第12話 おうちでひとり。大人は敵さ。

「おお……制服かっこよ……」


 ハンガーに掛けられた支給された制服。深緑の布地に金と赤の刺繍が施され、黒いラインが所々入っている。警務局職員の制服だそうだが、女性用らしくパンツかスカートかを選べる。


 今までは一般職員の制服を着ていたが、私服は一緒に喚ばれたキャリーケースの中しかなかったので今までの制服は居住区を彷徨く時は使っていいらしい。


 正直、元の地球だったのならば普通のデザインに感じただろうが、未来と言っていいディノスではこのデザインは少々古臭く感じる。言い換えれば歴史味溢れている。とも言えるだろうが。送られてきた箱の中には式典用らしき制服も入っている。デザインは大体同じだが白い布地のものだった。これを着る機会は相当先だろう。とクローゼットに移動しておく。


 明日から本格的に勤務になるとヒューノバーからは言われていたが、一体どんな人物に心理潜航させられるのだろうか。まずは研修だといいのだが、研修に相当するのは今現在ヒューノバーから受けていたあれだろうしやはり誰かに潜るのか。


 ベッドに腰を下ろして体の力を抜けば、ぼふ、とベッドに倒れ込む。


「なーんか、呆気ない」


 色々あったにはあったが、三、四週間程しか経っていないのに、いきなり実践配備と言うか。自身の中で葛藤は確かにあった。この惑星に来た時に泣いたし、この間だってヒューノバーに心に潜られた際にも泣いた。けれどもう全て諦めて受け入れている自分を不思議に思う。


 まあ人生諦めが肝心とも言う。出来ないことに意識を割くのも疲れることではある。だからもう二度と会えない家族や友人のことを考えないように、無意識のうちにしてはいた。


 ヒューノバーに依存、と言うと言葉が悪いが頼りにするようにはなってきてはいる。この変化が良いものなのか悪いものなのか、考えあぐねる。環境が環境だし仕方がないことではある。


 一旦シャワーを浴びてから寝よう。と着替えを持って浴室に向かった。







「わあ、お似合いですよ〜ミツミさん!」

「へへ……ドモ……」


 翌朝、身支度を整えて部屋を出ればヒューノバーに褒められ、あまり褒められ慣れていないのもあり隠キャムーブをかましてしまう。あれこれとヒューノバーは褒めてくれるが、気恥ずかしいのと返せる言葉の語彙がないのでそこまで褒めなくていい。と待ったをかけた。


「ヒューノバーは、その、褒め上手だね……」

「だって大切なヒトなんですから! お似合いですよ」

「うぐ」


 顔に熱が昇ってくる。気取られないように顔を逸らすとヒューノバーは覗き込んできた。


「照れちゃいましたか?」

「分かってんなら聞くな……」

「えへへ」


 二十六歳がえへへとか言うか。と思いつつあまり違和感を感じない辺りヒューノバーから滲み出る根明具合は相当高いのだろう。なんだろうか。私、根暗だからたまに眩しすぎると感じてしまう。本当にこいつと私が結ばれる未来、あるのか?


「心理潜航捜査班へ着いたらお披露目しましょうね! パンツスタイルも自分好きですよ!」

「ああ……そう」


 にこにこと花を飛ばすヒューノバーに、一周回って私も開き直ってきた。服に着られている状態なのではと今朝は思ったが、まあここまで喜んでくれるのならばやはり浮かれ気味にはなる。顔を逸らして不気味に笑っているとすれ違ったヒトから一瞬にして目を逸らされた。お目汚し失礼。


 部署に着くと同じ制服姿の職員とすれ違うようになり、馴染めていると思おうと班室へと向かう。自動扉を潜れば薄暗いあの部屋へとやってきた。


「おはようございます」

「ああ、おはようヒューノバー、ミツミ」

「あ、喚びビトちゃん連れてきたんだねえ。おはよ〜」


 入り口近くには狐獣人のヨークとそのバディの私よりも前に喚ばれた喚びビト、サダオミの姿があった。


「初出勤、遅刻せずに偉いねえ。おばちゃん初出勤は二時間寝坊したよ」

「喚びビトの私も同じく寝坊しましてね。偉いですねえ」

「こ、こんな遅刻せず来ただけで褒められるとは」

「因みにヒューノは初日に迷子になってたよ」

「ヨークさん! 言わないでくださいそれは!」


 ヒューノバーが迷子。ヒューノバーのことだ。泣きながら部屋を探して居たのではなかろうか。想像すると少し笑えた。


「ん、緊張ほぐれたかい?」

「あ、はい!」

「よかったよかった。何かあったらヨークおばちゃんとかサダオミおじちゃんに言うんだよ〜」

「困りごとがありましたら、どうぞお申し付けください」

「その時はよろしくお願いします」


 このバディはおばちゃんおじちゃんを自称しているが、一体何歳なのだろうか。サダオミが壮年に見えるから同い年程度か。獣人は見た目で年齢を計りにくいが、聞き出すのも今の段階では失礼かと口をつぐんだ。


 私とヒューノバーを呼ぶ声に振り返ると、班長のリディアとバディのシグルドの姿があった。


「班長、ヒューノバー・マルチネス、ミツミ・ホソゴエザワ。本日付で着任しました」

「ご苦労、早速だが初仕事を頼みます」


 初仕事、お茶汲みだったらもう喜んで! という気分だったが、着いてくるように、と告げられて私はしおしおの塩漬けになりそうだった。潜航室へとやって来て、やはり潜らねばならないらしいと察して思わずヒューノバーに両手を掲げて手錠をしてほしいと頼んだ。


「私を牢獄へ送ってくれ……」

「なんでそうなるんですか! 送りませんよ!」

「怖いよお〜」

「ミツミ、今回は私たちもサポートします。そう卑屈にならず」

「そーそ、初めてのオシゴトは上がサポートするからさあ。俺とリディアに任せときなって!」


 四人で監視用の部屋へと入る。潜航室の診察台には誰かが寝ていた。今回の潜航対象者なのだろう。


「今回の潜航対象者はハイイロオオカミの獣人です。氏名はジョゼ・ホーン、三十六歳。男性ですね。罪状は殺人、被害者は両親。殺害の動機を語らぬためにこちらへ」

「殺人、ですか」

「一般の機関の心理潜航では動機を知ることができなかったために、ミツミ、深く潜れるあなたに潜っていただきます」

「サダオミさんは」

「ヨークとサダオミのバディでも可能ではありますが、今回あなたの練習がてら潜っていただくことに」


 練習。確かにヒューノバー以外に潜ったことはない。ヒューノバーの穏やかな心理世界に慣れてしまっているのもあって、酷い目にあったらどうしようかという不安が付き纏っていた。しかしやらない訳にはいかない。心を決めよう。と深呼吸をした。


 これを、とリディアから手首に付けるのだろうブレスレッド型のデバイスだろうものを受け取った。


「こちらから干渉する際、そのPDAで連絡をとります。付けてください」

「はい」


 手首に付けてひと呼吸おく。顔を上げてヒューノバーを見た。


「行こうヒューノバー」

「ええ」


 扉に向かって歩き出す。自動扉を潜って、麻酔で眠りについている潜航対象者の元へ。椅子が二脚用意されており、潜航対象者を間に向かい合うように座った。


「胸に手を置いてください」

「うん」


 潜航対象者の胸に手を置く。上からヒューノバーの大きな手が乗り、少しばかりの安心感。目を瞑ってください。との声に目を伏せた。水の中へ潜るように、そう意識した。緑色の輝かしい光を見て目を開いた。


「ここは……」

「対象者の自宅付近ですかね」


 一軒家が立ち並ぶ住宅街のようだ。閑散としており人の気配は無い。


『対象者の自宅は目の前の青い屋根の家です』


 PDAからリディアの声が聞こえてきた。庭先にヒューノバーと入る。玄関に向かい自動扉を潜ると、私は何かに足を取られてすっ転んだ。ついでにヒューノバーも共に。


「でっ!」

「きゃん!」


 可愛らしいヒューノバーの悲鳴を聞くと共に子供の笑い声がした。恐らくリビングに通じているだろう通り道から狼獣人の子供がくすくすと笑っている。立ち上がってその子供の元へと行こうとすると足が紐に引っかかった。真正面に水の入ったバケツが飛んできて顔面を強打。ついでに水浸しになった。


 呆然と立ち尽くしているとヒューノバーが心配そうな声をかけてきた。子供は相変わらず笑っており、沸々と怒りが湧いてきた。


「こんのクソガキャ〜!」

「きゃははは!」


 こうして私とヒューノバーは子供の本気のお遊びに巻き込まれるのだった。

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