヒューノバーに問う。私もこくこくと頷くと、早く避難を! と駆け抜けて行った。
「今日はもう帰ろう。あそこが中心地かどうかも怪しい。もう他に暴動が起こっている可能性がある」
「……わかった」
ヒューノバーと駅まで走り抜けて、混乱が広がり混み合ってはいたが無事に運行している電車に乗り込む。緊張状態でカチコチの私にヒューノバーが声をかけた。
「大丈夫? ミツミ」
「う、うん。初めて見たから、ああいうの」
「ここ数年で度々あるんだ。人間と獣人の確執問題でああいうのが起こるの。部屋まで送るよ」
「……ありがとう」
その後の記憶はあやふやで、気がつくと部屋でヒューノバーが私を抱きしめていた。それに浅くしか息をしていなかったのに気がついて、大きく息を吸い込んだ。
「ごめん、大丈夫」
「……本当?」
「うん」
呼んでも返事が返ってこなかったらしく、それで抱きしめられたらしい。ヒューノバーが離れると、来客を告げる音がした。
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