第14話「人質生活、価値観違いすぎました!」

 脅威は去った。

 再び攻められた魔王城を、あるじ自ら真の姿となって守ったのだ。

 魔物たちも頑張ったし、魔王軍が一丸となって戦った。

 アサヤもまた、異界の神をどうにか退けたのだった。

 だが、悲劇はここから始まる。

 月の女神の予言めいた言葉は、かなしい現実となった。


「やったー! 人間どもの船を見ろ、真っ二つだ!」

「陛下万歳! 最強の七魔公セブンスでいーんじゃねえか、もうよ!」

「ユナリナルタル様、ばんざーい!」


 歓呼の声があがった。

 久々の大勝利に、魔族たちは興奮気味に叫ぶ。

 安堵の気持ちでアサヤはそれを眺めて、大きく溜息ためいきを一つ。あまりにも恐ろしい敵を前に、今になって恐怖心が持ち上がる。

 アルテミス、マイソロジークラスの勇者。

 それはズバリ、神そのものなのだ。

 そして、神は良き者も悪しき者も関係なく、気分次第で干渉してくる。どうやら今のアルテミスは、とても戦争を見たくてしかたがない気持ちらしい。


「はあ、はあ……大丈夫ですかっ、セレマン!」


 世話役のメイドを気遣い、その無事にも安堵あんどする。

 だが、せっかく改良された彼女の長銃は、突き刺さった矢によって中身がズタズタに切り裂かれていた。これがもし、発砲直前だったなら……弾詰まりを起こして爆発していたかもしれない。

 ならば、セレマンが無事でよしとするのがアサヤだった。

 だが、周囲の魔族たちは歓喜に沸き立ち……略奪を始めた。


「よーし! 宝探しだ! 使えるものは全部、燃える前に回収すっぞ!」

「大砲、とにかく大砲を確保してくれ! あれは絶対に魔王城に必要だ!」

「苦しんでる奴は、とどめをくれてやれよ? どのみちもう、助からんだろう」


 とても自然で、どこかお祭りのような騒ぎだった。

 誰も彼もが笑顔で、墜落した空中戦艦に駆け寄ってゆく。

 瞳を輝かせ、興奮に沸き返っていた。

 すぐにアサヤは我に返って、セレマンが止めるのも聞かずに走り出す。


「皆様、駄目ですっ! まずは生存者を――!?」


 その言葉に自分でもむなしくなる。

 神の矢に穿うがたれ貫かれた、そして大爆発の後にへし折れたのだ。あの高さっから落ちた空中戦感の生存者は絶望的かもしれない。

 だが、死者には死者としてのぐうしかたがある。

 その死をはずかしめてはいけないし、丁重にとむらわれなければならなかった。

 しかし、魔族たちにはそうした気持ちがないのだろうか?

 戦いと勝利に酔いしれて、忘れてしまってるのではないだろうか?


「見ろ、このボウガンはまだ使えるぞ。……どうやって使うんだ、これ」

「ここのハンドルを回すとな、両腕じゃ引けないような強い弓が引けるんだよ」

「機械仕掛けってすげえよな。おっ、こいつのよろいは俺が貰うぜ!」

「食料なんかも、無事なものは持ち出せ! 酒もだ!」


 力自慢のオーガたちが何人か集まって、無事な大砲を持ち出している。

 燃え盛る空中戦艦は、今にも再び爆発しそうだ。火薬庫などに引火すれば危ないだろう。

 でも、魔族たちはお宝探しに夢中だった。

 中には、先程まで一緒にボール遊びをしていた子たちも混じっている。大人も子供も、みんなで協力して武器や物資を持ち出していた。

 その片隅には、息絶えた兵士たちが横たわっている。

 死体からも容赦なく、魔物たちは武具や金品を奪っていた。


「いけませんっ! 皆様、やめてっ!」


 必死で叫んだ。

 でも、手に持つ剣を消して腕輪R-INGに戻す。

 もう武器はいらない。

 そして、この惨状は許しておけなかった。

 アサヤが人間だからだろうか? 魔物たちには死者をいたむ気持ちがないんだろうか?

 そんなことはない、断言できる。

 一緒に暮らす中で、魔族たちにも普通の文化と生活があるのだ。

 きっと言葉を尽くせばわかってもらえる。

 そういう希望はしかし、あっさりと打ち砕かれた。


「やめてください! 死者から略奪するなどっt!」

「お、人質姫ひとじちひめじゃん。ほら、見ろよ! こんなの持ってるんだな、人間って」

「姫、これ、あげる……とても、綺麗。宝石、指輪」

「あ、待てよ! ずりーだろ! おい人質姫、これもやるぞ! なんかキラキラしてんだよ」


 少年たちは皆、無邪気に笑っていた。

 そして、宝石や貴金属を差し出してくる。

 どれもこれも恐らく、王国の兵士たちにとって大切なものだったに違いない。結婚指輪や、親の形見……いくさおもむく際に、お守りとして身につけてきたのではないだろうか。

 それを受け取ることも、奪うのを許すこともアサヤにはできない。

 そんなとき、かたわらにそっと白い影が舞い降りた。


「あー、えっと、みんなー? ごめんね、久々の勝利だけど……まずは怪我人の救出を優先してくれないかな。死者も丁重に弔おう。物取りはいけないよ。悪いんだけどさ」


 ユナリナルタルだ。

 彼女は気落ちしたように溜息を零して、それでもいつものへらりとした笑顔に戻った。

 そして、そっと身を屈めてアサヤの耳元に小さく囁く。


「ごめんよ、びっくりしたかい? 僕たちは魔族だから、やっぱりどうしてもこういう時は本性が出てしまうんだねえ」

「本性……ですか」

「もともと持って生まれた本能とも言うのかな。家族や仲間の連帯感、友情や愛情は人間と全く変わらない。でも、基本的に魔物は戦って奪うイキモノというか」

「それは、そうなのでしょうけど……あんまりですっ!」

「彼らを責めないでほしいんだ。僕もよく言って聞かせるからね」


 アサヤの友人たちも、少し驚き、そして落ち込んでいた。

 最近できた人質の友達は、きっと喜んでくれると思ったのだろう。だが、人間社会で生きてきたアサヤには、魔族たちの剥き出しの本性がおぞましくさえ思えたのだ。

 だが、ユナリナルタルの言葉で少しわかった。

 彼らには彼らの倫理と常識がある。

 人間社会のそれをアサヤが押し付けるのも、これは筋違いなのだ。


「えと、ごめんなさい。みんな、ありがとう。でも、その品々は受け取れないわ」

「……そっかー」

「ちぇー、残念。似合うと思うのになあ」

「お、おで、もっと、取ってくる。姫に、あげたい」

「あー、待て待て、待てって。少しは人質姫の話も聞こうぜ」


 こういう時、なんて言ったらいいんだろう。

 魔族たちは今、新天地への移住を計画している。それが終われば、この大陸は平和になるだろう。少なくとも、モンスターに脅かされる生活はなくなるのだ。

 逆に、そうまでせねば互いに生きられないのだろうか?

 その答えは、目の前に広がっているような気がした。

 人間は人間、魔物は魔物……全く違う生物なのかもしれない。

 けど、そういう者たちと心を通わせたことをアサヤは疑わない。

 自分自身が、魔王と勇者との間に生まれた娘だから。


「あのね、みんな……怒ってごめんなさい。でも、逆の立場だったらって考えてみてほしいの。わたし、みんなになにかあって、身ぐるみはがされるなんて、嫌だよ」

「でもなあ、攻めてくるのは人間なんだし、魔族同士でもこんなもんだぜー?」

「そうそう、勝ったんだからありがたく頂かないと」

「殺さないよう手加減しても、死ぬ時は死ぬしな!」


 悪びれた様子もないし、罪悪感を突き立てたい訳でもない。

 でも、小さな14歳のアサヤにはこれ以上言葉が出てこなかった。

 戦争を止めたい……消えゆく生命を救いたい。

 その想いは今、どれだけ自分が薄っぺらいかを問うてくる。

 自問自答すれども、言葉は見つからない。

 そんなアサヤの肩を、そっと抱き寄せユナリナルタルが寄り添ってくれた。

 だが、巨大な瓦礫がれきの中から巨漢が現れたのはそんな時だった。


「ふう、死ぬかと思ったぜ!」


 そこには、人間の勇者がいた。

 そう、剣豪ムサシこと宮本武蔵みやもとむさしである。

 彼は怪我こそしているようだが、血塗れでも白い歯を見せて豪快に笑った。

 正しく剛の者、日の下のサムライである。

 彼はユナリナルタルとアサヤを見て、ガラガラと壊れた船体から飛び降りた。


「よぉ、魔王! そこのじょうちゃんも。今からやるかい? 俺なら準備はできてる」

「あ、いや、そうがっつかれても……ぼ、僕は遠慮したいなあ。疲れてるし」

「さっきのデケェ龍はあんたか、魔王。綺麗な顔しておっかねえぜ」

「……綺麗……僕が、フ、フフ、アハッ、そんなことはないけど……デヘヘ」


 駄目だ、基本的にアサヤの父なる母はチョロかった。

 あと、どうにも普段の彼女は弱気で内気で、そして陰気だった。こんなのでよく魔王が務まるなとも思う反面、大陸中の諸王に引けを取らぬ聡明さをも持ち合わせている。

 名君かといえば微妙だが、暴君でないことだけは確かだ。

 それに、なんだかそんなボンクラじみたユナリナルタルがアサヤは好きだった。


「とにかく、王国の勇者。今はやめようよ。君、怪我してるしさ」

「なぁに、これしき! だが、無理にとはいわない。本気のあんたと戦いたいが、その気がないんじゃしかたねえ」

「とりあえず、うち来る? お茶くらい出すよ。あと、手当もね」

「……ノリが軽ぃなあ。おい、嬢ちゃん。しばらく厄介になるぜえ?」


 そう言って、ムサシは腰の二刀を差し出してきた。

 剣士が剣を手放す、つまり手向かわないという意思表示である。

 見れば、あつらえの上等な片刃の剣で、まるで工芸品のように美しい。すぐに少年少女が集まったが、誰もが一度は伸ばした手を引っ込める。


「いいよ、おっさんが持ってろって」

「俺たち、人質姫みたいにすっからよ。もうお宝は取らないことにしたんだ」

「……では、腰にはかせてもらうが、抜かぬことを誓おう。このムサシ、二言はない」


 こうして、一悶着のあとに客人を迎えつつ、なんとか王国の脅威をアサヤたちは退けた。

 だが、新たな脅威はすぐにでもやってくるし、忍び寄るように静かに近付いているのだった。

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