第51話 酒飲みには旅をさせよ
「あー、あだまいで〜」
「旅行前に具合悪くなってる私たち何なのかしらね……」
「君はまた全裸で寝たのね……」
結局あの後ミスティは私の部屋へと泊まり、二人して二日酔い全開でのろのろと準備を始めた。ミスティは一旦部屋へ戻ると着替えて去ってゆき、私もシャワーを浴び髪を乾かし、化粧をして着替えをしてと動く。
忘れ物は無いかとキャリーケースを確認し、ミスティが迎えに来るまでベッドでだらけた。頭は痛いが旅行なんて久々……というほどでもないか。この惑星に喚ばれる前は友人と遊ぶために上京していたのだし。あいつ元気に一生を終えたのだろうか。と今はもう亡き友人を思う。あ、しじみ汁食べたい。と友人に作ってもらったしじみ汁を思い出した。
しじみなんてこの国で手に入るのだろうか。まあ日本食専門店はあるようだし無くはないか……。なんて思っているとミスティが準備が出来たようで帰ってきた。動きやすい服装だが可愛らしさも持ち合わせた姿見で、ミスティによく似合っている。手にはアンティーク風のトランクを持っている。
「駅集合ってまだ時間あるけど、余裕見て行こうか」
「そうね。今回って車で行くんでしょう?」
「なんか鉄道通ってない辺鄙な田舎らしい。ヒューノバーのじいちゃんち」
「レンタカー借りるのね。行きましょうか」
ミスティと共に部屋を出て総督府から出るために廊下を歩く。駅までそう遠くもない。
「ヒューノバーのじいちゃんち、どこだっけ。名前聞いたけど忘れた」
「エトリリってとこ」
「ふーん、東? 西?」
「ここからは東になるかしらね。まー、調べた限り殆ど何もない物好きが好きそうな街ね。海洋研究所があるくらいか」
そういえばヒューノバーの心理世界でもそんなことを聞いていたのを思い出した。この世界、生態系としてはどのようなものなのだろうか。地球から持ち込まれた生物も居るのだろうが、在来種もいるのか。ヒトが生きていける環境なのだし居てもおかしくはないが、なんかこう、変な活動家とかいそうだよな。と考える。
「この惑星、在来種を守ろう会みたいなのってあるの?」
「ある。というか私たちが入植している時点で生態系破壊してるのにそれを棚の上に置いて活動してる」
「ギャグかよ」
総督府を出て駅へと向かう道を歩く。がらがらと私はキャリーケースを引いているが、周りの人々は気にする様子はないので安心する。
「あのね」
「ん? 何ミスティ」
「私、仕事詰めで頭が茹っていたってのはあるんだけれど、今更ながらお邪魔した気がしてきた。あんたら一応恋人同士になったってのに」
「いや、ミスティ居てくれた方がありがてえわ。……まだ心の準備とか出来ていないもので」
「あんたから告白しといてなんで奥手なのよ……」
「いや、番になれって言われた時点であちら側から告られたようなもんでしょ。契約結んだだけですよ私としちゃあ」
「まあ、邪魔じゃあないならいいんだけど。羽伸ばしましょ〜」
「お疲れ様です」
「そちらこそお疲れ様です」
くすくすと二人笑いながら駅を目指し、集合場所に向かえば私服姿のヒューノバーが待っていた。名前を呼びつつ手を挙げると手を振り返して笑みを浮かべた。
「二人とも、今日からよろしくね」
「お世話になりますわ〜」
「車つけてあるから乗って乗って。二人とも荷物頂戴。積むから」
「ありがとうございます〜」
ミスティと共にヒューノバーに荷物を預け積み込んでもらう。車に乗ってみると内観は地球の車と大差はなかったが、ハンドルが無い。
「これって自動運転なの?」
「そうだよ。ミツミの時代はそうじゃなかったんだよね?」
「ハンドルあったからねえ」
「緊急時は手動運転可能だから。と言っても田舎に向かう車だしそんなこと滅多に起きないからさ」
「ほへ〜」
ミスティと後部座席に並んで座りシートベルトをつける。車が発進すると、随分と静かな車内で謎の感動を覚えた。
「めっちゃ静か〜。私の時代じゃ考えられんわ」
「後は着くの待つだけだし、飲み物コーヒー買っておいたから飲んで」
「何から何までありがとうございます」
ヒューノバーからコーヒーを受け取り、そういえばと思い出したことを聞いてみる。
「あのさあ。私喚び出したのって一応ワープ装置みたいなもんなんだよね? 一般には場所移動でワープって広まってないの?」
「ミツミあんた忘れたの? あんた喚び出すだけで首都計画停電になってたのよ? 規模は小さくなっても、動力の問題はまだ解決されてないのよ」
「要人が移動に使うくらいで一般的ではないんだ」
「なるほどねえ」
私にしたらオーバーテクノロジーだ。原理を聞いても理解するのに今生かかっても無理な自信があったので原理は聞かなかった。地球を出た時点で開発はされていただろうが、宇宙船なんてひとつのコロニーのようなものだったのではと思う。その中でも恐らく膨大なエネルギーを必要としたことだろう。
「電車で一番近くの駅まで行かないのって」
「乗り継ぎ多いし、だったら自動運転で車に任せた方が多少時間かかるけれど楽だからさ」
「それもそうか。田舎だもんね。なんか初めてのことばかりだなあ」
「ミツミ、なんか途中で迷子にでもなりそうな不安もあったものね」
「酷くない? ミスティさん?」
「ヒューノバーが言ってた」
「俺に飛び火させないでよ!?」
ミスティがコーヒーを優雅に飲みながらヒューノバーに責任を押し付けている。しかしながら、恐らくミスティやヒューノバーの言うように迷子になっていた可能性が高い。今は耳に言語補助デバイスをつけているが、迷子になって道を尋ねた相手がつけていなかったら詰みだ。
私もコーヒーを飲みながら、二人に感謝をしておく。
「私の初旅行をしっかりと不安も含めて計画していただきありがとうございます」
「何よ急に」
「多分迷子になってただろうなって……」
「よかったわねヒューノバー。あんたの不安が的中するところだったようね」
「迷子のプロだからさ……。初期は総督府内でも迷子になっていたからね……」
「あんたから連絡来て迎えに行った時、目的地の真反対だったものね」
「その節はどうも。ミスティ」
「別にいいけどね。調べもせずに直感でうろつくのやめなさいよ」
車窓に目を映すとまだ首都は抜け切っていないようだった。どんだけでかいのだろうか。首都。
暴動騒ぎからしばらく経ってはいたが、街の所々に暴動の跡は残っている。ガラスが割れたままの店だったり、散乱した破片なども微かに見てとれた。……そうしてやはり、トークンを思い出してしまったが、今更考えて変えられるものでもない。諦めろと自分に言い聞かせた。
思考を変えようとヒューノバーに疑問を尋ねる。
「何時間くらいかかるの?」
「三時間くらいかな。高速乗ればもっとスピード出るし、下道も田舎に向かえば向かうほど空いてるしね」
「私の地元、東京の首都から新幹線でも三時間かかってたし、車で三時間で着くって相当スピード出てそうだな」
「最速で二百キロくらい出るかな。高速だと」
「恐ろしいなそれ」
高速でも百キロ超える程度の日本を思うと、自動運転すげえなと感心する。事故なんて滅多に起きないそうなので、警察の交通課とかパトロールが楽そうでいいな。まあ人身事故など全く起きないと言うわけではないらしいが、起きた場合の殆どが手動運転だそうだ。ヒトって怖いのね。
「私いいもの持ってきたの」
「何々」
ミスティがバッグから取り出したもの。それは……。
「酒やんけ!」
「どうせヒューノバー飲めないし、二人で飲みましょ〜」
ワインボトルをバッグから取り出したミスティは栓を開けるとコーヒーの入っていたカップに注ぎ始めた。
「旅情を楽しむのには酒も必要なものよ」
「まあ分かるけどさあ」
私だって新幹線で風景を眺めながら缶ビールで一杯、とか好きな人間ではあった。コーヒーを飲み切ってミスティにワインを注がれてそれを飲むと大変いい気分になってくる。
「二日酔いに迎え酒。最高ですな」
「でっしょ〜?」
「二人とも昨日飲んでたの?」
「飲みまくってました。頭痛い」
「私も頭痛いわ」
「程々にしなよ……」
飲んでから考え至ったが、ヒューノバーの祖父母に会うのに酒入ってていいのだろうか。と思ったが、まあもう飲んじゃったしな! と考えるのを放棄した。
酒が入り盛り上がり始めた私とミスティをヒューノバーは呆れた笑顔で見ているのだった。
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