第11話「人質生活、ご奉仕しちゃいました!」
その夜、アサヤは寝付けなかった。
地下に広がる
どうやら魔王ユナリナルタルの
そして、楽園への扉を
もしやそれは、双方にとっての真の平和とも言えるのではないだろうか?
だが、なにかアサヤには引っかかるものがあった。
「それに、あの矢……まさか、パパ母様はまだ痛い思いを」
ベッドの上に身を起こして、そっとカーディガンを
隠れる訳でもないのに、自然と足音を消して小走りに進む。
魔王の部屋は高い高い塔の上だった。
階段を上がれば、声が漏れ出てくる。
「あ、ちょ、んっ……っあ、ま、待って」
「待ちません。お覚悟を」
「や、優しく、して、ほしい」
「なにを言うんですか、まったく。無理にでも……いいですね?」
なんだか
「まあ、セレマン? なにをしてるのかしら、二人で」
思えば、セレマンも謎の多い女性である。アサヤが物心ついた時には、世話係としていつも側にいた。母ユウナも頼りにしていたし、家族も同然だった。
セレマンが召喚された勇者という話は聞かない。
この国の人間らしく、肌は白くて
だが、それ以外のことはわからないし、自分で語ってもくれない人物だった。
ただ、
「ま、待って、心の準備が……セレマン君」
「魔王ユナリナルタル、怖いのですか? こんなに汗を」
「だ、だって、こんな格好……恥ずかしい」
「
思わずアサヤは、階段を全速力で駆け上がった。
ドアを蹴破るような勢いで開け放つ。
「お二人共っ、なにをしているのです! ナニをっ!」
アサヤ・ミギリ、14歳。多感な思春期だった。
眼の前には、
そう、例のマイソロジークラスの勇者が
聖なる加護が施してあって、魔物では向けない厄介な代物だった。
「あら、姫様。いけませんよ、もう寝るお時間です」
「え、あ、いや……な、なにをしてるのかなーって」
「見ての通りです。傷の手当をと思いまして」
「で、ですよねー? はあ」
よほど痛かったのか、顔をあげたユナリナルタルは涙目だった。というか、ガン泣きしていた。いい大人が、それも
背の傷はまだまだ血に濡れていたが、処置すれば
「では、私は包帯と消毒液を取ってきますので」
それだけ言うと、セレマンは部屋を出ていった。
その背中を見送りつつ、アサヤはちょこんとベッドに座る。
「ユナ様、痛いのですか?」
「そりゃもう……セレマンはただの人間だろう? 頼んでみたはいいけど、なかなかに酷い。容赦なくグリグリ抜こうとするんだもの」
「そういう人なんです。わたしも病気や怪我の時は、それはもう」
「あー、やっぱそうなんだ。ふふ、でも助かった」
魔の
その血を半分だけ受け継いだアサヤにとっても、そうだった。
「あの、ユナ様? 今日の、えっと、地下の」
「ああ、
「はい」
ゆっくりとユナリナルタルは身を起こした。
豊かな胸の実りが揺れて、痛みに流した汗が玉と
彼女は枕元のタオルを手にすると、それで身体を拭きながら話し始めた。
「最終的には、魔族全員であの土地に引っ越すんだ。残念だけど、大陸はもう人間たちのものだよ。僕たちの生きていける場所はないだろう」
「……勝ちをお譲りになる感じですか?」
「悔しいけどね。ふふ、アサヤ。僕たち魔族、モンスターはね……そこまで戦いが好きな訳じゃないんだ。ただ、生きてく土地も必要になるし、そういう土地の奪い合いは
それが、七魔公同士で戦われた先の大戦である。
その中では人間はただただ逃げ惑い、息を殺して隠れているしかできなかった。
しかし、王国は太古の昔に
それは魔王たちにとって、新たな敵の、それも強敵の出現だった。
今まで
「ユウナは決して、自分の持つ脅威の科学力を王国の人間には渡さなかった」
「ママ母様は、この世界の本来の文明発達を妨げたりしなかったのです」
「そう、勇者の知識……特に、フューチャークラスの持つ
ユナリナルタルが言っているのは、アサヤが母から譲られ使役するマキシマキーナのことである。
だが、今は大破して限定的にしか力を発揮できない。
恐るべき巨神と当時相打ちになったのが、このユナリナルタルなのである。
「いやあ、あの時は参ったね。僕も本気だったんだけど、翼は2、3枚もがれるし、なんか光の剣? とか、超圧縮された
「でも、今は自己再生中です。酷く壊れてしまったってママ母様が」
「そりゃそうだよ! 僕、これでも随分頑張ったからね!」
フンスと鼻息も荒く、ユナリナルタルが胸を張る。
想像を絶する大決戦だったに違いない。
そして、いつしか二人の死闘は友情を結び、恋を経て愛を実らせた。
その結晶がアサヤという訳である。
「でも、驚いたよ。王国の召喚した勇者ってのにね。紙一重の決着だった……僕も瀕死だったけど、マキシマキーナをどうにか破壊できた」
「ちょっとやりすぎなんですけど?」
「いやだって、手加減してられなかったんだもん!」
「もん、って……可愛く言っても駄目ですっ」
「トドメを刺そうとしたら、鉄巨人の中から人が出てきたんだ。それも、凄く可愛い女の子が。彼女も怪我で息も絶え絶えだったけど、僕を見るなり光の剣を抜いた」
なんとも勇壮にして
なのに、
折角の美貌が台無しの、
「死なせたくない、死んだらヤだなって思った。なにせ、僕と互角に戦う
「はあ。それで」
「僕も今の姿に戻って、とりあえず彼女を安全な場所に運んだ。いやあ、可愛かったなあ。抱き上げたら、迷わず心臓刺して来たからね。寸分違わずね」
「えっと、その話のどこにラブロマンスの要素が?」
「いや、でもユウナは死にそうだった。砕けて割れた巨神の破片が刺さってたからね。それを抜いてあげて、傷口を
駄目だ、ちょっとわからない。
この人が父親だというのがまず、なんだか凄く心配になってきた。
けど、王国で育った幼少期、ユウナはとても幸せそうに父のことを語ってくれたのである。王宮では『魔王の子を
「……ユナ様、パパ母様、ちょっと」
「うん? なんだい、アサヤ」
「
「まあ、そうだね。種族にもよるし、魔法のほうが手っ取り早いことも多いけど。僕ねー、回復の法術は使えないんだよね。あれほら、基本的に信仰心のある教会の人間が使う術だし」
「そうみたいです、ね。……でも、わたしあんまり
「はは、悪い子だ。あ、いや、魔族的にはいい子かな? ……あ、あれ? アサヤ?」
えいっ、と押し倒したら、簡単にユナリナルタルはベッドに倒れた。
その
きっと多分、こうして母もこの人に命を救われた……そう思うと、馬鹿なことでもやってみたくなったのである。
ちろりと舐めれば、血の味は魔族も一緒だった。
赤く
「ちょ、ちょっ、ひあっ! ままま、待ってアサヤ、ひうぅぅ……」
「わたしも半分魔族なら、ユナ様の傷が癒せないでしょうか」
「あ、いや、それはどうだろ……ただ、えと、気持ちは嬉しいよ。えー、でもちょっと待ってー、実の娘に、
戻ってくるセレマンの足音が聞こえ始めたので、そっとアサヤは父なる母から離れた。
けれども、身を起こしたユナリナルタルはアサヤを抱き寄せ、豊満な胸に埋めるように抱き締めてくれるのだった。
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