第36話 繋いだ手は離さないでいてね

「頭いってえ……」


 完全に二日酔いだ。昨日の酒はやはり飲み過ぎだったか……とベッドで丸くなりながら痛みに呻いていた。昨日はヒューノバーに送られて来たところまでは覚えている。化粧を落としてから速攻寝たんだったな。


 始業まで充分時間もある。シャワーで身を清めて来ようと浴室へと向かった。雑に服を脱ぎ捨て洗濯入れに放る。シャワーの温度をみながら頭から暖かいお湯を被った。


 なーんか、忘れてんな。とぼんやりとしていたが、不意に左手薬指の指輪を見た。そういや告白したな。


 ……告白!? いやちゃんと記憶はある。だがシルバーとシルビアにそそのかされ、ヒューノバーを悪く思ってもいないし、グリエルからの呼び出しで何を言うべきか悩むし、となんだか色々面倒になって酒の勢いもあり告白したのだった。


 いや、ムードもへったくれもないじゃねえか。とシャワーの中で頭を抱えた。


「なんか、不誠実だなあ……」


 ヒューノバーの私への思いを分かっていたからこそ出た言葉だったのだと思う。用は面倒だからとヒューノバーを利用したと言うことだ。顔を合わせづらい。申し訳ない。いや好きなのは確かではあるのだが、やり方が雑のひと言。


 取り消しとか出来ないだろうし、ちゃんと向き合っていけば、もっとヒューノバーに対する思いが膨らむものだろうか。付き合うことになったと言うのに、浮かれもせず自責の念に駆られているのが滑稽に思えた。


「しかしまあ、お付き合い。……しかも異種族か」


 地球に居た頃ならば考えられないことだっただろう。まさか惑星転移した上に番制度とかいう理解しがたい制度に巻き込まれて仲を深める。面倒くさがりの私がよくもまあそんな制度に従ったな。


 まあグリエルに詰められるのが面倒という不純極まりない動機だったとしても良くやっている方ではあるとは思うのだ。以前の私から比べれば。なんだかんだで情が湧いてきているのは確かなのだから。


 浴室から出て体を拭いて、髪を乾かした後スキンケア。全裸でベッドに向かって飛び込んだ。


「あー、売店二日酔いの薬売ってるかな……」


 頭がずきずきと痛む。どれだけ飲んでも意識を無くしたことはなかったが、流石に二日酔いは堪えるものがある。ラフな服に着替えて売店に向かおうと部屋を出た。


 慣れきってきた総督府内の居住区も、大分顔見知りも増えてきた。てかこの居住区総督府と繋がっているのもあってほぼ小さな町のようなコミュニティが出来ているのだ。そりゃ顔見知りも増えるわな。


 食堂はあるが売店はスーパーに顔負けしない品揃えをしている。青果や野菜、肉などもある。自炊しているヒトも存在するのだろう。売店にたどり着いて薬を探していると、見知った姿が目に入る。


「ミスティじゃあん」

「うわ、めちゃくちゃ適当な格好で来たのね」

「風呂上がりに二日酔いの薬でもと思いまして」


 ミスティが私服姿で売店に居た。二日酔いの薬の場所知ってる? と聞くと案内される。しゃがみ込みながら薬を見ていると、ミスティがひとつ瓶を取った。


「これおすすめ」

「お、じゃあそれにするわ」

「深酒したの? 私も今日飲むつもりだったから買っておこうと思って来たのよね〜」

「それに付き合わされるヒト可哀想だな」

「なんで貶されなきゃなんないのよ」


 始業まで大分時間もあるのもあってミスティはすっぴん状態だった。しかし元の顔が可愛いので人間である私としては羨ましいことこの上ない。


「そういえば、メッセージ見た?」

「え、なんか送られてきたっけ」

「グリエル総督からの呼び出しについて送ったんだけど、見てないのね」

「うーわ、お呼び出し再びですか」

「ヒューノバーと進展無さそうだから意味ないんじゃないの〜ってやんわり言ったけれど、あのヒトにも立場があるからねえ」

「…………」

「何よその沈黙は」

「いや……酒の勢いで付き合うことになりまして」

「えー本当? よかったじゃない。主にヒューノバーが」

「なんか、今更不誠実かもしれなかったと罪悪感が湧き起こっているところですわ」


 酒の勢いってところが引っかかっているところだが、ミスティは二日酔いの薬を手に取りながら、別にいいんじゃない? と告げる。


「勢いって結構大切なもんよ。酒に後押しされたのは納得行ってないんでしょうけど、合わないなら酒の勢いがあろうがなかろうが合わないわよ」

「そうなんだけどさ〜」


 軽食の棚に向かってミスティと立ち話をする。プロテインバーを手に取り、それ結構美味しいわよ。とミスティに教えられる。


「白面でもっかい付き合ってくれって言った方がいいと思う?」

「今更そんなこと言ったら逆に不審がられるんだから余計なこと言わずに、はいお付き合い完了でいいでしょ。結論はもう出たんだから引っ掻き回さないほうがいいわよ」

「そんなもんか〜」


 会計をして売店を出てミスティと居住区まで歩く。


「なんか憂鬱だ」

「そこまで不誠実感じてるの? 考えすぎよ。お付き合いなんて直感でどうにかなるもんなんだから、問題起こったらその時対処すればいいじゃない」

「なんかミスティは恋愛経験豊富そうだな」

「それなりにね。じゃ、私あっちだから。あんまり悩みすぎないのよ」

「へえ〜い」


 ミスティと別れて自室に帰り着き、朝食はまだ早いな。とプロテインバーを食べてみる。確かに美味いな。とミスティの舌を信じてよかった。と考えながら食べ終わり、二度寝でもしてしまおうか。とベッドに転がった。


 始業は十一時だ。現在時刻六時。二度寝しても充分に支度ができる。寝ちゃうか〜と布団に潜ったが眠気はあるのに中々寝付けず、結局時間を無為に過ごすことになった。


 食堂に向かって朝食を摂ってからは再びごろごろとして、身支度を整えてから潜航班室に向かう。ヒューノバーは既に自席に座っており、おはようと挨拶をした。


「おはよう、ミツミ」

「今日もよろしく。あ、昨日の調書朝イチで出せばいいんだよね」

「うん、リディアさんはまだ来ていないから、最後に一回目を通しておくといいよ」

「そうする」


 自席に座ってPCのモニターに目を向ける。時間もかからず起動し、メッセージを見れば確かに昨日の日付でグリエルからメッセージが届いていた。


「グリエル総督からのメッセージ見た?」

「見たよ。今回は色良い返事が出来そうだね」


 にっこりと笑うヒューノバーに、罪悪感が湧いてくる。いや好きなのは確かなのだし、この感情を持つのはヒューノバーに失礼か、と見ないふりをすることとする。


「今日の午後に来いって書いてるけど、今日潜航予定とか補助入ってなかったよね」

「うん。今日は午後はやることと言えば事務処理くらいだよ」

「リディアさん来たら言っとかないとね」


 そろそろ始業だろう。リディアの姿を認めてヒューノバーと共に向かう。


「おはようございます。班長、今日の午後なのですが」

「おはよう。グリエル総督に呼び出されているのでしょう。報告は来ていますから行ってきなさい」

「あ、はい」


 リディアは承知済みだったらしい。若干拍子抜けしつつ自席に戻って仕事を開始する。ちらちらと時間を確認しながら仕事をこなして、午後遅めの昼食の後グリエルの執務室へとヒューノバーと共に向かった。


 威厳あるグリエルの執務室に入り、執務机を挟んでグリエルと話が始まる。


「進捗はどうかな?」

「あー、そのう」

「自分たち、交際を始めることとなりました」


 ヒューノバーの言葉に、グリエルはそうかそうか。と嬉しそうな声色で頷いている。親戚のお節介おばさん味がある。失礼ながら。


「仲を深められているようで安心した。我らの勝手ではあるが、今後もどうか諍い無く穏やかに過ごせるよう願っている」

「はい」

「はい……」

「ところで、どちらから?」


 やっぱり親戚のやけに出張るおばちゃんじゃねえか。と突っ込みたくなった。そのう、私ですね〜……。と弱々しく手を挙げた。それを見てグリエルは満面の笑みを浮かべた。


「こちらの都合で相手を決めてしまってはいたが、君もヒューノバーを好いてくれて嬉しい。君にとっては未知の異種族だ。恐怖や異質感など起こっては居ないかと心配していたが、ヒューノバーはいい男だ。ミツミ、君にとってもそう感じてもらえていたようで嬉しい」

「そ、うですね。ヒューノバーは、とても穏やかで好感が持てるヒトです。その、そういうところに惹かれたのはあるとは思います」

「ミツミ……」

「……恥ずかしいんだからそんな目で見んなよ」

「ふふ、今後もいい答えを期待しているよ」


 その後、グリエルと少し雑談をした後総督室を出た。無言で並び歩いていると、ヒューノバーが手を握ってきた。


「な、んだよ」

「ん? 嬉しいから」


 ヒューノバーの穏やかな笑みに、ぐ、と少し唾を飲み込んだ。罪悪感を抱いていた手間勝手ではあるが少々ぐっと来るものがあった。顔が熱くなって顔を逸らすとくすくすと笑われた。


「笑うなよ」

「だって可愛いから」

「別に可愛くねー」

「可愛いよ。手が小さくて、体も小さくて……」

「可愛いって小さいことなのかあ?」


 ちびちび言うなよ。と照れ隠しに手をぶんぶんと振っていると更に笑われるのだった。可愛いとか、何というかむず痒くて堪らない。褒め言葉なのは確かではあるが私に似合うかと言うと正直首を傾げる。……自己肯定感低いのかな。


 潜航班室へと向かうまでずっと手を離してくれず、ヒトとすれ違うと意味ありげな視線が飛んできた。ついでに潜航班室で手を繋いで入ったら班員たちに揶揄われるのだった。

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