第13話「人質生活、シリアスになってきました!」

 魔王城の門を飛び出ると、目の前に異様な光景が広がっていた。

 雪原が、氷河が燃えていた。

 白銀の世界が今、紅蓮ぐれんの炎に包まれている。

 吹き荒ぶ風も熱く肌を炙って、げ臭い悪臭を残してゆく。

 そして、今日も曇天どんてんの空に巨大な艦影があった。


「また、王国の空中戦艦……これってまさか!」


 すぐにアサヤは走り出した。

 その背を守るように、長銃マスケットを取り出したセレマンが続く。

 以前アサヤは、母なる母ユウナから聞いたことがあった。


「えっと、確か……ナパーム? テルミット? とかいうやつだ!」


 ユウナがいた遠い未来の時代には、魔法がすたれて消え去ったのと同時に、科学が文明を劇的に進化させた。その中で幾度いくどとなく戦争が起こり、様々な兵器が開発されていったのである。

 母から譲られたアサヤのマキシマキーナもまた、そうした兵器の一つだった。

 しかし、母の世界では禁忌きんきとされた封印兵器がある。

 目のまえで燃える暗い炎は、それとなく母の話を思い出させた。


「姫様、これ以上近付いては危険です」

「で、でもっ! まだ不死者アンデッドの皆様が焼かれてます。あの炎は危険なんです!」


 海さえも燃やすという、そんな兵器があったという。それは主に、民家を焼いて街を焦土と化し、生ける全ての命を灰にするために造られたという。

 それが今、大量に空中戦艦から投下されていた。

 特殊な油を内蔵した爆弾で、どんな場所でも燃え盛るという。


「今から空中戦艦に乗り込みますっ!」

「姫様、無茶を!」

「ううん、二度目だもの……ええと、ここからならマキシマキーナにブン投げてもらえば」

「姫様っ!」


 流石さすがにセレマンを心配し過ぎだとは言えなかった。

 彼女にこれ以上の心労を強いるのも酷ではある。

 だが、魔王軍の弓では空中戦艦へは届かない。

 竜騎士たちと翼ある者たちとが飛び立ったが、全身を装甲で覆った空中戦艦はまるでハリネズミだ。四方八方へと放たれる矢はボウガンのもので、通常の弓とは比べ物にならない殺傷能力があった。

 だが、ここは魔王の所領しょりょう、その最奥……魔王城である。

 あっという間に低く這う雲が割れて、巨大な六翼ヘキサウィングの龍が現れる。


「おお、陛下だー!」

「ユナリナルタル様だ!」

「急げ、なんとしてでも援護するのだ!」

「矢が届かなくとも、魔法なら行けるんじゃないか?」


 周囲の魔物たちも、やる気と勇気を取り戻した。

 絶望の敗北感に打ちひしがれていた者たちも、すぐに武器を手に立ち上がる。

 だが、城から呼ばれて出てきた魔導士たちは意外と少なかった。

 すぐにその理由がアサヤには知れる。


「そ、そっか。優秀な人材はもう、大半が隠し迷宮エクスダンジョンに移動してるんだ」

「ですが、姫様。魔王ユナリナルタルならば大丈夫でしょう」

「それは、そう、なんだけど」


 全長100mメルを超える巨龍よりも、なおも空中戦艦は大きい。

 だが、その力には雲泥の差があった。

 あっという間にユナリナルタルは、両手で空中戦艦のマストを掴む。風車のような羽根プロペラが回っていたが、そのいくつかがあっさりと粉々に砕けた。

 それが揚力を生み出していたらしく、徐々に巨艦は高度を落とす。

 甲板からは大砲やボウガンの攻撃があったが、激昂げきこうの魔龍が相手では鱗一枚傷つけることはできない。

 ちょっと面倒に思ったのか、一度離れた六翼龍が長い首をゆっくりともたげる。


「……あっ! なんか、ちょっとやばい感じかも! セレマン、こっちに! 物陰に!」

「姫様?」

「いいから、早くっ」


 岩陰に身を沈めて、アサヤはセレマンもかたわらへと引っ張って密着する。

 空気がキン! と鳴ったのは、そんな瞬間だった。

 一瞬で気圧が下がって、耳が痛い。

 それは、遠くに光の柱が屹立きつりつするのと同時だった。

 龍魔ノ王モナーク・オブ・ドラゴンの真の姿が放つ、それは破壊の息吹。

 遠く北の果ての海が、真っ白に爆発したのだった。

 驚異的な龍のブレスを見て、空中戦艦の応戦が緩む。

 あれを直接浴びせられたら、恐らく誰も生き残らないだろうと悟ったのだ。


「あ、姫様……空中戦艦がまた逃げます」

「まあ、そうはならないと思うけど……ん? ――パパ母様、避けてっ!」


 ふらふらと逃げる空中戦艦を、巨龍は片手であっさりと捕まえていた。

 そこへと今、強烈な殺気が注がれているのにアサヤは気付いたのだ。

 そして、絶叫と同時に走って飛び出す。

 それは、ユナリナルタルが巨体をひるがえすのと同時だった。

 白く輝く一矢いっしが、真っ直ぐ光の速さで飛んでゆく。

 その風圧だけで、地獄の業火にも似た炎が全て消し飛んだ。


「パパ母様っ、ユナ様っ!」


 そう、《《》》だ。

 その矢が飛来した先から、恐るべき威圧感が見詰めている。

 振り返ろうにも、まるで身体が動かなかった。

 セレマンも同じ様に固まっていて、いつも冷静なそのほおに汗が浮かんでいる。

 なにか、とても恐ろしい魔王クラスの存在がいる。

 そいつの放った矢を、ユナリナルタルはギリギリで避けた。代わりに、空中戦艦のド真ん中に命中して爆発が起こる。

 ただの矢に、先程の必殺ブレスに匹敵する破壊力が込められていたのだ。

 中程から真っ二つに割れて、空中戦艦は炎に包まれて落下してくる。


「う、うう……あーっ、もぉ! 誰です? 不意打ちなんて卑怯でしょ!」


 なんとか勇気を振り絞って、アサヤは振り向いた。

 そこには、やけに薄着の女性が立っている。お月様のように輝く黄金の弓、そして同じ色の長髪を風に揺らしていた。

 さながら羽衣はごろものような着衣は、その白妙しろたえより更に白い肌もあらわである。

 その女は、睨めつけるアサヤにウフフと柔和な笑みを浮かべる。

 どこか聖女のように清らかなのに、まるで毒婦の如く淫靡いんび妖艶ようえんだった。

 老婆にも童女にも見えるし、そのどちらでもない。


「あらぁ? お嬢ちゃんのせいで避けられちゃった。こないだは当たったんだけどな」

「あなた、誰です!」

「そういうお嬢ちゃんは、アサヤ・ミギリね? あの、始まりの勇者ユウナの娘」

「……もしや、あなたは」

「ええ、そうよ。私は。マイソロジークラスの勇者として召喚された月の女神よ」


 無造作に、そして無防備に歩いてくるアルテミス。

 アサヤは瞬時に腕輪を剣へと変形させ、光の刃を灯して構えた。

 同時に、スタンモードになっていることを確認する。

 だが、自然と切っ先が震えた。

 自分自身が震えているのだと気付いた時には、すぐ目の前に美貌の女神が立っていた。マイソロジークラスの勇者は、ようするに異世界の神々である。古き邪神だったり、異教の神、あるいは名もなき土着の神……異世界で神代かみよの時代を生きていた超高位存在オーバーロードの総称だ。

 勇者の召喚は時として、人ならざる存在さえも呼び寄せてしまうのだ。


「あの、アルテミスさん。えっと、神様なんですよね?」

「ええ、そうよ」

「だったら、不毛な戦いはやめませんか? 勇者として戦ってるとは思うんですが、魔王軍はもう攻撃しなくても大丈夫なんです」

「あら、人質ひとじちがそう言うのっておかしいわ。フフ……フフッ、アハハハハ! 馬っ鹿みたい! おかしいったらないわ、折角せっかくの戦争なのに!」


 天を仰いで無邪気に笑う、そんなアルテミスから殺気が広がる。

 それはあまりにも無垢で純真な恐ろしさだった。


「最近はトロイア戦争も終わっちゃって、退屈してたの。いい世界ね、ここ。私はまだまだ戦争が見たいわ。戦ってる人間が好きなの。そういう弱っちいのを、狩るのが最高」

「な、なにを言ってるのです? 御覧なさい! さっき、空中戦艦が墜落しました!」

「魔王が避けるからいけないのよ。それに、さっきのを避けられないなんて……戦いに対する努力が足りないわ。もっと必死に! 足掻あがいて! 藻掻もがいて! こそでしょ?」


 駄目だ、言葉は通じるのに話しが全く通じない。

 これが、神なのか?

 アサヤたちの世界にも神はいる。いたとされてるし、嘘くさい話だが七魔公セブンスはかつては神々の眷属けんぞくだったという話もある。

 だが、目の前のアルテミスからは絶望的な確信が突きつけられていた。

 神は気まぐれにして自由奔放、良くも悪くも刹那的に気分次第で生きている。否、決して死なない存在だからこそ、気の向くままに世界に干渉してくるのだ。


「その剣で戦う? それとも、例の鉄巨神を呼ぶかしら? エウロペのタロス像もなかなかだけど、ユウナのあれは結構手を焼くのよね」

「そ、それは」

「ああ、壊れてるんだっけ? アハハッ、遠未来も大したことないのね」


 挑発的な笑みに、黙ってアサヤは耐える。

 逆に、そんなアサヤを庇うようにセレマンが前に出た。

 その手に構えた長銃が、ピタリと照星の中央にアルテミスを閉じ込める。

 だが、発砲した瞬間にアルテミスは鼻を慣らした。

 そして、わずかに上体を逸して弾丸を避けたのだった。その両手はすでに、黄金の弓に矢をつがえている。つるが歌ってその矢は放たれ、信じられない精度で炸裂した。


「っ、くっ! 姫様、お下がりを! この者は危険です……これが、王宮でも極秘とされていた、マイソロジークラスの勇者」

「ごめんねえ、神話で。だって、神様だもの。もっかいやる? 次はその玩具おもちゃ木っ端微塵こっぱみじんにしちゃうけど」


 セレマンの構えた長銃の、。先程のような、本気の神威しんいを込めた矢だったら、今頃セレマンは……そう思うと恐ろしい。

 だが、溜息を零してアルテミスは空へと舞い上がった。

 彼女の残した「戦争の楽しさはこれからよん?」という言葉だけが、アサヤの耳に何度も繰り返し反響する。そして、その意味が残酷な形でアサヤの目に入ってくるのだった。

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