第3話「人質生活、変えちゃいました!」

 翌朝目が覚めると、鏡台に紙とペン、そしてブラシが置いてあった。

 レディの部屋に無言で出入りとは、などと思いつつも、アサヤは気にしないようにして身支度を済ませる。一応、王国を代表する人質ひとじちなので身だしなみは大切だ。

 髪をとかして、真っ先に紙に着替えが必要な旨を書き込んだ。


「日差し、弱いわね……これが北の最果て、魔王城」


 鉄格子てつごうしに刻まれながら、朝日が差し込んでくる。

 まるで木漏こものようだ。

 けど、空は灰色で昨夜とそう変わらない。

 憂鬱ゆううつな気分が込み上げたが、アサヤはすぐに別のことを考え始めた。


羊皮紙ようひしではないのね。製紙がこんなに沢山……魔王ってお金持ちなのね」


 用意されたペンはなにか見たこともない動物の羽根だ。インクはありきたりな瓶入りだが、ペンとのギャップがなんだか小洒落こじゃれて見える。

 それに、かなりの枚数の紙が添えられてて、全て程度のいい製紙である。

 この時代、紙はかなりの高級品だ。

 なので、アサヤは表につらつらと必需品を書き出しつつ、それを裏返す。


「ええと、確か……」


 ざっくり雑に描いたのは、この魔王城だ。

 昨夜、闇にうっすらと浮かぶ全景を記憶していたのである。

 なるほど、七魔公セブンス最後の一人が陣取るだけあって、堅牢堅固けんろうけんご城塞じょうさいだ。

 そんなことを考えていると、扉がノックされる。


「どうぞ。扉は開いてます。扉はね」

「……おはようございます、姫。その、なんだか棘がある言い方ですね」

「鉄格子は人の心を荒ませます。ああでも、紙とペンはありがとう。あと、櫛も」


 現れたのはリーインだ。

 今日は鎧姿ではなく、平服で剣も背負っていない。

 その手には、湯気がくゆる食器がいくつかトレーに並んでいた。とてもいい匂いがするし、すぐにお腹の奥がキュゥゥと小さくうなる。

 どうやらアサヤのために朝食を用意してくれたらしい。


「なにを書いてるんです? 姫」

「この城よ。どう? だいたいあってるわよね?」

「まあ、真上から見るとこういう形になりますね」

「でね、リーイン。ちょっとこことここ、そしてここと」


 リーインと鉄格子を介してひたいを寄せ合う。

 すでにもう、アサヤは食欲も空腹も忘れていた。昔からこうなのだ、一つのことに夢中になると、他の全てを忘れてしまうのである。

 自分で描いた魔王城に、次々とアサヤはチェックを入れていった。


「以上の場所が、地形の弱い地盤じゃないかって思うの」

「……あきれたお姫様ですね。なにを根拠にそんな」

「王宮の図書館には築城技術の本も沢山あったわ。あとはそうね……空からの攻撃に弱そう」


 それだけ言って、紙を丸めて隙間からリーインに押し付ける。

 同時に、そっと足元の隙間からトレーを受け取った。

 意外にも、粗食というレベルではない朝食だ。新鮮な野菜のサラダなんかは、王宮でもめったに出て来ない。卵料理はオムレツで、スープもパンも熱々である。

 だが、気を良くしたアサヤと対象的に、リーインは真顔を僅かに歪める。


「あなた、人質なんですよね? なにを考えてるんです?」

「そうね。とりあえずほら、あれよ。働かざるもの食うべからず、っていう言葉があるわ。これ、ママ母様かあさまの国の格言なんですって」

「……異世界からの最初の勇者、ユウナ・ミギリ」

「そそ。でね、わたしも勇者の娘としてそれなりに勉強してた訳」


 魔王城は流石さすがに最後の拠点だけあって、難攻不落なんこうふらくの要塞だ。

 だが、酷くクラシカルな城であることも明らかだった。

 また、氷河と凍土の土地に建っているため、地盤に不安のある箇所も散見された。それをアサヤは、昨夜飛竜ワイバーンに運ばれてる時に見抜いていたのだった。

 なにより、空からの攻撃に全く対応できていない。


「姫、一つよろしいですか?」

「ええ」

「空からの攻撃といっても、人間は空を飛ぶ手段が限られてると思うのです。飛竜のように飛行可能なモンスターを使うという話も聞きません」

「あら、そう? 長年勇者を召喚し続ける中で、今や人間は恐ろしい力を手に入れてるのよ?」

「そ、それは?」

「科学よ」


 ――

 それは、魔力的にも物理的にも圧倒的に弱い人間が、召喚した勇者を戦わせる過程で積み上げていった力である。

 最初に母ユウナが召喚されて、はや15年。

 この年月は、後に続いた勇者たちも手伝って、王国の技術を飛躍的に発展させた。


「そういえば最近、人間は妙な飛び道具を使いますね」

「銃、鉄砲ね。火薬っていうものがあって、魔力のない人間でも使えるのよ?」

「それの大きいものも目にしました」

「大砲かしら。攻城砲こうじょうほうをずらりと並べたら、この城でも持たないんじゃないかしら」


 心当たりがあるらしく、リーインは黙ってしまった。

 だが、気を取り直したように改めて紙片メモふところにしまう。


「ユナリナルタル様にお見せすればいいんですね?」

「そうね。いいかしら? 差し出がましいとは思うんだけど」

「……あなた、どっちの味方なんです? 人質なんですよ?」

「王家には恩があるし、ユナ様はわたしの大切な人。ま、戦争は止めたいって感じ?」

「か、軽い……まあ、いいでしょう。では、ユナリナルタル様お伝えして――」


 その時だった。

 不意に振動が襲って、アサヤはあやうく朝食を零しそうになった。

 地震ではない。

 爆発を伴う衝撃が襲って、ニ度三度と塔は揺れた。


「なっ……敵襲ですか? 人間の?」

「あら、あなたたちだって王宮に突っ込んで来たじゃない?」

「まあ、それはそうですが」

「自分が攻撃するってことは、相手から攻撃されても文句言えないってこと」

「と、とにかく、姫はここにいてください!」


 血相を変えてリーインは走り去った。

 当然だ、いきなり本拠地を攻撃されてはたまったものではない。

 そして、アサヤも朝食を頬張ほおばりつつフムと唸る。

 冷静だった。

 平静で、酷く落ち着いていた。

 母親譲りの気丈さ、なによりキモの座った自分を自覚していた。


「この対応の速さ……国王陛下と大臣たちじゃないわね。やっぱり、王国はもう」


 此度こたびの戦争は、王国側が口火を切った。

 最後にして最強の勇者たちが召喚されたからだ。

 勇者は大きく分けて、3つのカテゴリーに分類される。


 王国と同程度の文明より招かれる、身体能力が飛び抜けて高い『


 異世界の中でも神代の太古、神々の時代より来たる魔力の塊『


 そして、現代を遥かに超越した遠未来文明より現れる『


 アサヤの母ユウナは、このフューチャーと呼ばれる勇者だった。そしてつい最近、久々にこのカテゴリーの勇者が召喚され、一気に決戦の機運が高まったのだ。

 そう、既に魔王たちの時代は終わりを告げようとしていた。

 いびつな進歩を遂げた王国によって、人間の時代が訪れようとしているのである。

 そのことを思い知りつつ、パラパラと振動で埃が舞い落ちる中、アサヤは朝食を終えた。食べられる時に食べる、これは彼女のモットーでもある。


「さて、それでは……行っちゃいましょうか。そのために来たわけだしね」


 

 そのためにえて、姉と慕った王女の代わりにこの地へ来た。

 もう、王国は勇者たちによって支配されつつある。

 特に、未知の科学力を持つフューチャーたちは、最近無差別に技術を供給し、王国は軍事力だけが突出した恐るべき強国に姿を変えつつあった。

 それは、母ユウナが最も懸念していたことでもある。

 ユウナは自ら未来の力を振るったが、決してみだりに口外はしなかった。そして、その全てをアサヤにだけ受け継がせてくれたのである。


「っていうか、人質のわたしがいるのに総攻撃? 黙ってたら死んじゃうわ、まったく」


 アサヤの手首にリングR-INGが光る。

 シンプルな金属の輪だが、緑色の光が中央を走って一周していた。これが、これこそが母の形見……この世ならざる異世界の、それも遠い未来の技術の結晶だった。

 そっと手を添え、念じる。

 腕輪はまるで飴細工あめざいくのように、瞬時に柔らかく伸びた。

 そして、棒状に真っ直ぐ固まって左手に握られる。


「R-ING、アクティブ。モード・セイバー、っと」


 粒子フォトンほとばしり、光の刃が現れる。

 それは、変形した腕輪がつかとなって生み出された剣だった。

 軽く降れば、ヴン! と熱量が唸ってひるがえる。

 そうしてアサヤは周囲を見渡し、即決即断で行動を開始した。

 それは、人質としての幽閉生活二日目にして、そんな時間に終わりを告げた瞬間だった。

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