第7話「人質生活、終わりそうでした!」

 魔王城の大広間に、戦慄せんりつが広がってゆく。

 始まりの朝を分け合っていた魔物たちに緊張が走った。

 だが、連れてこられた人間を見てアサヤは思わず立ち上がる。


「まあ! セレマン! セレマンではありませんか」


 そう、モノクロームに彩られたロングスカートにエプロン姿。頭の上でまとめた金髪にヘッドドレスを載せた、それはアサヤの世話役のメイドだった。

 切れ長の目がアサヤを見つけて、わずかに見開かれる。


「姫様、着替えのお洋服をお持ちしました」

「そ、それは、ありがとう。でも、どうして。それと、わたし……もう、姫でも人質ひとじちでもないの」


 セレマンは承知しているとばかりに小さくうなずいた。

 このメイドは、アサヤが幼い頃からずっと面倒を見てくれている。年頃の頃から、自分の婚期そっちのけで世話してくれた、信頼できる女性だった。

 そのセレマンが、手に持つトランクをそっと置いた。

 同時に、ぐるりと周囲を見渡し、一人の女性へ目を細める。

 視線の先では、のほほんと茶をすする魔王の姿があった。


「姫様、私にとっていつでも姫様は姫様です。……少々お待ちを。今、お救いします」


 セレマンは突然、スカートをつまんでひるがえした。

 次の瞬間、彼女の隠れていた足元が、その白い肌が露わになる。精緻せいち刺繍ししゅうのタイツは黒で、肌とのコントラストが眩しい。

 だから、魔族でも一瞬反応が遅れた。

 スカートに隠されていたマスケット銃を、セレマンは油断なく構えたのだ。


龍魔ノ王モナーク・オブ・ドラゴンユナリナルタル、お覚悟っ!」


 突如、物凄い音がとどろいた。

 それは、アサヤが初めて聴く生の銃声だった。

 知らなかった……まさかセレマンが、王国でも最新鋭の銃を扱えるなんて。

 そういえばアサヤは、セレマンのことをあまり良く知らない。物心付いた頃にはもう、10歳ほど年上の彼女は尽くしていてくれたのだ。見た目も金髪に白い肌と、普通の王国人である。物静かだが一度決めたらテコでも動かない、忠節のかたまりみたいな女性としか認識してなかったことに気付く。

 そして、彼女の銃が火を吹いた。


「ユナ様っ! ……へ、平気ですか? あの、お怪我は」


 咄嗟とっさのことで、周囲の部下たちも全く動けなかった。

 だが、ユナリナルタルは静かに冷たい微笑びしょうこぼす。彼女はひたい何故なぜか、さっきまでパン雑炊ぞうすい頬張ほおばっていたさじを掲げている。そこには丸い穴が空いて、煙が吹き出ていた。


「あっ、ユナ様……防がれたのですね?」

「いや、アサヤ。うん、。痛い。木の匙じゃ流石さすがに、無理だよね……いたた」


 匙をどけたユナリナルタルの東武に、風穴が開いていた。

 血も出てるし、人間なら即死である。

 それを見て、一気に周囲の魔物たちが殺気立った。

 だが、しくじったと見るやセレマンはスカートから銃剣じゅうけんを取り出す。


「姫様、ここは私に任せてお逃げくださいっ!」


 着剣と同時にセレマンが床を蹴った。

 疾風はやてにも似た突撃だったが、咄嗟に城の重鎮たちが壁になる。あっという間に多勢に無勢で、セレマンは取り押さえられてしまった。

 だが、彼女は歩み寄る魔王を鋭くにらむ。


「姫様を解放なさい、魔王!」

「あ、うん。それはいいけど……」

「……は? ふざけているのですか!」

「いや、大真面目だけど。はあ、どうしよう。アサヤは、もう少し滞在したいって言ってて。実は僕も困ってるんだ」

「では、連れ帰ります! 我が命に代えても!」

「うーん、とりあえず放してあげて。人間はね。体の構造が弱いんだ。みんなでフン縛ったら死んでしまうからね」


 すぐに将軍たちが手を引っ込めて、セレマンは自由になった。

 そして、立ち上がる彼女の胸へとアサヤは猛ダッシュで飛び込む。


「セレマンッ! ごめんなさい、わたしが悪いの。人質になっまで、どうしても会いたくて……パパ母様に」

「やはり、ユウナ様が仰ってたことは本当だったのですね。……では、あのがやはり」

「? どうしたのですか、セレマン」

「いえ、姫様が無事でなによりです」


 主従の再会をぐるりと囲んで、魔物たちは口々にささやきとつぶやきを広げた。

 だが、もう襲ってはこない。

 逆にアサヤは、先程の蛇人族ナーガ女将おかみさんに「よかったじゃないかい、お嬢ちゃん!」と笑われてしまった。それでみんな、めいめいに朝食へと戻ってゆく。

 魔族は好戦的で残忍と言われていた。

 それは少し、王国の思い込みと刷り込みがあるのかもしれない。

 そう思っていると、先程セレマンが放り投げたマスケット銃を拾う影があった。


「これが鉄砲かあ。うん、僕じゃなかったら死んでたね。ふむふむ、ここに指をかけて、引っ張る感じかな? ねえ君、確かセレマン君だったね」


 魔王ユナリナルタルには全く緊張感がなかった。

 突然の刺客、殺人メイド襲来にも全く動じていない。

 それどころか、自分でも見様見真似みようみまねで銃を構えてみる。その目は真剣そのものだった。


「弾はどこから入れるんだい?」

「……銃口から火薬と一緒に入れます」

「ふむふむ。凄いねえ……こんなの作ってたんだ。あ、セレマン君。スカートの中、全部出して。取って食ったりはしないから、安心していいよ。アサヤの安全も保証する」


 えっ、と思わずアサヤは耳を疑った。

 だが、セレマンは静かにうつむきアサヤから離れる。

 そして、スカートの中から大量の武器がドサドサと出てきた。手投げ爆弾が5個に、銃剣が1ダース。手斧ておのと投げナイフ、ロープに拳銃が2丁だ。


「あ、全部出して、全部。……僕、全部って言ったよね?」

「…………これで本当に最後です」


 さらに、スコップとピッケル、鉄鍋てつなべまで出てきた。

 どうやったらあのロングスカートの内側にこんなに隠しておけるのだろう。もしかして、以前から常時この装備でアサヤの側にいてくれたんだろうか。

 謎の麗人、美人メイドの謎がさらに深まってゆく。

 ちょっとした武器の山ができてしまって、魔王の家臣たちは少し、いやかなりドン引きだ。


「うんうん、武装解除したね。なら、君も賓客ひんきゃくとして招こう。ちょうどよかった、この人質様の世話係を探してたんだ。リーインでは手におえなさそうでね」


 そのリーインだが、背の大剣に手をかけ腰を落としていた。

 いつでもセレマンに斬りかかれる、そういう身構えだった。

 でも、その必要がなくなったと感じたのか、身を正して立つ。


「それでしたら、陛下。私が監視役も兼ねてお二人の護衛を続けます。よろしいでしょうか」

「あ、ほんと? うわー、助かるなあ。リーイン、本当にいい子だね。頼むよ」

「陛下の御心みこころのままに」

「ありがとねぇ……さて、この銃だけど」


 ヒュン! とユナリナルタルは片手で軽々銃を振り回す。そして彼女は、興味深く銃口を覗いた。そして、ふむふむと一人で納得しているようだった。


「……線状痕ライフリングは掘られてないね。ただの鉄の筒だ。弾丸は? セレマン君、持ってる?」

「こ、ここに」

「見せて見せて。へー、なまりか。質量を高めれば貫通力はもっと上がるな。っていうか、ユウナが言ってた弾丸はもっと流線型で、こんな球体じゃなかったけど。そもそも、光の粒子フォトンがビビビビー! って出る銃じゃないんだ」


 アサヤの母ユウナは、フューチャーと呼ばれるタイプの勇者だった。

 未来フューチャー、つまりこの世界の文明レベルを遥かに凌駕りょうがする、異文明からやってきた勇者ということである。その知識と技術は、ともすればこの世界の均衡きんこうを崩しかねない。

 そういう訳で、ユウナは自分が持つ力を決して人に明かさなかったのである。

 ただ、今は違う。

 最近王国が大規模な召喚を行い、数多あまたの勇者が現れた。

 その中に、科学技術を広める異世界人がいたのである。


「ま、いいよ? はい、銃は返すね。ありがと」

「……お前は本当に魔王なのか? 姫様をさらった龍魔ノ王なのか」

「んー、よく言われる。残念ながら僕は、七魔公セブンス最後の魔王、ユナリナルタルだよ」


 それはそうだと、アサヤも二重の意味で納得する。

 セレマンの疑問ももっともで、おおよそ魔王らしい威厳や威圧感をユナリナルタルは持っていない。少しグータラでだらしなくてやる気がない、そのくせに抜群の美貌びぼうをゆるゆると緩めてる、これがアサヤの父なる母なのだ。

 そのユナリナルタルだが、マントを引きずるようにして去ってゆく。

 そのあとを、例のカエル顔の小柄な魔族がピョコピョコついていった。


「姫様、あれが……あの方が、魔王ユナリナルタルなのですか」

「ええ、そうよ」

「その、ええと……驚いています。まるで覇気を感じません。正直、完全にれると思ったのですが」

「ふふ、パパ母様はお強いの。でも、セレマン。本当にありがとう。まさか、わたしのためにこんな最果ての地に来てくれる人がいるなんて」

「軍艦に密航したんですが、着替えをお持ちしたのは本当です」


 セレマンはトランクを拾って、その場で開けてくれた。

 その瞬間、下着姿にボロ布をかぶっただけのアサヤは瞳を輝かせる。

 ドレスも部屋着も、勿論もちろん替えの下着も一通り揃っていた。


「ありがとうっ、セレマン! 正直困ってたの」

「魔王と刺し違える覚悟でしたが……あまりに格が違い過ぎました。いたらぬ身をお許しください。私が死んでも、せめて姫様にはお召し物をと」

「死ぬのは駄目っ! 駄目よ、セレマン。誰のためであれ、死んでは駄目。その上でお願いがあるの。……わたし、戦争を止めようと思ってるわ。だから、手伝って頂戴ちょうだい


 驚き目を丸くしたセレマンは、次の瞬間には微笑み頷いた。

 こうしてアサヤの元に、以前の日常で一番頼れたメイドが寄り添ってくれることになったのだった。

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