第49話 ヒトの金で飲む酒うめ〜!

「そんなに落ち込むなよミツミ〜」


 シグルドが酒を煽りながら落胆し続けている私を慰めようとしてくれる。せっかく誘ってもらった酒の席で中々盛り上がることもできず、無言でちびちびと酒を飲む。


 今現在、終業後、総督府外のバーにリディア、シグルド、ヒューノバーと私の四人で飲みに来ていた。奢りだとは言われたが仕事中の件で私は沈み切っていた。丸い机を囲んで四つあるソファにそれぞれ座っていた。店内は穏やかな雰囲気であまり気疲れもしなさそうだった。


「お二人ってお子さんもう大きいんですっけ」

「そー、四人で一番下も高校生だから留守番くらい大丈夫よ〜。上は心理潜航の専門行ってるんだよ」


 ヒューノバーがシグルドたちに話題を振ったが、なんだか乗る気にもなれず、ぼうと聞いている。


「ミツミ、大丈夫ですか」

「あ、はい」


 リディアにそう問われて反射で答えたが、大丈夫じゃあ、多分ない。手すさびをしながら無言で俯いた。別に、これまで関わってきた潜航対象者たちだって私如きではどうしようもない闇を抱えていた。今更ではある。


 しかし、終業間際でリディアたちに聞いた話では、トークンはもう正気には戻ることは叶わないかもしれないとのことだった。始末書だって書かねばならなくなるだろう。思い出しながら書くのは、きっと苦しくなってしまう。


「お前の気持ちは分かるよミツミ。心理潜航ってのは、潜航対象者に踏み入りすぎるとこっちも傷を負うんだ。俺たちだってやらかしたことがねえワケじゃないんだよ」

「私共も、一度自殺まで追い詰めてしまったことはあります。捜査官としては恥ではありますが、通らぬ者は殆どいません。気落ちしても仕方はないですが、あなたはまだ心理潜航を始めたばかりです。才能は未知数ですし、コツさえ掴めればあなたならば、対象者を止めることも可能になり得ます。……残酷ではありますが、経験値として処理なさい」


 リディアの言葉に、そりゃあそうだよな。と少しばかり納得はした。私はまだこの惑星に来て数ヶ月しか経っていないのだ。なんだったら、補助具がなければ言葉さえも分からない。本当にペーペーと言っていい。いきなり喚ばれ、一般常識や知識を詰め込むのも早急で、仕事をしろと心理潜航班に突っ込まれ、ヒューノバーに一から教えてもらい、今現在赤子ならば、ずいばりからなんとか伝い歩きに達した辺りだ。


「うう……私は赤子です……ばぶー……」

「え、いきなりどうしたの」


 ヒューノバーに若干引かれ気味になりつつ、考えていたことを吐露する。同じヒトであってもこの惑星に適応し始めたばかりの自分にはまだ心理潜航など早かったのではなかろうか。と。


「ミツミはよくやってるよ。適応力だってある」

「喚ばれた初日にぎゃん泣きしてても?」

「あー……」

「分かってる言うなヒューノバー。自分が女々しい女だと言うくらい自覚はあるんだよ。でも地球では人の死なんて身近にはない仕事だったし、ただ友人と遊んでその帰りに攫われた訳。こっちの事情とかガン無視で。そんな人間が廃人化させてしまった罪飲み下すの時間かかるの仕方なくない?」

「ごもっともですなあ」

「喚びビトの件はどの国でも一部からは問題視されてる技術ではあるんだ。表向き廃止していると言っても秘密裏に行なっている国もある。確かに、非人道的だよ。喚びビトを喚ぶのは取り返しもつかないことだよ。ミツミが心を病まないか心配だった時もある。でもミツミは大丈夫だって思っていたから、やっぱり今回の件は心配だよ」

「かなり来てますよメンタル的に」


 はあ〜と大きくため息を吐いた。なんだって私だったのか。と何度だって繰り返し思い続けているのだ。別にヒューノバーが嫌いとかそう言った理由ではないのだが、仕事はスリル満点。職場では敵視してくる例のライオンの獣人の女性もいる。人間関係のいざこざに巻き込まれるのは慣れていないと言うのに。


「あ〜、あ〜、あああ〜、ちょっとひとりで引きこもって噛み砕きたい」

「こりゃ結構キテんなあ〜。リディア、ミツミちょっと休ませてやったらどうだよ」

「別に構いませんが……有給休暇使いますか? ミツミ」

「い〜……ですか? あ、でもヒューノバーひとりになっちゃいますけど」

「いっそヒューノバーと一緒に休んで遠出でもしたらどうだ? お前首都出たことないんだろ?」

「私は出かけると休んだ気になれない引きこもり人間なんですよ」

「エンダントみたいだなあ」


 くすくす笑っているヒューノバーの耳を引っ張る。もふもふとしているが引っ張り続けると痛い痛いと抗議が来る。離してやってからヒューノバーに問う。


「なんかヒトがあまり居なさそうな寂れてるところに行きたい」

「ええ? そんなところ行って楽しい?」

「私田舎育ちだからビル群とかより山見てた方が落ち着くんだよ」


 あ〜、とふと思い出した。


「ヒューノバーのおじいちゃんちは?」

「じいちゃんち?」

「前心理潜航ヒューノバーにした時にさ。海に行ったんだけれど、そこ行こうよ。確か母方のおじいちゃんたち。ヒューノバー小さい頃一時期預けられてたんでしょ」

「あー、はいはい。まあ二人とも歳は取ったけどまだ元気だから遊びに行ってみる?」

「んじゃあ有給休暇何日出すよリディア」

「五日ほどでいいですか」

「初日はひとりで居させておくれよヒューノバー」

「分かった。それでお願いします」

「一応明日仕事出てきて申請書書いたら次の日から休んじまえよ。今のところ暴動で捕まったやつとかの潜航しか予定ないからな。そこまで重要じゃあない」


 休みが取れた〜。と少々心が軽くなる。まあ明日はどうせ出勤だが。


「ウイスキー、じゃんじゃか飲んでもいいですか?」

「あ、なんか元気になってる」

「体は正直ねえ」

「シグルドさん言い方セクハラっぽいですよ」


 シグルドががははとおっさん臭く笑いながら酒を流し込んでいる。ハイエナはワクや健啖家が多いらしいとヒューノバーに聞き、まあ確かにリディアも結構飲んでいるよな〜と眺める。

 しかしヒューノバーも酒が駄目な代わりに結構食べるタイプなので健啖家と言ってもいいだろう。ヒューノバーは先程からつまみとソフトドリンクで無限サイクルを作り出している。


「そういやヒューノバーって酒駄目とは聞いているけど、飲むとどうなるの?」

「……言わない」

「何〜? 気になるんですけど〜? お二方は知っているんですか?」

「こいつ色気がむんむんになるぞ。ダウナー系の。そんでもって自分では覚えていないって言うな。くそ、種族が虎だからどんな女でも落とせると言うのにお前は一途だなあ〜」

「言わないでくださいよ! シグルドさん!」

「なんだよ。何か秘密にでもしておきたい理由があるってか?」


 シグルドが何故かヒューノバーを煽り始めている。大方酒を飲ませたいのだろうが、それに乗るヒューノバーでもなかった。

 ダウナー色気ね……、と考えて初めてヒューノバーに心理潜航した際に見たあれを思い出して苦い顔をした。


「やめましょうシグルドさん。ヒューノバーに酒を飲ませるのは」

「え〜? 見たくないのかよミツミ」

「いやちょっと、思い出したくない闇が」

「そういやお前初めてヒューノバーに潜った時なんか見たんだっけ? はは〜ん、闇ね闇」


 何かを察せられているが、シグルドはヒューノバーに酒を飲めと勧め続けている。大方私の反応を見たいだけだろう。


「アルハラですよシグルド」

「おー? なんだよリディア。お前だってヒューノバーのアレ面白がってた時あったじゃねえか」


 リディア、案外素はシグルドに似ているのだろうか。班長と言う立場から今は言っているようだが、シグルドと夫婦な訳だ。本質的に似ているところはあるのだろう。


「シグルドさんがヒューノバー連れ帰ってくれるなら飲ませればいいんじゃあないですか」

「よしやめよう」


 自分に面倒臭い役割を負わせるのは嫌なようですぐにやめると言うシグルド。……私にヒューノバーの面倒を見させる腹づもりだったらしい。部下の面倒くらいお前が見ろ。とウィスキーを飲みながらジト目でシグルドを見た。


「シグルドは面白がって場を掻き回すの好きですが、後始末するのは嫌いですからね」

「そりゃお前もだろうがリディア」

「私は班長ではありますが、プライベートに関わるのは違うと思っていますので」


 いや〜! ミツミが面倒見てくれるなら酒飲ませるんだけどな! とがははと笑っているシグルドを見つめ続けると、そんな目で見んなよ〜とシグルドが笑っている。


「まー、明日来たら休みだ休み。お前ら二人旅行でも何でも行って来たらいい。ミツミは慣れない環境だっただろうしな。グリエル総督だって目を瞑ってくれるさ」

「美味いもん食い歩きしたいよヒューノバー」

「色々巡ってみようか」


 と言うことで私はこの惑星に置いて長期なんだか短期なんだか分からぬ休暇を得たのであった。初日絶対食事以外でベッドの上から動かぬ生活をしてやろうと考える。それかミスティとぐだぐたと酒を飲むのに誘おうかと考えつつ、リディアとシグルドの奢りで飲む酒の美味さを堪能するのだった。なんとかトークンの件も酒であやふやになりつつあった。


 ヒトの金で飲む酒うめ〜!

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