第19話「人質生活、終了させられちゃいました!?」

 白い肌も黒い髪も、赤く染まってゆく。

 そのままアサヤは、巨大なスチームアーマーから落下した。

 刹那せつな、遠のく意識が知らない風景を見せつけてくる。

 人生の最後には、今までの出来事が走馬灯そうまとうのように再生されるという。アサヤもそういう話を母から聞いて、走馬灯とはどういうものかも作ってもらったことがある。

 器用で優しくて、強い母。

 その母、ユウナの姿が何故なぜか思い出された。


(あ、パパ母様も……ユナ様も一緒だ)


 先日、リリールに書庫で見せてもらった記録の、その続きだ。

 直感的にそう思ったが、その実詳しくは知らない。

 ただ、二人の表情がとても柔らかくて、見たこともない笑みをたたえていた。それは、アサヤがこの世に生まれてきたのは二人の愛だとはっきりわかる微笑だった。

 どこか遠くから、父と母、二人の母の声が聴こえる。


『えっと、ご、ごめん』

『どうして謝るの? ふふ、おかしな人』

『いや、痛かったんじゃないかと思って。僕、初めてなもんだから』

『……どっちかというと、これが出てきた時の方が痛かったかな』


 母の手に小さな卵があった。

 ほのかに光る、白と黒とのシマシマの卵だ。

 それはやがて大きなリ、生命いのちが生まれると言う。

 生まれる前のアサヤの姿だと、直感的にわかった。


『ね、ねえ、ユウナ。えっと……僕んちにお嫁にこない?』

『それは、難しいわね。私、異世界人とはいえ人間だもの』

『そっか……無理強いはできないね。なら、さらっちゃうとか』

『お姫様でもないのに?』

『こう、魔王と勇者が結ばれたら、戦争は終わらないかなって』

『あなたのそういうロマンチックなとこ、私は好きよ? ふふ』


 むつみ合う二人の声音に、どんどんアサヤの意識は薄れてゆく。

 まるで卵に戻ってゆくみたいに、かすんで消えそうな気分だ。


『そういう未来が訪れるには、まだまだ世界はすさみ過ぎてるわね』

『僕たち魔王が無茶苦茶やったからなあ』

『もう少し人間も魔族も、それぞれ賢く、優しくならなきゃね。その時が来たら……この子はどんな女の子に育ってるのかしら』

『やっぱり、しばらくは別々に生きるしかないかあ。お互い、種族として違い過ぎるもんね。……って、女の子なの? なんで?』

『そういう気がするの。ほら、なんだか少し動いてる気もするし』


 今はもういない、母なる母……ユウナ。

 その声がゆるやかに消えてゆく。

 父なる母、ユナリナルタルの言葉も遠ざかっていった。


『この子は私が育てます。だってあなた、忙しそうだし』

『と、時々見に行ってもいいかな。百年に一回とか』

『時間の感覚からして違うものね……ふふ、でもいつか会ってあげてね? 絶対に死なせないから……私、生かすのは得意だもの、大切に育てるわ』


 身に覚えのない追憶が突然、衝撃とともに途切れて消える。

 瞬間、アサヤは身を貫かれるような痛みに悲鳴を噛み殺した。

 凍った大地に落下して、何度も弾んで赤いラインを雪原にりたくる。そうしてなんとか停止して、身を起こした。

 痛みの根源に触れれば、背にナイフが突き刺さったままだった。

 すぐに周囲に、王国の兵士たちが集まってくる。


「っ、いちち……今のは、夢……た、大変、まずはこれを抜いて、止血を……」


 周囲でざわめきが白く煙る。

 王国の兵士たちの中には、アサヤを知る者も大勢いた。逆も然りで、ぼやけてかすむ視界に何人か顔見知りの姿があった。

 殺さずとか手加減とか、瞬時に脳裏でかき消えた。

 もう、戦えないと思った。

 王国では皆、親切にしてくれた人々だ。

 スタンモードで麻痺させることすら躊躇ためらわれる。

 そう思っていると、不意にぐいと髪を引っ張られた。


「あら、辛そうね。どう? 助けてあげましょっか」

「う、うう……アルテ、ミス……」


 月の女神がアサヤの髪を鷲掴わしづかみにして、引っ張り上げた。

 覗き込んでくる顔は、慈愛に満ちて哀れみを見せつけてくる。

 とても深い蒼の瞳に、血を吐き息を荒げたアサヤ自身が映っていた。

 女神は気まぐれに可能性をちらつかせつつ、アサヤの反応が鈍いと知るや手を放した。


「あーあ、つまんない! ほら、見なよー? ブンブンうるさいカトンボもあらかた片付け終えたからさあ」

「うっ、く……リーイン……皆様も、逃げて」

「人の心配より自分のこと考えたら? その出血、人間ならあと5分ともたないわよぉ?」


 その通りだ、致命傷だ。

 多分、内蔵まで届いた深い傷だと思う。

 急いでナイフを抜くと、一気に傷口から出血して死に至るかもしれない。

 何より今、全身を苛む痛みが神経を支配していて、まともに喋ることも難しかった。

 空には、数十騎ほどだった竜騎士たちが、今はもう数える程しか飛んでいない。


「ねえ、懲りた? 自分の愚かさに反省してる? 人間なんて、動物に毛が生えた程度のもんなんだから。神々はね、殺し合う人間を楽しむし、期待してるの」

「だ、誰が……」

「こっちの神様もそう言うと思うよー? ねえ、だからさあ……もっと殺して殺されて、派手に踊って頂戴ちょうだい?」

「嫌、だ……わたし、は……誰も、殺さな……もう、流血は」


 真っ赤な沼が広がり、その中心でアサヤは徐々に冷たくなっていった。

 そして、王国の兵たちが左右に割れて道を作る。その向こうから、初めて見る人間が現れた。

 それも、二人も。

 片方は目をギラギラさせた老人で。もう片方は若い長身の男だ。

 どちらも、見たこともない世界の服を着ている。


「い、いえ、あの方……服がどこか、ママ母様に」


 どうやら二人共、召喚された勇者らしい。

 その二人に振り返って、アルテミスはつまらなそうに言葉を選んだ。


「悪いけど、もう終わっちゃったわよん? ダ・ヴィンチ。ガルキアも」

「いやいや、アルテミス様……聞けばこの者、人間と魔族の混血とか。貴重なサンプルに死なれては、私としては全くもって残念この上ないですからな」

「フン、万能の人が聞いてあきれる。ここまで王国を近代化しておいて、次はなにを研究するのか」


 そう言いつつ、若い方の男が歩み出る。

 その手には、アサヤと同じ光の剣が握られていた。

 切っ先を突きつけ、ガルキアと呼ばれた男は静かに言い放つ。


「立ちたまえ。君はユウナ・ミギリの子……黄道騎士団ゾディアックナイツのトップエース、あのユウナの子だろう?」

「マ、ママ母様を、知って……?」

「西暦2300年代の最強騎士、ユウナ。太陽系を守護する騎士たちの頂点に立つ女だった」


 言ってる意味の半分もわからない。

 母ユウナは、アサヤに昔のことはなにも教えてはくれなかったのだ。

 ただ、フューチャーというクラスの勇者なので、遥か未来の異世界からやってきた人間だとしか知らされていない。

 そして恐らく、ガルキアも同じ場所から召喚されたのだろう。

 アサヤは立とうとしたが、既に身体がっていた。

 ガクガク笑うだけで、膝に力が入らない。

 呼吸が浅くなり、心臓が早鐘はやがねのように高鳴る。

 それでも、必死に藻掻いて身を起こす。


「ほう、やはり立つか。強い子だ」

「あなた、は……ママ母様の、なんなの、です……どうして、母を」

天帝みかど勅命ちょくめいにより、子をなすと定められた相手だった。それが突然、消えてしまったのだ……それが、俺の世界では10年前のことだ」

「子を、なす……? そ、それは」

「優れた遺伝子をつむいで調律し、より強い騎士を生み育てて地球を守る。それが黄道騎士団」


 やはり、意味がわからない。

 だが、ようやく話の通じそうな人間が現れた。それは、この寒い中を必死で駆け寄ってくる。


「アサヤッ! ああ、どうして……こんな」

「姉様? 姉様、こそ、どうして」

「貴女を助けたくて……ゲホ、ゲホッ!」


 姉と慕った第一王女、クオーリアだ。

 この遠征軍の総大将に担ぎ出されてしまった、病弱な姫君である。

 そのクオーリアが、倒れそうになったアサヤを抱き締める。そして、支えきれずに一緒に倒れて血に汚れた。

 それでも構わず、虫の息のアサヤを胸に抱き寄せた。


「勇者様、ここはもう結構です。戦いは魔王の城で……この子は、妹は、きっと悪い魔法で操られているんです」

「それは、ないだろう。命を奪わぬぬるい剣でも、迷いはなかった」

「ガルギア様! 騎士様、お願いです……この子は、私の代わりにさらわれて」


 クオーリアの、着衣越しの体温が浸透してくる。

 氷のように強張ってゆく身体に、とても温かく染みてくる。

 強い眠気に襲われ、徐々にアサヤの視界は狭くなっていった。

 だが、必死で意識を叱咤しったし、叩き起こす。

 流星のようななにかが近くに落ちて爆発したのは、そんな死の際にまどろんでゆくさなかの出来事だった。

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