第17話 ヨークの昔話

「ヨークさん、ちょっといいですか?」

「ん? なんだい?」


 休憩時間、私は椅子に座って軽食を食べていたヨークに話しかけた。隣の椅子に失礼する。金色の毛並みに金色の吸い込まれそうな綺麗な目。しなやかな体つきの狐獣人の女性。以前調書の書き方を教えてもらってからたまに話すようになった。


 突っ込んだ話。先日グリエルが言っていた若かりし頃の話を聞きたく話しかけてみた。


「グリエル総督に聞いたんですが、昔のヨークさんとサダオミさんって喧嘩ばかりしていたんですか?」

「あの熊ちゃんから聞いたのかい? やだね〜喧嘩なんて」

「あれ? 違うんですか?」

「いや、その通りだけど?」


 思わずずっこけそうになった。なんなんだ。喧嘩してないと思ったらしてたのかよ。


 顔に出ていたらしくヨークがきゃらきゃらと笑い、遠くに居るサダオミを一瞥したのち、どうやら話してくれるらしい。サダオミはヒューノバーとシグルドとコーヒー片手に談笑中のようだった。


「私とサダオミ、最初は相性最悪だったんだよ」

「へえ、今はそうは見えないですけど」

「まあ今は歳食った分どっちも丸くはなったからね。あいつ堅物でさあ〜あたしに全然靡こうとしないもんで食ってかかってたんだよ。グリエルもそれ聞いてたんだろうね」

「有名だったんですねえ。お二人」

「そりゃ番の制度は総督府に居りゃ皆知ってるからねえ。知らないやつの方が珍しいくらい」


 肩をすくめてみせたヨークだったが、確かに好奇の目には晒されている自分自身の体験で、そりゃ当時のヨークとサダオミも同じ体験をしていたら多少は荒れていても仕方がなかったのでは。と考える。私はヒューノバーがのんびり屋だからマシな方だ。


 これは偏見もあるが浮いた話が多くても違和感の感じないヨークだ。当時のサダオミを知らないが、不信感は抱いていたのではなかろうか。


「サダオミさんって当時どんな感じだったんですか」

「気難しいって言葉が似合うね。子供産まれてからは柔和になったけれど、それ以前は不純異性交遊だとかなんとかで、あたしに噛みついてくること多かったから」

「ヨークさんモテてそうですもんね」

「一応これでもあたし身持ち固かったんだよ? 言い寄ってくるやつが多いだけでね。一応身辺調査で潔白だから番に選ばれたんだから」

「そういやヒューノバーも身辺調査されたとか言ってましたね」


 以前ヒューノバーからも聞いたことがある。番に選ばれるには身辺調査の上潔白でなければいけないと。なんか面倒な制度だよなあ。と思いつつも、浮気だとか不倫だとかが発生したらわざわざ喚んだ喚びビトの立場がないだろう。人生を犠牲にして呼ぶのだ。喚びビト側の問題があるのかどうか聞くと、昔は何件かあったそうだ。


「まあヒトだしねえ。絶対浮気だ不倫だ、しないだなんて確約できっこないよ。サダオミはしないけどね」

「しなさそうですね」

「でも一度ね。浮気の噂上がったことあんのよねサダオミ」

「ええ?」

「結局のところ、ペットの鳥好き友達だったって結果が待ってたんだけど。ただ写真の見せ合いしてただけの関係だったんで、碌に話も聞かずにあたし頭に来てぶん殴っちゃって。誤解解けた時は平謝りだよ」

「あー……」


 異性と親しくしていると喚びビトだと余計に噂になりやすいのだろう。自身も気をつけた方が良さそうだなと考える。まあ私は恋愛どうこうの方面は然程興味がない人間なのでヒューノバーだけで手一杯だ。遊ぶ余裕も、余裕があったとしてもそんな面倒なことをするつもりもなかった。


「なんだって話聞いたんだい?」

「いや、ちょっと参考にしたくて。仲を深めると言ってもどうするべきか考えあぐねていると言いますか」

「あの虎ちゃんは結構あんたにお熱みたいだし、放っておいてもくっついてくるだろうよ。自然に受け入れられるようになると思うけどね」

「どうですかねえ」

「不満があるのかい?」


 不満。特にこれと言ってないのだ。ただ口説かれてはいるなりに理解してはいるのだが、自分の中でどこか冷めた部分があり、素直に受け取ることができない。そうヨークに告げると、最初はそんなもんだよ。と返ってくる。


「恋愛なんて異性同士だろうが同性同士だろうが、小さなきっかけで心を許したりする部分もあるよ。私が心を許してもいいなと思ったの、件の浮気誤解だったしね」

「何か言われたんですか?」

「人間関係の上で自分はヨークと身を固めるつもりだから、他人に靡くつもりはこれっぽっちも最初から無いって言われてね。確かにあたし以外のヒトには一線引いて礼儀正しくて、口煩く追求してくるのはあたしに対してだけだなってその時理解したから、それは心を許している上での行動だったんだなって分かったからかな。そこから距離が縮まったよ」


 ま、口煩いのは今もだけど。と軽食を食べながらヨークはサダオミの方を見ていた。私も釣られてヒューノバーを見る。笑顔で談笑している顔は、私に接する時と同じに見えたが、私と話している時の方が柔らかい感じがした。


「あんたもきっかけあればヒューノのこと受け入れられると思うよ。あいつは誠実なやつだと二年も接していればわかるよ」

「……そうですか」


 きっかけ。私にはやって来るのだろうか。


 これ食べるかい? と携帯食料の袋を渡される。遠慮なく袋を開けてもりもりと食べ始めると、後ろからヒューノバーの声がした。


「ミツミさん」

「どぅわあ!」


 思わず裏拳が出る。屈んでいたらしいヒューノバーの顔面に拳が突っ込んだらしく、振り返ると顔を抱えてうずくまっているヒューノバー。ごめん! と謝っているとヨークが笑い出した。


「あっはっはっはっは! バディに裏拳とか! やっぱり面白いねえ喚びビトって」

「事故です事故です!」

「顔が潰れました……」


 ごめんごめんと謝りながら、ヨークからもらった携帯食料を差し出して口に突っ込む。もごもごと痛みに耐えているだろうしかめっ面でヒューノバーは食べすすめている。


「ああ……美味しいですねこれ……」

「でしょー。ここのメーカー結構美味い味多いのよね。チョコがおすすめ」

「本当にごめんヒューノバー」

「いえ……突然話しかけたのが悪かったんです。申し訳ない」


 ヒューノバーの謝罪を受けて申し訳なくなる。謝罪も込めて夕食一緒に食べようと告げると表情が明るくなる。心なしか花も飛んでいるように見える笑顔だ。


「楽しみにしておきますね」

「さ、そろそろ休憩時間終わるよ。あんたらこれからスフィアダイブあるんだろう? 今回は私とサダオミでサポートするから頑張りな」

「はい……」


 休憩時間を終え、潜航室へと向かう準備を整えて部屋を出た。二度目の本番心理潜航、今度は一体どんな心理世界なのだろうか。

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