第18話「人質生活、終わらせに来ました!」

 風を切り裂き、翼がうなる。

 急降下で今、流星の様に飛竜ワイバーンが飛んだ。その背でアサヤは、リーインにしがみついて風圧に耐えていた。

 すぐに王国軍からも絶叫が上がる。

 敵意と戦意に満ちた声と共に、無数の弾丸が空を走った。

 そんな鉄火場と化した空に、意外な声が連鎖する。


「おいおい、リーイン! 抜け駆けはよせよな!」

「お姫さんとデートたぁ、いい身分じゃないか」

「やっぱ竜騎士は、飛竜を駆ってこそだぜ!」

「いい風じゃないか……行くぜっ、野郎共っ!」


 気付けば周囲に、リーインの仲間たちが集まっていた。

 魔王直属のエリート部隊、竜騎士団が誰一人欠けることなく集結する。やはり皆、相棒との別れは寂しいし、飛竜を降りての戦いには不満を感じていたのだ。

 驚くリーインの声に、誰もがかぶとの下に不敵な笑みを浮かべていた。


「よしてください、みんなっ! 死ににいくようなものです!」

「お前に言われたかねーっての、リーイン!」

「陛下のお許しが出てんだ、俺たちで連中の脚を止める!」

「変なとこに当てて殺しちまうなよ? 死ぬほど無様な半殺しでいこうぜー」


 風が変わった。

 極寒の最果て、北の空にやわらかく、温かく空気が広がる。

 そしてそれは、突撃の声をあげる竜騎士たちの咆哮ほうこうで沸騰した。

 無数の飛竜が入り乱れ、次々と口から火炎を大地に浴びせる。燃え盛る火球はあちこちに着弾して、凍土に苛烈な火柱を屹立きつりつさせた。

 だが、王国側も即座に反撃してくる。

 居並ぶ鉄巨人たちが、ゆっくりと蒸気をまとって動き出す。

 人間たちも必死の応戦で怒声を張り上げていた。


「銃だけじゃ無理だっ! 弓兵も前へ!」

「スチームアーマーにもやらせろ、何でもいいからブッ放せ!」

「やっぱ、動きは鈍いよなあこれ……ユウナ様のとは全然違う」

「いいから手を動かせ! 姫様の本隊に近付けさせるな!」


 無数の火線が空を切り裂く。

 そのミシン目のような殺気の縫い針を、数多あまたの翼が踊るように避けて飛んだ。

 だが、数が違う。

 リーインの隣を飛んでいた仲間に、突然無数の矢が生えた。


「グッ! ……駄目だ、目をやられた! リーイン! 敵はどこだ!」


 とっさにアサヤは、身を乗り出して叫ぶ。


「離脱してくださいっ! 城へ戻って!」


 だが、大剣で矢と弾丸を切り払いながら、リーインは冷静に呼びかけた。どこか、感情を押し殺した声を、噛み潰すように吐き出す。


「例のウスノロが前に。コースそのまま、直進です」

「おうっ! ……じゃあな、相棒。冥土の土産に巨神のパチモンは頂いてくぜ!」


 その竜騎士は、そっと飛竜の背を撫でて、そのまま飛び降りた。

 槍を構えて、急降下で敵陣のド真ん中に真っ逆さま。

 それはもはや、落下と言える特攻だった。

 落ちながら二度三度と被弾して、白い甲冑が砕けて雪に舞う。それでも彼は、一騎の鉄巨人に槍を突き立てた。パイプやケーブルが破断して、一際派手に蒸気が噴き出す。

 白い湯気はどこか、鮮血のように凍って散った。

 同時に、鉄拳ではたき落とされた竜騎士が大地に叩き付けられる。


「もういいです、リーイン。ここはわたしが……竜騎士団は引き上げてください」

「しかし、姫」

「わたしは間違っていました。流血なき不殺の剣で、戦争を止めたいと言ってきた。それは間違っていたんです」

「姫……」


 そう、今ならはっきりとわかる。

 否、すでに城を出た時には気付いていた。

 自分は強いと自惚うぬぼれ、同じ気持ちを他者へと押し付けていたのである。

 戦争とは殺し合い、殺すか殺されるかの血みどろの闘争なのだ。

 そこに、自分の迷いがある言葉は響かない。

 そして今、戸惑とまどいも躊躇ためらいも振り切った自分がいた。


「もう誰も死なせません。殺しもしません……そのことを今度こそ、言葉ではなく行動で示しますっ!」

「お待ちを、姫っ!」

「活人剣にて戦い、命ではなく戦いとだけ戦うんです!」


 アサヤは颯爽さっそうと飛び降りた。

 もこもこのコートを脱ぎ捨て、ドレス姿で表現へと舞い降りる。

 同時に、腕輪R-INGを剣に変えて母の遺産を呼び出した。


「マキシマキーナ! 足場ですっ!」


 突如として空間がゆがんで、その渦の中から巨大な手が出現する。

 改めてよく見れば、まだまだ修復中で装甲のあちこちが損傷していた。

 だが、剛腕は勢いよく握られ、アサヤを拳に乗せたまま振るわれる。あっという間に、敵の偽巨神スチームアーマーが一体吹き飛んだ。

 同時に、大地に降り立ちアサヤは声を張り上げる。


「魔王にさらわれた人質はもういません! わたしは……もう人質だけではいられません! 王国は軍を退いてください! そうしてもらえないなら――」


 一瞬、逡巡しゅんじゅんの気配が広がって戦いが止まる。

 だが、次の瞬間には全ての銃口がアサヤを睨んで火を吹いた。

 ゆっくり最低限の動きで避けつつ、直撃するものだけを光の剣で切り払う。いつにもましてたかぶる血潮が、極限の集中力をアサヤに与えていた。

 そして今は、はっきりと感じることができる。

 こんなことができてしまう、自分の血は紛れもなく半分魔王なのだ。

 アサヤはスタンモードに剣を設定して、ゆっくりと歩き出す。


「殺しはしません。そのことをわたしが、わたしだけが体現し、証明してみせます。もはや流血は不要……この世界はもう、人間のものなのですから」


 すぐに騎馬隊が襲いかかってきた。

 槍を構えての突撃と、何度も何度も擦れ違う。肌を擦過さっかする刺突の幾つかが、ドレスを切り裂き紅い線を引いた。凍えるような寒さの中、血の滲む傷が焼けるように熱い。

 アサヤは次々と馬だけを狙って、向かってくる全てに粒子の刃で触れてゆく。

 バチン! と高圧の電流が弾けて、次々と騎馬隊が倒れていった。


峰打みねうち的なものです。死にはしません。次は」


 巨大な影がアサヤを覆った。

 真っ黒な巨躯きょくは例の鉄巨人だ。

 見上げれば、確かにアサヤのマキシマキーナに似ている。しかし、どこか直線的で無骨なデザインで、優美にして荘厳な母の遺産とは別物だ。

 すぐに剣を通常の威力に戻して、そして跳躍ジャンプ

 足元が振り下ろされた巨大な鉄塊てっかいでえぐれて弾け飛んだ。

 確かスチームアーマーと呼ばれていた模倣品は、剣や槍を持っている個体も複数見えた。だが、その動きはやはりスローで、小さなアサヤを捉えることはできない。


「ママ母様のと同じなら、胸のところにっ!」


 大地に突き立つ巨大な剣の、その上にアサヤは着地するなり走り出す。そのまま肩を踏み台にして、一気に巨人の胸元へと飛んだ。

 ここにきて、アサヤの超人的な身体能力はいつにもまして高まり昂ぶっていた。

 そのまま胸部を十字に切り裂いて、赤く溶断された装甲を蹴っ飛ばす。

 その奥には、意外な人間が目を見開いて硬直していた。


「! あなたはっ!」

「ぼぼぼ、僕は、ただ、召喚されて……異世界でロボに乗ったら、こここ、こうなってしまって」


 黒ずくめで襟元えりもとの詰まった、その少年の学生服をアサヤは初めて見る。だが、その奇異な服装がすぐに異世界の勇者だと教えてくれた。

 恐らく、大規模な最終召喚の儀式で呼ばれた者だろう。


「……殺しはしません。降りてください」

「ヒッ! で、でも、人質になってる女の子がいて、助けなきゃって」


 どうやらアサヤのことは知らないまでも、第一王女の代わりに勇者の娘がさらわれたことはわかっているようだった。

 少年は顔面蒼白がんめんそうはくで、気の毒になるくらいガクガクと震えている。

 アサヤに殺す意思がなくても、既に死んだような顔をしていた。

 それでも、合わぬ歯の根をガチガチ言わせながら早口でまくしたててくる。


「僕はそりゃ平凡な高校生でクラスでも陰キャで存在感がなくてずっと退屈で! でもなんだかよくわからないけど突然光に飲み込まれたら異世界に来てた! なら僕だって!」

「もう大丈夫です、戦いはわたしが終わらせますから。もう、戦わないで」

「だだだ、だから、ええと、お前っ! お前も魔王軍なんだろ! どこだ、どこに女の子を閉じ込めてるんだ! 僕だって、ムサシさんやアルテミスさんみたいに」


 周囲に目を配れば、半壊したスチームアーマーを囲むように敵が陣形を整えつつある。アサヤ単身での一騎駆けも、疾走はしるスペースを潰されれば圧殺は免れない。

 ここで手間取っているのも危険だし、既に目の前の少年には危機を感じなかった。

 だから、アサヤは忘れていた。

 母の国の言葉で、窮鼠猫きゅうそねこむという故事があることを。


「その女の子でしたら、もう大丈夫なんです。人質やめて、戦争を止めることにしたんですから」

「なっ、なな、なにを……僕は信じないぞ! 魔族の言葉なんて!」


 どうやらもう、同じ人間と見てはもらえないらしい。

 少し寂しい気持ちがある一方、そりゃそうよねという想いもあった。光の剣を掲げて、次々と兵を麻痺させてせる、それはまるで魔女のごと所業ぎょぎょうだから。


「王国へ戻って、元の世界に帰してもらうといいですね。では、わたしはこれで――」

「いっ、嫌だっ! せっかく異世界転生したんだ、僕だって勇者なんだ……うわあああああ!」


 背を向け次の敵へと向かおうとした、その時アサヤに衝撃が走る。

 小さなナイフを忍ばせていた少年が、身を浴びせるようにして刃を突き立ててきたのだった。

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