第32話 黒い噂は本当に?

「大変な目にあった……」

「あれは確かに大変だったねえ……」


 食堂にてヒューノバーと共に休日の酒飲みミスティを思い出していた。なんだってあんなに酒癖が悪いのか。


「ショットかぱかぱ開けてくし、チェイサーは飲まんし、学生ならまだわかるけれどもあの飲み方続けたら確実に体壊すわ」

「一回大人数で飲んだことはあったんだよね。養成学校時代」

「そこでもそんな飲み方してたの?」

「いやあ、あそこまでじゃあなかったよ」

「ストレス溜まるのかねえ。総督の秘書官って」


 今度から労った飲み方をするように進めた方が良さそうだ。と話し合っていると噂をすれば影。ミスティが現れた。

 ここ失礼。とトレイを持って私の隣に座った。


「何の話してたの?」

「ミスティの酒癖の最悪さ」

「ごめんって! いやあ久しぶりに外飲み出来てテンション上がっちゃってね」

「体壊すよあんな自暴自棄な飲み方」

「完璧な女にだって弱点があってもいいとは思わない?」

「完璧……?」

「二人して首捻るな!」


 ヒューノバーと顔を見合わせて首を傾げているとミスティからツッコミが入る。一応記憶はあるらしいが、ミスティの自室までヒューノバーと共に運ぶのは大変だった。


 街灯に向かって話しかけるし、そこらの通行人に絡み出すし、終いには吐きそうとか言いながらミスティの自室よりも近かった私の自室のトイレで急いで駆け込み吐かせ、眠ってしまったミスティをヒューノバーが担ぎ上げてミスティの自室へと帰り着いた。


 終わった頃には二人揃ってへろへろに疲れきっていた。

 ヒューノバーに泊まっていくかと聞いたら大慌てで帰って行ったのは笑ったが。


「とりあえずさあ。今度飲むときはゆっくり飲もうよ」

「ミツミは程々に付き合ってくれるけれどヒューノバー食い気しかないじゃない。素面のヒトに絡むのも気が引けるわね」

「あんだけ大暴れしといてようけ言うよ」


 次飲むときはちゃんとした飲み方教えるから。と言うとミスティは食事に手をつけながらはいはい。と分かっているんだかいないんだか曖昧な返事であった。矯正が絶対必要だ。


「あんたらって午後から確か心理潜航入ってるわよね」

「何で知ってんの?」

「まあ秘書官ですしい〜他のとこの予定覗き見くらいできんのよ」

「ま! 覗き魔よ!」

「言い方」


 今回の潜航は確か重度のPTSDを患っている潜航対象者だったはずだ。ミスティも知っているとは言えそのくらいだろう。


「俺たち今回は補助に着くよ。先輩たちに」

「それってシルバーとシルビアのバディよね。そこそこ中堅って感じの」


 シルバーは白い毛並みの猫獣人。シルビアは狼を思わせる獣人。ヨークとサダオミほどではないが経験は積んでいる人々だ。


「あの二人、若干黒い噂あんのよね〜」

「ええ、何それ」

「潜航対象者に暴力働いた疑惑が前あったのよ」

「あの二人はそんなことするヒトたちじゃあないよ」

「まあヒューノバー言うならそうなんでしょうけどね」

「何があったの?」

「潜航中に何か問題あったのか、潜航対象者が麻酔切れても目覚めない事態になったわけ。で、精神体にダメージがあったんじゃ、って疑いが向いた訳よ。結果としては白だったけれど、変な噂流れちゃってねえ。で、今もこそこそ噂続いているの」

「ひえ〜……やだなあそう言う噂流れるの」

「心理潜航捜査官ってかなり特殊な職だからねえ。エリートって言ってもいいし、顰蹙買ってるところあんのよ。あんたらも気をつけてね。番なんて目立ちまくるんだから」


 ミスティはトマトを口に放りながらこともな気に言うが、そんな事態になって影でこそこそ言われてはたまらないだろう。ましてやヒューノバーに恋慕を抱いている獣人なんかもいる訳だ。ふさわしくないとかどうとか言われて追放されないか不安があった。


 私は今後ここで働く他ない訳だし、自分の立場を悪くはしたくない。心理潜航はかなり気を使って行った方がいいな。と改めて考える。


「ヒューノバー、死なば諸共だよ」

「恐ろしいこと言わないでよ」


 まあ何かしらあったのならばヒューノバーと共に罪を被ろう。巻き添えにして。


 食事を終えてミスティと別れ班室へと向かう。やはり多少は視線を感じてしまう。なんか、悪いことをしている訳でもないのに居心地の悪さに拍車がかかる。先程の話を聞いたのもあるが。


「そんなにびくびくしなくても大丈夫だよ」

「分かっている。分かってはいるんだが、やはり恐ろしい。私ここから追放されたら野垂れ死ぬ他ないんだから」

「そんなこと俺がさせないから、ね?」


 ヒューノバーを見上げると穏やかに笑っている。こののんびり虎ちゃんとなら、まあなんとかなるか、と少々ほっとした。


「手、繋いで」

「ん、いいよ」


 手を差し出すと大きな手が私の手を包む。暖かい手の少しだけほっとしていると班室が見えた。大体の班員ももう戻っては居るだろうと、一旦手を離して自動扉を潜る。相変わらず暗くて陰気に見える部屋だ。


「あ、ミツミ、ヒューノバー」

「シルビアさん」

「午後よろしくね。シルバーはもう先に行っちゃってるから、昼休み終わったらゆっくり来て。多分事前情報に目通してるだけだからさ」

「はい。お願いします」


 私コーヒー淹れてくるね〜。とシルビアは部屋を出て行った。あの人の黒い噂、と言うのもなんだか実感がないものだ。良くしてくれるひとりである訳だし。


「ちょっと食休みしたら行こうか」

「そうだね」


 ヒューノバーと椅子に座ってのんびりとすることにした。まだ始業まで時間はあるし、とヨークからもらった焼き菓子の手を伸ばす。


「ヒューノバーも食べる?」

「俺はいいかな」

「そか」


 焼き菓子を口に含みながらヒューノバーと向かい合っていると、ヒューノバーがにこにことしている。何だろうかと聞くと、美味しそうに食べるな。と思って。と返ってきた。


「ヨークさんのお菓子美味しいからねえ」

「サダオミさんもこの前バターロール作って持ってきていたね。あのお二方、趣味が合うんだねえ」

「あー、普段仲良さそうだしねえ」


 俺もああなれたらいいな。とヒューノバーが呟いてちょっとだけ気管に入って咽せるのだった。惚気は程々にしておけよ。と照れ隠しで圧をかけながらヒューノバーに告げ、菓子を食うのを再開した。

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