第10話「人質生活、秘密を知っちゃいました!」

 魔王城の地下は広く深い。

 その大半は物資の収納スペースだ。比較的暖かい上層と違って、骨身に染み入る寒さである。ただ、風がない分だけ外よりはマシだった。

 白い息で両手を温めながら、アサヤは前を歩く魔王を追った。

 先程から妖精族スプライトのリリールを周囲にぐるぐる飛ばせて、ユナリナルタルは足早に歩く。


「じゃから、第四層以降のトラップの配置を一新したいのじゃ」

「でも、あまり殺意が高過ぎるのは困るよ? ハナから無理だなんて文句言われたくないし」

「大丈夫じゃよ、これしきのことでへこたれる人間どもでもあるまいよ」

「まあ、そうだね」


 なんの話をしてるのだろう?

 そう思っていると、二人が扉の奥へと消える。

 駆け足でそれを追って、追いついたと思った瞬間に視界が一転した。


「……は? え、あれ? いつの間に外に……え? えっ……えええーっ!」


 眼の前に原初の大森林が広がっていた。

 足元の石畳いしだたみが、ところどころ解れて朽ちたままにその奥へと続いている。

 そう、魔王城の地下に突然の樹海である。

 しかも、風がそよいで緑の匂いを運び、鳥や虫が飛び交っている。足元では揺れる草花が、様々な色をまたたかせていた。

 極寒の荒野、絶北ぜっぽくの奥地に突然の春が押し込まれていた。


「こ、この奥にユナ様とリリール様が? ちょっと、でもこれ」


 その時、腕輪R-INGが小さく鳴った。

 警戒アラートうながすラッパのような音とともに光る。

 それですぐさま、瞬時にアサヤはセイバー・モードを起動させる。

 ヴン! と唸る光の刃を手に、慎重にアサヤは歩を進めた。

 静かな森も、その中へと進めばあっという間に薄暗がりに飲み込まれる。所々に落ちた木漏こもを追うようにして、恐る恐る歩けば脚が震えた。

 同時に、清涼な木々の息吹に胸の奥が洗われてゆく。

 しかし、そんなピクニックも30mメル程だった。


「グオーッ! って、ありゃ? 見ない顔だけど……親方ぁ?」

「女の子だ! 髪が……黒い! 目も黒いぞ、変なむすめが!」

「落ち着けぇ! お前たち、落ち着けっ! 我らは上位種、ハイ・コボルト! 上位種は動じな――ふおおおおっ! なんじゃこりゃあああああああ!」


 コボルトが三匹、現れた。

 すかさすアサヤは、R-INGのスタン・モードを確認する。

 モンスターと言えども、決して殺してはいけない、死んでほしくない。

 そのコボルトだが、アサヤが王宮の書庫で見た書物とは少し違った。武具も程度の良いものだし、軽装ながらしっかりしたリングメイルを着ている。手にはショートソードとバックラーで、親方と呼ばれた個体だけはバトルアックスを握っていた。


「わたしは魔王軍の人質ひとじちっ、アサヤ・ミギリですっ! あなた方は」

「人質ぃ? ……なんか話、聞いてたっけ?」

「いんやー? リリール様はなにも……え、いや、でも待てよ。なんか、王国の姫君をさらっちゃおうぜー! みたいな話、あったよな!」

「それじゃね? ていうか、そうだよなあ……でも、入ってきたからには」


 瞬時に殺気が広がった。

 コボルトたちは皆、アサヤと同じくらいの小柄な身長だったが、発せられる闘気がビリビリと柔肌やわはだを震わせる。

 ――強い。

 間違いなく、アサヤが遭遇したモンスターの中では最も強烈な敵意だ。

 あの、ヒストリーの勇者ムサシど同格か、それ以上だ。


「先手必勝ぉ! 親方は魔法で援護をっ!」

「フォローはオイラに任せなっ! オラオラお嬢ちゃん、覚悟しやがっ、れええええ!」


 はやい、そして鋭い。

 えて軽装に短めな剣を持って、機動力を器用に刻むタイプの剣技が襲う。

 アサヤはその全てをなんとかさばき切って、さらには反撃を試みる。

 しかし、二匹目のコボルトがあらゆる斬撃を盾ではじいた。

 見事な連携だと感心する余裕はない。

 突然現れた謎の密林に、通常とは毛色の違うコボルト。

 冷静を自分に言い聞かせて立ち回るが、一番奥の親方コボルトは手に魔法の術式を形成していた。詠唱えいしょうされる呪文が巨大な火球を生み出す。

 コボルトが魔法を使うという話は聞かないし、かなり高レベルの魔力を肌で感じた。

 もっとも、その燃えたぎ業火ごうかはアサヤを襲ってはこなかった。


「そこまでさねっ! 全く、お前たちっ! 本番はまだだよっ、お下がりっ!」


 周囲に突然、無数の雷が降り注いだ。

 複数の魔法が同時に炸裂した、いうなれば連続魔法……しかも、術式を形成して呪文を詠唱する気配は全く無かった。

 驚いていると、目の前にスイスイッとリリールが飛んでくる。

 彼女は空中で腰に手を当て、コボルトたちをめつけた。


「やる気は結構、ワシも嫌いじゃないけどのう……この子はワシの古い顔見知りの娘さね。それに、隠し迷宮エクスダンジョンでの本格的な戦いはまだまだ先じゃあ!」

「あっ、リリール様っ! こ、これはですね」

「だって、人間が……それに、こいつ髪も目も黒いんですよ!? どこの人間ですか!」

「とりあえず、動けない程度に痛めつけて捕らえようと思って」


 リリールは大きく溜息を零して振り返った。


「ワシの失態じゃあ、許せユウナの子アサヤ。この通り、びるゆえ

「い、いえっ! でも、ここは……この魔物たちは」

「ここはユナリナルタル様が築いている隠しダンジョン。この城が落ちた後、人間たちが真に直面する試練の場じゃ。そして、こやつらはその番人、ハイ・コボルト」

「ハイ・コボルト……それであの動き、そして魔法」

「コボルトの氏族クランから選りすぐりの腕っこきを集めておる。ちと血気に逸りすぎたがのう」


 先程親方と呼ばれていたコボルトが、おずおずと歩み出てかぶとを脱いだ。

 ぺっこりと耳も垂れて、部下の二人共々反省仕切りの様子である。


「なんと、客人であったか……人質、ふむ。その、とんだ無礼を」

「んだんだ、無礼千万だ。許してくれろ」

「オイラたちにも使命があっからさあ。悪かったよ」


 なんとも気さくというか、人がいいというか……殊勝な態度でコボルトたちが詫てきた。既に先程の強烈な殺意もなく、目の前のモンスターは抵抗をやめている。

 アサヤも粒子フォトンの刃を消し去ると、トンと手首に当てて剣を腕輪に戻す。


「わたしこそ、ごめんなさいっ! ユナ様を追ってたら、道に迷ってしまって」

「ワシの落ち度さね。こっちだよ、アサヤ。最下層への直通エレベーターがあるんだ。もっとも、この隠しダンジョンが完成したら壊す予定なんだけどねえ」


 コボルトたちが整列して、改めてこうべを垂れてくる。

 アサヤもスカートをつまんで一礼し、互いに照れ臭そうな笑みを交わしあった。

 そうして、燐光りんこうを振り撒きながら飛ぶリリールを追う。

 森を出てすぐの場所に、小さな小屋があった。

 そこでは、太く長い鎖を握った巨体が一つ目でユナリナルタルと話している。サイクロプスだ。偉大な巨人族の末裔であり、その血は神々にも通じるという魔物である。人間ならば触れただけで肉塊と化す、生きた災害みたいな強力なモンスターである。

 その威容の前で、猫背のユナリナルタルがぼんやりと話をしていた。


「そうか、そうかい。よかったねえ。三人目は女の子だって? 奥さんも無事でよかったじゃないかあ」

「へえ、これも陛下のお陰でして」

「あー、いいのいいの。君の子を兵にして王国に向かわせたの、僕だしねえ」

「なぁに、息子たちは二人共屈強な戦士でさぁ。きっと帰ってきます。それに、陛下のお力になれるなんて、光栄でして……俺も右足の怪我がもっとよければ」

「その傷は魔王軍として戦った証、勲章さ。そして今も、僕のために働いてくれて……ああ、来たね。ごめんごめん。アサヤ、このエレベーターに乗るよん」


 アサヤを見た老人のサイクロプスは、一つだけの目を見開いた。

 だが、すぐに自分の仕事を再開する。

 彼の大きな手がレバーを引くと、目の前の小屋の扉が開いた。

 言われるままにアサヤは、魔王と妖精と共に中に乗る。

 薄暗く照明のない小部屋は、扉が閉まるとガクン! と動き出した。ガラガラと歯車で鎖を回す音が振動となって伝わり、ゆっくり足元が降下してゆく。


「実はね、アサヤ。このことは昔ユウナにも話したんだけど」

「は、はいっ。あの、これはいったい」

「僕はもうすぐ、王国との戦争に終止符ピリオドを打つつもりなんだよねえ。あ、わざと負けるっていうんじゃなくてね」


 驚きの言葉である。

 

 どうやって、そしてどのように?

 その答えをユナリナルタルはへらりと笑いながら告げた。


「魔王軍は負けて、最後に僕も王国の勇者たちに敗北する感じでねえ」

何故なぜです!? そんな……ユナ様は、パパ母様は」

「運がよければ逃げられるかもしれないしね。この、第二の故郷たる竜源郷りゅうげんきょうに」


 ――

 その名を聞いた瞬間、不意に視界が明るくなった。

 そして、目の前に見たこともない世界が広がった。


「こ、これは……ユナ様っ!」

「ここは竜源郷。人間たちが暮らす大地の地下にある、もう一つの世界だよ」


 エレベーターの外に、海が広がっていた。

 そして、大きな島が足元にあって、ぐんぐんと近付いてくる。

 空を見上げればそこは岩盤の天井だが、そこかしこに突き出た水晶クリスタルが眩く光っていた。太陽こそないが、青空と青い海があって、緑の大自然が広がっている。


「ほら、あの塔がさっきアサヤが脚を踏み入れた隠し迷宮だよ。全部で十層を予定してるんだ」

「え、えと、その、凄い、です。こんな空間が足元に」

七魔公セブンスの他の六人は、竜源郷の開拓と調査であちこちに散っててね。最弱の僕が地上での残務処理を引き受けたんだ。いやあ、貧乏くじで参るよ、ははは」


 信じられない光景に、ただただアサヤは絶句するしかなかった。

 そして知らされる……地の底に広がる第二の世界は、まだ人間たちには渡せないと。リリールによって築かれた無敵の魔宮ラビリンスが、戦争を終えた人類に試練として立ちはだかると。

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