第38話 キャットファイトはお預けで
「くあ……あ〜……朝? 朝か……」
ベッドであくびをしながら時計を見る。時刻は朝の八時十二分。隣にはすうすう、と静かな寝息を立てながら、ミスティが気持ちよさそうに眠っている。
ヒューノバーとの待ち合わせは十時半に総督府の正門前。まだ時間的に余裕はあるし、朝食を食堂で摂ってきてしまおうかとベッドを出た。ゆっくりと静かに出たつもりだったが、ミスティが起きたようだ。ベッドサイドに置いていた翻訳デバイスを耳に詰め込む。ミスティの分も手に取ってケモミミに詰め込んだ。
「ごめん起こした」
「おはよ〜……」
「二日酔い大丈夫?」
「ちょっと頭重いわ……薬飲んでたのが効いたんだろうと思う」
「そりゃワイン二、三本飲んで追加でビール数本も飲んでるんだから、その程度で済んでよかったよ」
「どこか行くの?」
「食堂」
「私も行くわ。お腹すいた」
ベッドから起き上がったミスティに、そういや全裸だったなと思い出す。体毛がもふもふしているので破廉恥感は私的には薄いが、体のラインは綺麗なのでちょっと羨ましく思うのだった。
「なーに見てんのよ」
「ひょ、すんまそん」
ギャルゲーだったらイベントスチルが発生しているだろう場面だろう。手を振りながら顔を背けた私を見てミスティはくすくすと笑っている。
「別にミツミだったら見られてもいいわよ」
「私がよくねえよ」
「何? いやらしいことしてあげよっか」
「はよ服着ろ!」
脱ぎ捨てられたミスティの服と下着を拾って投げつける。けらけらと笑いながら身支度を整え出したミスティに、とりあえず顔でも洗ってこよう。と洗面台へと向かった。
洗顔をした後、スキンケアを行い部屋に帰ると服を着たミスティがベッドの上に横になって備え付けのテレビでニュースを見ていた。
眼鏡型のデバイスをかけて共にニュースを見ると、テロップに書かれていたのはエルドリアノスの地方で暴動が起こったとのニュースだった。
獣人の警官が無抵抗の民間人、人間を射殺したのが問題の発端となったそうだ。暴動には人間の他にも獣人も入り混じり、そこそこ大規模なものとなっているらしい。首都ウィルムルでも同じような暴動が起きる可能性があると注意喚起されていた。
「物騒だなあ」
「人間差別が発端でしょうけど、ミツミ、今日出かける時、絶対ヒューノバーの側離れるんじゃないわよ」
「気をつけます」
朝食摂りに行きましょ。とテレビを消してミスティがベッドから立ち上がった。食堂まで駄弁りながら歩き、食堂で朝食を受け取って席に着いた。
「室長、ルドラさんって何がお好きとか分かる?」
「ああ、お礼買いに行くんだっけ。そうね〜。あの人サイボーグだけど経口摂取は可能なはずだから、たまに軽食でお菓子とか食べてるの見かけるし」
「甘いものは好きなのかな」
「そうね〜。甘いもの、結構食べてると思うわ。クッキーとかチョコレートとか」
「やっぱり消え物がいいよね〜」
「その方が渡された方も気負わなくていいしね。無難にお菓子おすすめするわ」
紅茶とかとセットで何か考えてみたら? とミスティがエッグドポーチを食べながら言ってくれる。ルドラは紅茶をよく飲んでいるそうで、好みの銘柄なども教えてくれた。覚えておこうと米を食べながら腕時計デバイスでメモしておく。
「室長って私生活謎なのよね〜」
「そういやパートナーのヒトいるの初めて知ったみたいなこと言ってたっけ」
「そう。あのヒト業務上以外のことあまり口にしないし、秘書室内の話にもあまり混ざって来ないから」
「ふうん。不思議なヒトなんだね〜」
「まあ見た目から異質だしね。サイボーグのヒトに会ったの、室長が初めてだったし」
「あまり居ないの?サイボーグ化されたヒトって」
「居ないことはないけど、傭兵とかに多いとは聞くわね。でも結構プライベートなことだろうし、室長にはサイボーグ化した理由は聞けないわねえ」
「そうだね。かなり踏み入った話になるだろうしね〜」
鯖の味噌煮を口に運び、あー味噌味染みる〜と目を細める。
「デート、うまく行くといいわね」
「頑張ります」
朝食を摂った後は居住区まで駄弁りながら歩き途中で別れる。自室に帰り着いて時計を見ると九時を少し過ぎた頃だった。まだ時間に余裕はあったが、一応身支度を整えておこう。と髪をすいたり化粧をしたり、一旦ベッドでだらけた後ミスティに決めてもらった服を着て、十時十五分ほどに自室を出た。
総督府の出口まで向かって歩いていると、以前見た顔があった。ゲェッ! と心の中で叫ぶ。
「あ、……ドモ」
「…………ふん」
ライオンの女性獣人、リリィ・サクソンだ。以前ヒューノバーにふさわしいのは私だとか言いながら絡まれたのは記憶に新しい。
リリィはかつかつとヒールを鳴らしながら私に近づいて来た。男性ほどの身長があるため私は見上げる形になる。スタイルいいな。
「喚びビトさん、あなた……なんなの? そのお粗末な服」
「いやあ〜何でしょうね?」
「ふん……人間の癖にあの方の番だなんて、上はどうかしているわね」
「はは……」
まあどうかしているのは確かではあると思う。誘拐された身なので否定はしないのだった。これ話長くなんのかな〜とこっそりと時間を確認すると、あなた! と大きく張った声に驚く。
「わたくしと話しているのに時間を気にしてらっしゃるの? 何かご予定が?」
「あ、ちょっと買い物に……」
「買い物よりわたくしとお話ししてくださらない?」
「ま、待たせているヒトが……」
「……ヒューノバーさんを?」
「う、はい……」
「……腹立たしい」
おっかねえ〜! めちゃくちゃ睨まれてるよ。なんだって私は休日にこんなのに絡まれなきゃならんのだ。
く、逃げるべきか。ヒューノバーがもし正門に着いていればもふもふして追い払える可能性がある。しかし相手は獣人の上にライオン。私の足ではすぐに捕まえられることだろう。
「すみません。逃げてもいいですか」
「は?」
思わず率直な意見を言ってしまったが思い切り顔を顰められるのだった。くそー! なんなんだよこいつ。敵とのエンカウントイベントとか休日に起きるなよ! どっかの昔懐かしい野生動物とエンカウントして経験値貯める釣りゲーか!?
「逃げる? わたくしから? あはははっは! 舐めるのもいい加減にしてっ」
「ひゃい……」
思わず縮こまる。怖いよお誰か助けてよお。と思うが誰も通ることはなく。ただひたすらにリリィの睨みに耐えるしかなかった。
「ヒューノバーさんと出かけるだなんて、あなたはご自分の立場を理解しているのかしら」
「番ですけど……」
「あっはは、そんな形骸化した制度なんて今すぐにぶち壊してしまいたいわ」
「うう……」
やっぱりもう無視して正門に向かってしまおうかな。なんで誘拐された身の上なのに貶されなければならんのだ。
「さよなら!」
「待ちなさい!」
「グワーン!」
走り出したが直ぐに捕らえられるのだった。自分の運動能力の低さを呪う。いやライオンに勝てる道理なんてないんだが最初から。
私はやけになって腕時計型デバイスを弄って堂々と通話を開始する。
『あ、どうしたのミツミ』
「助けてくれヒューノバー!」
「喚びビト! あなた!」
リリィに直ぐに通話を切られたが、ヒューノバーがそのうちやって来てくれるはずだ。とりあえず今は耐えるしかない。
「そんなにわたくしを悪者にしたいの?」
「いえそのえっと」
「さっきからおどおどとしてばかりでまともに取り合おうともせず、逃げしか考えていないじゃない。……わたくしが恐ろしいかしら?」
「いや別嬪さんだと思います」
「おべっかは結構」
じゃあ聞くなよ! と顔に出ていたのか何その顔は! と威圧される。
「うう、私の立場じゃ上の指示を反故することは出来ないんですよ。ご理解ください……」
「ならあなた番をやめると意見したらいかが」
「そんなの通るわけないじゃないですか」
「通してもらわなければ困るわ」
「私は別に困りませんよ」
「……どういう意味かしら」
「お付き合い始めたので……」
だん! と思い切り壁に押し付けられて壁ドン状態になる。リリィは険しい顔で私を睨んだ。すくみあがっているとがるる、と唸り声を上げている。
「人間如きが、あの方のパートナー? 笑わせないで!」
ひいい、この修羅場早く、早く終わらせてくれ、助けに来てくれヒューノバー!
「わ、私はヒューノバーが好きです。だ、だから、譲るわけにはいきませんっ」
「文化も何もかも劣る喚びビト風情が戯言を……」
「あなたは、盲目すぎます。自分の意思だけ押しつけて、ヒューノバーの何も分かっていないじゃないですか」
「はあ?」
「だ、だって、ヒューノバーは私が来る前から警務局に居ても、あなたは見向きもされなかったんでしょう。私の存在があったとしても、あなたにも問題があったんじゃないんですかっ」
散々貶されるのも腹が立ってきたので私も言い返す。リリィの顔には怒りが滲んでいる。
「あなたは独りよがりに自分の感情だけ燃え上がらせて、ヒューノバーに押しつけて、ヒューノバーの意志なんて無視してるでしょう。あなたなんかより私の方がヒューノバーが好きです!」
「ミツミ!」
ヒューノバーの声がした。そちらを見れば駆けてくるヒューノバーの姿があった。リリィは気がつくとさっと離れて行った。
私に駆け寄ってヒューノバーはリリィを睨んだ。
「……リリィさん。あなた、何をしていたんですか」
「わ、わたくしは、喚びビトさんに教えを説いていただけですわ」
「もう今後ミツミに近寄らないでください。行こうミツミ」
ヒューノバーは私の手を引いてその場を去ろうとする。振り返ってリリィを見ると、怒りに燃えているだろう顔をしていた。……今後報復が無ければいいが。
「何をされたの」
ヒューノバーが私の手を引きながらそう問う。あらましを説明すると、はあ、と大きくため息を吐いた。
「あのヒト、入局当時から度々声はかけられて居たけれど、俺にはミツミだけだったから気にも留めていなかったんだ。ミツミに害が及ぶなら、もう少しきつめに言っておくんだった」
「ごめんね。なんか……私じゃあ多分撒けないと思って助け求めちゃって……」
「ミツミが謝ることじゃない。……さ、気分変えよう。今日はデートなんだから」
ヒューノバーが私を見て微笑んでくれた。その笑顔にほっとする。
「今日の服可愛いね」
「ありがとう。ヒューノバーも格好いいよ」
「へへ、ありがとうミツミ」
正門まで歩き総督府の外へと出た。さあ行こうか。と手を握られて街へと繰り出した。
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