第15話「人質生活、特訓しちゃいました!」

 その夜は静かに訪れた。

 遂に王国の空中戦艦は撃沈され、新たな強敵アルテミスの傍若無人ぼうじゃくぶじんっぷりが新たに立ちふさがる。月の女神は気まぐれで気分屋だ。

 それでも、アサヤたちは命を落とした人間たちをとむらった。

 王国の教会とは違うやり方だったが、魔物たちも敬意を払ってくれたのである。

 それで今、夕食後の運動にアサヤは汗を流していた。


「おいおい、嬢ちゃんよお。俺も一応、怪我人なんだがな」


 剣の稽古けいこ、相手はムサシだ。

 召喚されしヒストリークラスの勇者で、異世界の剣豪である。

 その彼が、片手でまきを持って相手をしてくれていた。魔王城の中庭は静かで、降る雪だけが体温を奪ってゆく。息の上がったアサヤの呼気が、白く煙って消えた。


「ま、まだまだですっ!」

「そうかい。じゃ、どんどん打ち込んできな?」

「はいっ!」


 セイバーモードのR-INGリングは、最弱レベルのスタンモードにしてある。

 しかし、そこに込めた気迫は実戦さながらの闘気だ。

 対して、ムサシには全くやる気が感じられない。

 それなのに、アサヤの斬撃は一度もムサシを捉えることができなかった。得物はちょっと長めの薪、暖炉の横から無造作に拾ってきたものだ。そしてムサシは、その棒一本で全ての攻撃をさばいてしまう。

 これが伝説の勇者の力だ。


「なあ、嬢ちゃん。そういや、さっきの侍女メイドさんはどうした?」

「セレマンなら、なんか、職人さんと、話し込んで、ましたっ!」

「やっぱ、鉄砲でも打ってもらってるのかねえ。っとと、今のはいいぞ」


 惜しい一撃が空を切る。

 同時に、ムサシが消えた。

 一瞬でアサヤの視界が白い雪原だけになる。

 慌てて周囲に視線を配って、そして背後に声を聞いた。


「そういう時は目で追うなよ? 気配を肌で感じるんだ」


 ポカン、と頭を叩かれた。

 痛くはないが、これが実際の剣ならアサヤは縦に真っ二つである。

 それに、ムサシは得意の二刀流を使っていない。

 その上に包帯姿の怪我人で、随分と手加減してくれていた。


「ぐぬぬ……も、もう一本お願いしますっ!」

「そりゃ、いいが……あっちのお嬢さんは? さっきから視線を感じるんだがよ」


 バリボリと蓬髪ほうはつをかきむしりながら、ムサシがゆっくり振り返る。

 そこには、腕組み黙って見守るリーインの姿があった。彼女は気づかれたと知るや、ザクザクと新雪を踏んで歩み寄る。


「ムサシ殿、でしたね。よければ私とも手合わせを」

「おいおい、今日はモテる日だなあ? 確か、エルフとかいう種族の」

「私はダークエルフ、世間では堕落したエルフと言われてますが」

「得物は背の大剣かい? いいぜえ」


 このリーインなる竜騎士、とにかく何に関しても実直で真面目、そして真摯しんしである。日頃はセレマンに勉強を教わり、自分でも予習復習を欠かさない。

 かと思えば、今度はムサシを相手に剣の訓練を始めるようだった。

 だが、ムサシは大きなあくびをしながらとんでもないことを言い出す。


「面倒だ、二人同時にかかってきな」

「ちょ、ちょっと、ムサシさんっ! それ、馬鹿にし過ぎです!」

「あ、いや、でしたらそのように……姫、合わせてください。――いきますっ!」


 リーインは躊躇ためらわなかった。

 背の巨剣を抜くと同時に、そのまま振り下ろして斬撃を放つ。

 舞い散る雪が、切っ先の起こす風に渦を巻いた。

 まるで絵草紙マンガか物語のようだ。

 重い剣を軽々と振るって、リーインがムサシを押してゆく。確実に攻勢で押してるのに……不思議とムサシは余裕の笑みを浮かべていた。


「なるほど、見た目の細さとは裏腹に重い剣だ。筋もいい」

「余裕ですね、ムサシ殿っ! 勇者の力、とくと拝見しますっ!」

「まあ、勇者なんてのもピンキリでな。俺みたいなアタリばっかじゃねーのさ」


 自分はアタリだと言う、そこに込められた自信は揺るがない。

 アサヤも再び構えて呼吸を整えるや、リーインに加勢して剣を振るった。

 だが、1対2の不利な勝負になっても、ムサシは余裕で言葉を続ける。


「王国の召喚術なあ、なにが出るかわからんみたいだぜ? 言うなれば、なんか、? そう、俺から見て未来の時代に、そういうとみくじみたいな遊びがあるそうだ」


 王国は最初の勇者ユウナの戦果に気を良くして、この十数年で何度か召喚の儀式を行った。最近も最大規模の召喚で複数の勇者を招いたばかりである。

 だが、3種のクラスのどれにも、いわゆるハズレの勇者が召喚されることがあった。

 どう見ても一般人なヒストリークラス。

 ガチャだの異世界転生だののたまう、学生のフューチャークラス。

 そして、貧乏神か地縛霊のたぐい、神格の低いマイソロジークラス。


「今、王国で実際に戦力になるのはまあ……俺を入れても4、5人てとこかなあ?」

「くっ、全然崩せない! リーイン、ここは連携でいきますっ!」

「了解です、姫。手数の有利をかしましょう!」


 リーインの過剰なまでの向上心が、アサヤにも熱く燃える火を灯す。

 いよいよギアを上げて、アサヤは本気100%で踏み込んでいった。

 同時に、リーインに攻撃の間合いを譲って呼吸を合わせる。

 重さを全く感じさせないものの、リーインの振るう巨大な剣は大ぶりだった。その一撃が通り過ぎてひるがえるまでの、僅かな隙をアサヤが小技で埋める。

 一気に剣戟けんげきのテンポがアップして、攻防にリズムが生まれていた。


「おっ、いいねえ。それじゃあ……俺も少しだけ、本気を出すかあ!」


 防戦一方だったムサシから、圧倒的な覇気が漲る。

 瞬間、ただの棒切れから発する剣気が研ぎ澄まされた。

 まるで真剣を突きつけられたような緊張感に、アサヤもリーインもゴクリと喉を鳴らした。だが、ここで怖気づいては訓練にならない。本気で来るなら大歓迎だ。


「お前たち、なんのために剣技を鍛える? 何故なぜ、強さを求める」

「私は陛下のために! ユナリナルタル様の剣になりますっ!」

「えっと、わたしは……あ、あれ? えと、戦争を……止める? 感じ?」


 ふと、疑問にアサヤは脚を止めた。

 結果、フォローを失ったリーインの隙にムサシが前に出る。

 あっという間に彼女は、ムサシの片手でくるりとその場に倒された。合気の極意とかいうもので、投げたのに全く力を入れた気配がなかった。

 そして、アサヤにもムサシの一撃が向けられる。

 何気なく振られた木の棒は、空気の刃をアサヤに叩き付けてきた。突然の突風に、瞬間的に防御を固める。だが、光の剣は不安げに揺れて、アサヤは数mほど吹き飛ばされた。

 体勢を整え着地した時にはもう、鼻先にムサシの剣が突きつけられていた。

 その棒にアサヤは、見えない刃が光っているのを感じてしまったのだった。


「ま、参りました……うう、ごめんリーイン」

「い、いえ、私こそ。これが、勇者の力……異世界よりの使者」


 ムサシはふむと唸ると、木の棒を捨てて腕組み頷いた。

 そして、剣豪からのありがたい言葉が静かに響き渡る。


「まず、エルフの姉ちゃん。お行儀が良過ぎる。武器のデカさをもっと使えばいいし、剣筋が素直過ぎるんだよ。秘伝書に書いてある通りに奥義を出しても、そりゃ駄目だ」

「は、はあ。その、耳が痛いですね」

「だろ? せっかく長い耳ついてんだ、痛い分だけ強くなれよ? で、お嬢ちゃんだが」


 アサヤは思わず緊張に身を正した。

 そして、覚悟していた以上に厳しい言葉に愕然がくぜんとする。


「剣は殺しの道具だ。抜いたら相手を殺す気で振るえ。魔王レベルの強さならともかく、ハンパに手加減してると……死ぬぜ?」

「で、でもっ! これ以上の流血は」

「なら、自分が死んでもいいってか? 敵を殺さなきゃ、その生き延びた敵がお前さんを……お前さんの大事な人間を殺すぜ?」


 ぐうの音も出なかった。

 例えばリーインが、セレマンが……父なる母、ユナリナルタルが、死ぬ。アサヤが流血を避けることで、さらなる大きな流血を呼んでしまうかも知れないのだ。

 だが、それでも自分は曲げない。

 絶対に命を奪わないし、誰にも奪わせたくない。

 その理想を貫きたいのは、親愛なる母から託された祈りだからだ。

 祈りは時として、呪いとなって人を縛る。

 しかし、その呪いを引きずってでも祝福を感じる、その強さがアサヤにはあった。


「わたし、もっと強くなります! そして、絶対に命の奪い合いを……戦争を止めてみせますっ!」

「……活人剣かつじんけん、か」

「は? そ、それは」

「文字通り、人を活かす剣さ。そういうのをやるってんなら、まあ……稽古ぐらいはつけてやる。けどなあ、お嬢ちゃん。道は厳しいぜ? 王国にはまだまだ厄介な勇者がいる」


 一人は、月の女神アルテミス。

 本物の神族で、異世界の神話からやってきた存在だ。

 他にも、今の王国に科学文明を持ち込み、火薬や蒸気機関を発明した人間がいる。

 そして、もう一人。


「おお、そうだ。お嬢ちゃんの御母堂ごぼどう、ユウナとか言ったよなあ?」

「は、はいっ!」

「なんかよ、ユウナを探してる勇者がいたぜ? お前さんと同じ、その、光の剣になる腕輪を持ってた。妙な男でよ、ちょっとお友達にはなれねえ感じだったな」


 ムサシの言葉に、アサヤは驚きを隠せない。

 流した汗が冷えてゆく中で、別種の悪寒が背筋を這い登る。

 もしや、母と同じフューチャークラス……それも、同じ異世界から来た未来人か? その真偽も今はわからず、アサヤを不安で凍えさせてゆくのだった。

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