第16話「人質生活、知っちゃいました!」
アサヤは悩んでいた。
過信もしていたとわかったし、今は悔しさも少し晴れ晴れとしている。
「わたしって、とってもお子様なんだな……ぐぅ」
人を斬らずに、争いの根源を絶つ。
これをムサシは、
だが、具体的にはなにをすればいいのか、全くわからない。
戦うものを止める、武器を破壊したり無力化したりする。そういうことができる相手は多いし、アサヤは勇者の娘として自信もあった。
しかし、今は違う。
自分より強い者など山程いる。
そして、そういう強敵には手加減が難しい。
なにより、半端なことをすれば味方に迷惑がかかるのだ。
「……もっと鍛えて、学んで、あとは……あとは? どうすれば、もっと強くなれるのかしら」
その答えは今、見えないし見つからない。
しかし、探すことを諦めるつもりはなかった。
探してなければ、作ればいいのである。
そういう訳で、最近は歩き慣れた魔王城を進んで、夜の書庫に来ていた。
先客が数名いて、大小様々な本や巻物が行き交っている。中には、巨大な石板に向かい合う魔物もいた。
アサヤが入室すると、皆が振り向く。
だが、無言で互いに目礼を交わすだけだった。
そんな中、見知った光が羽撃き通り過ぎてゆく。
「あら? あれは……リリール様?」
そう、
彼女はアサヤに気づかず、奥へと飛んでゆく。その
見失わないように、そして気づかれないように輝きを追う。
声をかけてもよかったのだが、不思議とリリールが急いでるのが気になる。
リリールは奥の巨大な書架に翼を休めると、すいすいと指を宙に遊ばせた。目に見えぬ糸でもあるかのように、無数の本が勝手に出てきて頁を開く。
思わずアサヤは「まあ!」と声をあげてしまった。
「なんじゃ? 誰かいるのかや?」
「あ、あのぉ……ど、どもー? こんばんは、リリール様」
「はは、アサヤじゃったか。いるならいる、いないならいないと言えばよかろ」
リリールは顔をクシャクシャにして笑った。
それで、アサヤもその隣に歩を進めて本を見渡す。
「なにをしてるんですか?」
「ん、それがのう。隠し迷宮の第四層を水中エリアにしたいんじゃが……あれじゃろ、人間の中には水中で呼吸できぬ者たちもおろう?」
「っていうか、人間はみんな水の中では息ができないですけど」
「そういう訳で、海や水中の雰囲気で水棲モンスターを集中投入したいんじゃが、人間たちを泳がせたり
リリールの周りを、ぐるぐると本たちが回る。
皆、読んでくれとばかりに頁を羽撃かせ、まるで乙女に集まる小鳥たちのようである。
その全てに目を通しながら、リリールは小さく
やはり、主より任された隠し迷宮の設計と建設は大変らしい。
「しょうがないからの、でかい橋を渡したんじゃ。通称、ビックリブリッジというてな。左右から次々とモンスターが襲う仕掛けで、ダメージ床や落とし穴も――」
「それ、ボツなんですか? 駄目だったんでしょうか」
「そうじゃ。話が
全然似てないモノマネだったが、思わずアサヤは笑ってしまった。
どうやらリリールは、随分と長く父なる母に仕えているようだった。その話になったら、リリールは思い出したように違う本を呼ぶ。
奥の奥からゆっくりと、古びた分厚い本が飛んできた。
「特別にこれを見せてやろうぞ」
「なんです?」
「伝説の戦い、その記録じゃよ。始まりの勇者ユウナと、我が主ユナリナルタルの決戦。閉ざされし極寒の谷にて、限界バトルが三日三晩続いたんじゃなあ」
それは、今から14年前の激闘だ。
そして、王国に衝撃が走る。
相打ちで引き分けたユウナは、身ごもっていて女児を産んだ。それが
その話自体はアサヤも聞かされていたが、具体的なことは知らない。
「見よ、我らが魔力にて記録した永久保存版ぞ」
「えっ、本が光って……わわっ、リリール様?」
「フン、こればかりは人間も
本から浮かぶ光が結ばれ、ぼんやりと像を結ぶ。
それはあっという間に、見慣れた二人の女性を描いた。驚いたことに、眼の前に14年前がそのまま再現されていた。時々途切れてぼやけるが、間違いなく二人の母がそこにはいた。
背後には、倒れて炎をあげる
アサヤが母から受け継いだ
そう、母が駆る無敵の鉄巨神は破れた。
恐るべき
だが、映像の中で血塗れのユウナは剣を構えていた。肩を上下させて呼吸を貪りながら、今のアサヤに受け継がれた粒子の刃を手にしていた。
対して、ユナリナルタルも
既に龍の真体を維持できなくなって、いつもの見慣れた姿になっていた。
『龍魔ノ王、ユナリナルタル……これが、最弱の魔王ですって? ふふ、嫌になるわね』
『異世界から勇者を召喚って、こういうことか。めちゃ
両者のテンションは真逆だった。
無数の金属片に刺し貫かれていながら、ユウナは
対して、露骨にユナリナルタルは嫌そうな顔をしている。
やる気ゼロ、いつもの気だるく億劫そうな、どこか
「これは……間違いありません、二人の母様です!」
「当時既に、
「ホ、ホントですか?」
「……半分くらい嘘じゃ。この二人の戦いに恐らく、ワシ程度では割って入れぬ。巻き込まれて消滅するだろうよ」
リリールは正直な人だった。
聞けば彼女は、魔王軍でも有数の魔法使いらしい。その魔力は小さな身体とは裏腹に、四元素の完全制御は
だが、そういう次元の戦いではなかったのが、二人の母の
『さあ、決着をつけましょう。殺しはしない……ただ、悪しき野望のみを殺す!』
『そ、それよりさ、あの……二人で生き残ることとか、考えない? その傷じゃ、帰れないでしょ。例のお人形も僕が壊しちゃったし』
『……あなたは? 魔王さん……とても綺麗な美しい魔王さん。ふふ、帰れないのはあなたも一緒』
『君たち人間はすぐに大義だとか正義だとか頑張るけどねえ。僕は帰って暖かいベッドで寝たい気分なんだ。異世界人とはいえ、正直人間にここまでボコボコにされて落ち込んでるんだ――あっ! 危ない!』
途切れ途切れに揺れる画像が、ブレて歪んで、そして二人を一つにする。
おびただしい出血で気を失いかけたユウナは、駆け寄ったユナリナルタルに抱きすくめられた。攻撃のチャンスだったのに、勇者は魔王によって抱き上げられる。
この時の恋が、愛になったんだと思う。
その結実が、結果が、アサヤなのだ。
だが、両親のラブロマンスが始まりそうなところで、書庫に絶叫が走る。
「リリール様ぁ! どこです、どこにおわしますかー! リリール様っ!」
小さな
彼はアサヤたちのところまでくると、手にしていた巻物を広げた。
「リリール様!
「なんじゃあ? なにを取り乱しておる。……っと、いかん。ここから先は子供は見てはいかんぞ」
両親のメモリアルなドラマは、いよいよドラマチックに盛り上がっていた。瀕死のユウナを吹雪の吹き込まない場所へと運んで、ユナリナルタルが治療を始めたのだ。
なんだか湿っぽい雰囲気に
代わって、蛙大臣が開く巻物は白紙だったが、すぐにリリールが魔力を送り込む。
「人間たちは、ラヂオ放送なるものをやっているらしいのです。そこで重大発表が」
「ふむ、これは……電波じゃな? まて、周波数を拾う。嫌じゃのう、人間は魔法はヘタクソな癖に、科学とか言うのは達者で器用じゃ。ワシは好かん」
とかなんとか言いつつ、白紙の巻物に文字が走る。見えない筆が踊って、リリールの魔力がそのまま情報を立体映像に作り直した。
先程の本と同様に、人の姿が浮かぶ。
ぼやけてよく見えないが、老人のようだった。
『――であるからして、私の新兵器に期待してほしい。究極にして至高。私こs……なのだから! そう、万能の人とは私を
声も飛び飛びで、上手く聞き取れない。
だが、最後の言葉はしっかりとアサヤの耳朶を強く打つ。
『今こそ、第一王女クオーリア様が先頭に立つ! 伝説の勇者ユウナが駆りし鋼鉄の鬼神も、私の手によって量産が完了している! ――まこそ、今こそ……決戦の……』
アサヤは愕然とした。
クオーリア姫、それはアサヤが姉と慕った人だ。姉妹同然に育った、病弱で身体の弱い姫君である。そのクオーリアが、大将として前線に出てくる?
信じられない情報に、思わずアサヤは言葉を失うのだった。
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