第42話 ちいこい虎
数日経ち、暴動騒ぎは終焉を迎えた。
だが未だ事後処理などに追われている職員は多く見え、完全に終わったとは言えない状況であった。朝の準備を終え、制服も着て心理潜航班室には来たものの、外に住んでいる職員の姿は見えなかった。ヒューノバーが隣に座ってはいるが、陰気臭い部屋が誰もいないことによってもっと陰気臭くなった気がする。
メッセージの返信など以外にやることもなく、一応班員はリモートで資料作成などは行っていたが、ヒューノバーと話でもしているか。と口を開いた。
「あのさあ、ヒューノバー」
「何?」
「班員ってまだ会ったことのない人多いよね」
「ああ、長期出張のヒトも多いからね。近々帰ってくるバディも何組か居るけど」
「出張ってエルドリアノスの地方の方に?」
「うん。地方にも一般の心理潜航を行うヒトは居るんだけれど、そこまで深く潜れないヒトも多いからね。才能があるヒトが居ても一極集中して休みも取れないヒトも居るから、負担軽減だったり、地方の犯罪被害者や加害者に潜ったり様々だよ」
ぎい、と椅子を傾け行儀悪く聞いていると、ミツミは地方に行ってみたいのか? と問われる。
「んー……、暴動のニュースとか、実際住居になってる総督府、暴徒に囲まれてるしなあ。人間差別って地方の方が強いでしょ。ちょっと怖いかな」
「それもそうだよね。まあ喚びビトのバディは出張はあまり任せられることはないから。現にサダオミさんとヨークさんのバディも出張に出ることは少ないし、行ったとしても短期だからね」
「へえ〜。まあ、重要なポストだもんね。喚びビトって。危険犯してまで向かわせるのはリスキーか」
もうちょっと平和なら旅行でもしてみたいけどな〜。とぼやいていると、今度どこか泊まりで出掛けてみるか? と提案される。
「ミツミ、あまり外に出なさ過ぎるのも考えものだし、それにこの国を知って欲しいと俺は思っている。いいヒトも多いんだよ」
「……まあ、この総督府という鳥籠にもちょっと飽きてきたかもな」
そういえばルドラへのお礼も返しそびれているのだ。それを探しにゆくのもいいだろう。とヒューノバーに問うと、手伝うよ。と笑みが返ってきた。
「心理潜航久しくしていない気がしてきた。ちょっと練習相手になってくれる?」
「ああ、いいよ。どうせ仕事もほとんど無いしね」
「お手柔らかに〜」
リモート中のリディアに一応確認のメッセージを送り、了承が取れた。
潜航室の方へ向かうらしくヒューノバーが席を立ち私も席から立ち上がった。班室から出て廊下を歩きいつものルートで潜航室へと向かう。監視室に一旦入ると一応録画を残しておきたい。とヒューノバーがデバイスを起動させる。潜航室は監視室に入ると共に電気と空調が作動したようで、ひとりで入ってみると微かに空調の音が聞こえる。それ以外何の音もない静かな部屋だ。
椅子に座って待っているとヒューノバーが監視室からやって来る。眼鏡は私が元々着けているので今更必要なものも無い。ヒューノバーがベッドに横になると、どうぞ、と私に声をかける。
「ん、じゃあ始めます」
「うん。緊張してない?」
「分からん」
初めてヒューノバーに心理潜航した時の気まずさを思い出し、ヒューノバーの胸元に手を置いていいか少し迷った。が、ヒューノバーが私の手首を掴んで胸元に手を重ねた。
「大丈夫、今のミツミなら」
「ん……」
目を閉じて深く潜ることをイメージする。多少操作が可能と前言われていたのもあり、試してみるか。と子供時代のヒューノバーを想像してみた。暗闇の中、緑色の光が見えてきた。光が溢れてまるで全身を包み込まれるように暖かさがやってきた。光が全てを包んだかに思えた時、目を開けば大海原を望むことのできる砂浜だった。
「……海かあ」
海から潮風が流れてくる。少しべたついているように感じる風は、磯の香りが強く海水浴場と言うよりは漁場のように思えた。海水は透明度は低く少しばかり緑色に濁って見える。釣りでもすればいい魚が釣れそうだ。
ヒューノバーはどこだろうか。と辺りを見渡すがどこにも姿は見えず。少し歩いてみよう。と遠目に見える建物を目指して歩き出す。
ざくざくと砂を踏みしめる音と波と風の音。田舎町なのだろうか。子供時代を想像してはいたが、ヒューノバーはここに縁ある者なのだろうか。もしかすれば親戚がここに住っているとか、そんなところか。と当たりをつける。
「秋の気候だなあ」
夏の日差しの暑さは全くない。いやそもそも惑星ディノスは地球とは違うし気候も同じとは限らないだろう。地球に似た環境だからと住ってはいるのだろうが、全て同じとは限らない。
総督府の外にあまり出なかったのもあり、出かけた日の空は晴れていたか? 太陽は見えたか? などと思い出そうとしたが無駄に終わる。
歩いている途中、ちょこちょこと砂浜の上を歩く塊を見つけ、近づいてしゃがみ込む。
「あ、やどかり? か?」
そういえばこの惑星、原生生物などは居たのだろうか。食べ物も地球と大差が見えなかったが、ある程度の動物は持ち込めたのだろうが、それでも取りこぼしはあるだろう。つまんでみるか。とやどかりに触れようとした矢先、駄目! と後ろから叫びが聞こえて肩が跳ねた。
ざくざくと砂を踏みしめる音と共に、小さな虎の顔が現れた。
「そいつ危ないから触っちゃ駄目だよ!」
「……あ、ああ、そうなんだ。どうして?」
「こいつ、はさみに毒あるから挟まれたら危ないんだよ。それにすごい力強いから指ちょん切れちゃう!」
見てて。と小さな虎の頭の子供が木の枝をはさみに近づけると、ばちん! と勢いよく半分になってしまった。危なかったな……と、小さな虎、子供時代のヒューノバーに礼を言う。
「ありがとう。私この惑星の海は初めてだから」
「知らない人だね。どこから来たの?」
「……地球」
「……地球、ってアースのこと? あはは! そんなの無理だよ! だってずっと昔にアースは滅んでるもん!」
「……あはは、そうか、そうだよね」
地球はもう生物が生きる場所としては機能してはいないのだろう。少しばかり悲しくなってしまった。立ち上がり服の皺を伸ばして、名前を聞いてみた。
「私、みつみって言います。あなたは?」
「ヒューノバー!」
にか! っと元気に笑った幼いヒューノバーにほっとする。もしかすれば兄弟の誰か、とも可能性は無くはなかったためだ。成人しているヒューノバーの面影は多少感じることができた。品の良さそうな白いシャツに黒のハーフパンツ。足にはサンダルを引っ掛けている。背丈は私よりも頭ひとつ分は小さいだろうか。幼い高い可愛らしい声。小さな虎の子だ。
「ミツミって〜、本当は何処から来たの?」
「んー、首都だね」
「ウィルムル!? 俺も家ウィルムルなんだ! 今はちょっと、……ばあちゃんちでお休み中!」
「家族は?」
「ここに居るのはじいちゃんとばあちゃんと俺だけだよ。皆お母さんとかお父さんとかは仕事だし、兄弟は学校あるから!」
「へえ」
確かヒューノバーには兄弟が居て三人兄弟の真ん中だ。見た感じ小学生中学年程には見えるのもあり、少々不思議に思う。何か理由があるのだろうが、それを聞き出すのを今回の課題とでもしてみるか。
「私今日泊まるところ無くってさ、泊めてくれない?」
「聞いてみるけど、宿決めずにここまで来たの? 駅から結構離れてるけど」
「歩くのは嫌いじゃあないから」
「ふうん? ……ま、いいや、着いてきて〜!」
やどかりにちょん切られた木の枝を放り、新しい流木を手にしたヒューノバーが堤防の方へと駆けてゆく。足元を見れば、先程のやどかりは既に姿は見えなかった。小さな足跡だけが残っている。海を一度だけ見遣って、ヒューノバーを追うように堤防へと向かった。
堤防を登ってゆくとヒューノバーは既に道路の方へと降りている。階段を降り、ヒューノバーが後ろ乗って! と恐らく電動バイクを指差した。
「……ヒューノバーって何歳?」
「十!」
「乗っていいもんなのか……子供が」
「何言ってんの? 自動運転だし事故なんて滅多に起きないよ。十二歳から乗ってもいいんだよ」
「さっき十歳って言ってなかった?」
「こんな田舎に子供の年齢気にする人居ないって!」
「大丈夫なのかこの惑星……」
正直法を犯していると言うことと、子供に運転を任せて自分は後ろにというのは正直気が引けたが、自動運転ならば事故は起こらない、と思いたい。
後ろにタンデムさせてもらい、バイクが発進し、海から離れてゆく。遠目に見えたあの建物は何だったのだろうか。ヒューノバーに聞けば、海洋研究センターとのことだった。行っても入ることは叶わなかっただろう。遠ざかってゆく海を背に、人気の全くない田舎道を走ってゆく。
坂を登り、後ろには赤い夕陽が海に沈もうとしていた。
「もうすぐ着くよ!」
ヒューノバーの声に返事をしながら観察を続けたが、田舎と言ってもかなりの過疎地域のようだった。やっと集落が見えてきたが、人気のない家も見てとれた。
一軒家の前でバイクが止まり、玄関へと繋がる門が自動で開く。田舎であっても自動化するところはするらしい。私の情緒というものは死んでいるが、多少なりとも期待はずれ感はあった。もうちょっとアナログだったらなあと言う。
バイクから降りてヒューノバーに少し待っていてね。と言われ家の中へとヒューノバーが入ってゆく。しばらくすれば、黒ぶちのイエネコの獣人が姿を現す。声色から女性だと分かり挨拶をする。
「私、みつみと申します。今日泊まる場所が無いため泊めていただけたのならありがたいのですが、ご無理でしたらお断りいただいて……」
「いえいえ! ヒューノバーがヒトを連れてくるだなんて滅多に無いことでしたから、どうぞ入ってくださいな!」
「あ、お邪魔します……ありがとうございます」
「いいのよ」
ヒューノバーの祖母だそうで、ぺこぺこと礼をしながら家に上がらせてもらう。まあここはヒューノバーの心理世界だ。私にNPCが好意的に接してくれていても不思議ではない。
リビングに案内されると、虎の獣人の男性がソファに座っている。ああ、どうも。と眼鏡を外して私をまじまじと見た。
「人間はここら辺じゃああまり見ないものだが、ご旅行ですかな?」
「そんなものです」
「大したものはないですが、どうかごゆっくり。ヒューノバー、お茶でもお出ししてあげなさい」
「はーい」
ヒューノバーが祖母とキッチンだろう方に向かうと、どうぞ座って、と目の前のソファを勧められる。祖父が相手をしてくれるらしく、世間話に興じる。
「海でヒューノバーくんに出会ったのですが、いい子ですね。やどかりから助けてくれました」
「ああ、娘は気が強かったが、あの子は穏やかでね。恐らく父親の方に似たんだろう。穏やかな青年だからな」
「娘さんが虎、で?」
「はい。私に似てね。妻はイエネコなのですが、こう。やはり猫科の女性ってのは気が強いもんだから大変ですよ」
「あー、はは、なんとなく分かります……」
ミスティやリリィを思い出しながら、確かに間違いでは無さそうだなと考える。祖母は明るそうな女性のようでキッチンからヒューノバーとの声と共に明るい声が聞こえてくる。
「ま、男が尻に敷かれた方が夫婦ってのは長続きしますな」
「そういうものですか」
「そういうもんなのですよ」
「ミツミお茶〜!」
なんかあまりにも警戒心が無さすぎて逆に不安になってきたな。深層心理の方で私の存在はどれほどの大きさなのだろうか。
その後は夕食をいただき、風呂までいただき、結局娘が使っていた部屋に泊まるといい。と寝床を手に入れた。ベッドで仰向けになり後頭部で手を組む。ここ本当に心理世界か? と夢なのではと疑念が生まれ始めた。
寝支度は整えもう寝るだけなのだが、ヒューノバーにおやすみとでも言ってくるか。とベッドから起き上がって廊下に出た。
リビングから漏れる祖父母の声を聞きながら、通り過ぎる前、気になる話題が聞こえてきた。
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