第4話「人質生活、でしゃばり出しました!」

 激しい爆音と振動。

 尖塔せんとうのてっぺんでアサヤは、天井の向こうに殺意を感じていた。

 そう、今の王国軍は昔の非力な軍隊とは違う。

 魔王同士の戦いに巻き込まれて死んでゆく、そんな人間の歴史は過去へと去ったのだ。


「では、参りましょう! パパ母様かあさま、ユナ様……わたし、お役立ちな人質ひとじちなんですっ!」


 光の剣を片手に、ぐるりとその場で優雅に一回転。

 石造りの壁は、360°光の線で輪切りにされた。アサヤの肩の高さで、上下に内側から切り取られたのである。

 ズリ、と衝撃で遅れてずれはじめた壁の中で、アサヤは剣を掲げて叫ぶ。


「今ですっ! 出てきて、マキシマキーナ!」


 ズシリ、と何かが触れて天井の揺れが止まった。

 そして、まるで茶器のふたを開けるように上部が持ち上がってゆく。見れば、外から巨大な鋼鉄の右手が屋根を持ち上げていた。

 そう、五指を持つ手である。

 それが、アサヤが母ユウナより受け継いだ真の遺産。

 フューチャーの勇者が元の世界よりもたらした、鋼鉄くろがね守護神ガーディアンだった。


「あれは……やはり、王国の空中戦艦! 完成してたのね。お願い、マキシマキーナ、わたしをあそこへ!」


 マキシマキーナ、それが機神マシーンの名。

 異世界の遥か未来、星の海を駆る騎士たちの甲冑騎。その手が、屋根を手放すや伸びてくる。迷わず飛び乗り、アサヤは天をにらんだ。

 空中に光の霞が広がり、そこから無骨な装甲の腕が伸びてきている。

 今はそれが限界で、それでもアサヤには十分だった。

 そして、空には巨大な軍艦が浮いている。


「マキシマキーナ、私をあそこへブン投げて! いい感じで速攻でよろしくっ!」


 ヴン! と返事をするように鉄腕が唸る。

 鎧姿の騎士にも似て、それでいて優美な曲線と直線の調和した装甲。それは正しく神の手、星をも砕く鉄槌てっついにも等しい。

 あっという間にアサヤは放られ、空気を切り裂き曇天の中にいた。

 息が苦しく、肌が凍えて粟立つ。

 それでもアサヤは、歯を食いしばって虚空の甲板を踏み締めた。


「ふっ、はあ! はぁ、はぁ……おっ、王国の兵に告げます! わたしはアサヤ・ミギリ、人質です! 兵を退きなさーいっ!」


 突然、空中戦艦の甲板に現れた寝巻き姿パジャマすがた。高高度の風にネグリジェの裾をはためかせ、アサヤは光の剣を掲げて叫ぶ。

 生来、度胸だけは人一倍だと母には言われていた。

 母にも鍛えられたし、多くの人たちから学んだ。

 そして今は、行動の時だと自分の心が訴えてくるのだ。


「あ、あんた……あっ! ユウナ様の娘さんの!」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ。人質? そんな話、王はなにも」

「だ、だって、なあ? 王宮にはまだ、王女様がご健在だし」

「でも、あの光の刃……間違いない、あれはアサヤ様だ」


 兵たちに動揺が広がってゆく。

 やはり、王国軍の指揮系統は混乱していた。まず、王国の将軍たちによって保たれていた軍の秩序が崩壊しつつある。上から下へ、正しい情報が伝達されていないのだ。

 そして、その原因である男がのっそりと前に出てくる。

 みるもたくましい、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる若者が笑っていた。


「よぉ、お嬢ちゃん。人質に出されたんだって? 運が悪かったなあ、お前さん」

「あなたは……ムサシ・ミヤモト殿」

「おうよ! 王国の勇者が一人、ひすとりいヒストリーの位を持つ剣士、宮本武蔵みやもとむさしよぉ!」


 なんどか王宮で会ったことがある。

 その恐ろしさを、アサヤは嫌という程に思い知っていた。

 豪胆にして冷静、しかしてその正体は剣の鬼。ニ刀一刃にとういちじんの必殺剣を振るう、異世界のサムライと呼ばれる男である。

 彼もまた、ここ最近の大規模な召喚、最終召喚の儀式で現れた勇者だった。


「ムサシ殿、わたしは姉様の代わりに人質に来てます。わたしを見殺しにするということは、姉様を……王国の正当な姫君を見殺しにするということです!」

「ああ、そうだなあ」

「ッ! わかっていて、何故なぜ

「前にちょっと話したっけなあ? 俺の世界じゃ日常茶飯事にちじょうさはんじよ……乱世だからな」

「乱世……しかし、世が乱れても国には法があります」

「力こそが法! 裏切り夜討ちは世の常よ! それが俺、宮本武蔵の生きた戦国の世」


 ちょっと、信じられない。

 確かにこの男、狂戦士バーサーカーとさえ呼ばれる程に苛烈な戦いを見せる。魔物の群れをあっという間に殲滅せんめつし、一度剣を抜いたら敵を倒すまで止まらない。

 そして、恐ろしいことに……軍略や兵法ひょうほうにも長け、目的のために手段を選ばない。

 異世界より現れし究極の戦士、それがムサシだ。


「王は決断したみたいだぜ? 魔を払って邪を滅し、人の世を切り開くならば! この宮本武蔵、遠慮はせぬ!」

「違う、国王陛下は絶対にこんな……誰です? どの勇者がこんな企てを」

「鋭いねえ、さかしい。けど、賢い娘は嫌いじゃねえ。が! その相手をするのも! 悪くないっ!」


 宮本武蔵が二振りの大刀を抜いた。

 雌雄一対しゆういっつい、二刀流である。

 アサヤは恐らく、永遠に知ることがないだろう。この益荒男ますらおが後の世に剣聖けんせいごとく語られ、剣の道を極めて人の世を説く兵法家へいほうかになることを。

 その時にはもう、狂い荒ぶる剣の鬼ではなくなっていることを。

 だが、今は目の前にたちはだかる強敵でしかなかった。


「アサヤ・ミギリ、参りまあすっ!」

「む、はやいな……だが」


 先手必勝でアサヤは踏み込んだ。

 ムサシが手にする剣は、見事な切れ味を誇る片刃の曲刀である。彼はそれを太刀たちと呼んでいたが、その威力は恐ろしいまでに痛烈だ。硬いはがねと柔らかい鋼、その二種類で編み込まれた芸術のような武器だった。

 だが、質量を持つ物質でできた実体剣である。

 粒子の刃が唸る光の剣ならば、焼き切ることができるはずだった。


「うんうん、だがまあ……疾過ぎはしないなあ! フハハハハッ!」

「嘘っ、わたしの一撃が!」

「軽い! お前の剣は軽過ぎるっ!」


 ムサシは十字に構えた太刀で、アサヤの剣を弾き返した。

 いかなる金属をも溶断する、光の一撃が無効化されたのである。一歩下がったアサヤの剣は、揺れる粒子が波打ち撹拌かくはんされてしまっている。

 すぐに剣はいつもの輝きを取り戻した。

 だが、また打ち込んでも結果は同じだろう。


「どうして、普通の剣で……ん、ムサシ殿の剣がほのかに光を? あれは」

「我が剣氣けんきは刃を覆い、空をも覆って世界を飲み込む! !」

「き、気合……なんとまあ。気合……その気迫が剣に宿って、それで?」


 なんとも豪快な話だった。

 ムサシの発する裂帛れっぱくの意思が、剣に宿って刃を高めていたのだ。

 そして今度は、驚く兵たちの前でムサシが歩み寄ってくる。ゆっくり、剣を両手にだらりとぶらさげたまま、構えることなく歩んでくる。

 咄嗟とっさにアサヤは剣を両手で握って、身を硬くした。

 剣士としての技量に差がありすぎる。

 だが、一度剣を抜いたからには引き下がることはできなかった。


「ゆくぞ、娘ぇ!」

「消えたっ!? ど、どこに」

「カカカッ! 俺は、ここだあ!」


 突然、背後に圧倒的なプレッシャーがそびえ立つ。

 瞬きする間にムサシは消えて、消えたと思ったときには背後を取られていた。

 頭上から断頭台のように刃が降ってくる。

 回避しようとしたアサヤは、突然脚を止められその場で受けざるを得なかった。


「なっ……ちょ、ちょっと、踏んでます! 寝間着のすそっ!」

「おうよ! これで自慢の脚は使えまい!」

「卑怯です!」

「カカッ! 卑怯は敗者の戯言たわごとよ、娘ぇ! こうならないために何故、いくさ装束しょうぞくを整えてこぬ! 着替える前から既に戦いは始まっていたのよ!」


 ぐうの音も出ないド正論だった。

 だが、アサヤは着の身着のままでさらわれてきた人質である。

 今はこの寝間着のネグリジェが一張羅いっちょうらだった。

 でも、命には変えられない。

 上から圧してくる二振りの刀を、光の剣で受け止める。パワー勝負では話にならず、じょじょにアサヤは押されて膝を屈しそうになった。

 そこでの決断、判断力が彼女を救う。


「ああもうっ! 代わりの服をどうにかしないとっ!」

「むっ! なんと、見事! ……ほう、育っておるではないか。眼福、眼福」

「ぐぬぬっ、なんて不覚。乙女の柔肌やわはだをっ! ……うう、サブさぶっ!」


 アサヤは自ら、斬撃を跳ね返した反動で剣を振るった。きらめく粒子がむちのように撓って、彼女を覆う着衣を切り裂き燃やす。

 あっという間にアサヤは、下着姿になってムサシの間合いから脱することができた。

 しかし、無遠慮な視線に切り刻まれ、羞恥心しゅうちしんに顔が火照ほてって火が出そうだった。


「アサヤといったな、小娘! 今なら共に王国へ帰れるが? 悪いようにはしない、俺がさせない! 何故なら、惚れたぁ! 俺の子を産めぃ!」

「お断りですっ!」

「即答とは、クハハ! 少しは考えてものを言え!」

「嫌ですっ! この戦争を止めるためには、わたしが人質でいることは大切なんです!」


 その時だった。

 不意に、身を切り刻むような北風が遮断された。

 ぱさりと肩に、冷たいぬくもりが舞い降りる。そう、体温も血流も持たないかのような冷たさが、今はじんわりとアサヤを温めていた。

 そして、マントの奥にアサヤを抱き寄せた人物が静かに呟く。


「なるほど、空中戦艦。驚きはしないけど、これは困るね。ユウナの話では確か、星の海を渡る方舟はこぶまで人間は生み出すとか……けどね、うん。僕は、困る」


 いつの間にか、アサヤの背後に魔王が立っていた。

 静かに冷たい美貌びぼうを歪めて、龍魔ノ王モナーク・オブ・ドラゴンユナリナルタルが現れていた。

 ムサシも流石さすがに片眉を跳ね上げる。

 誰にも気配を気取られず今……広い甲板をも飲み込む殺意が、アサヤを中心に広がっていたのだった。

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