第22話「人質生活、どころじゃないです!?」

 ガルギアの気迫に、渦巻く寒気が沸騰してゆく。

 そして、暗雲垂れ込める空から光が差した。それはまるで、福音のようにリンリンと駆動音を広げてゆく。

 間違いない、マキシマキーナだ。

 剛力無双の巨大な機械神。

 あの魔王とさえ互角に戦える、遠い世界の未来の力である。

 そして、アサヤはガルギアの声で初めてその真実を知った。


「さあ、ゆくぞ! マキシマキーナ"オルキャンサー"よっ!」

「……え? あ、あのっ、ガルキアさんっ! その名は」

「我らが黄道騎士団の絶対兵器、マキシマキーナ! その中でも、ただ12人のエース騎士にのみ与えられたのがゾディアック・シリーズよ!」

「あの子、別の名前があるんだ……あの子たちの種族? まとめてマキシマキーナって名前なんだ」


 驚きつつも、アサヤは背の翼を翻して後退する。

 周囲の雪原が、その純白の大地が吹き飛んだ。あっという間に熱波が押し寄せ、巨大な人影がズシリと地面に片膝を突く。

 荘厳にして流麗。

 重厚なる装甲の化身。

 蒼く輝くその姿には、黄金のエングレービングが飾られていた。

 鉄の色にくすんだアサヤのマキシマキーナとはまるで違う。

 その巨神は、胸部にガルギアを乗せてゆっくり立ち上がった。


「あ、あの、アサヤ……」

「あっ、姉様。ちょっと待ってくださいね。セレマン、セレマンはどこです?」


 すぐ背後で「ここに」と小さく声があがる。

 振り向けば、すぐそばにメイド服の女性がひざまずいていた。立ち上がる彼女に、ゆっくりとアサヤはクオーリアを預ける。

 少しでも集中力を欠けば、柔らかな少女の肢体を握り潰してしまいそうだった。

 そっとセレマンに姉を託して、そしてアサヤも手を振り上げる。


「ならばわたしもっ! おいでなさい、マキシマキーナ! ……あ、でも、ちょっとタイム! タイムですっ! 駄目、今のなしっ!」


 空間が歪んでたわみ、その奥から光が渦を巻いて盛り上がる。

 まるで光の魔法陣のように、空が円形に輝いた。

 しかし、アサヤの声で急激に縮小し、細く小さく途切れてゆく。

 アサヤは思い出したのだ。母の形見、今や名も知らぬ鉄巨神は傷付いたままである。眼の前でガルギアが操縦する"オルキャンサー"なるマキシマキーナとは違うのだ。

 忘れていた、いつも頼って気軽に呼び出していた。

 それでも、ダメージ修復中のため手足の一部だけを呼んでいたのである。


「駄目……まだあの子は」


 だが、予想外の事態が起こった。

 いつもマキシマキーナの手足が出てくる空間の歪みが、内側あらガシリ! と掴まれた。ボロボロの両手が伸びてきて、閉じつつある出入り口をゆっくりと押し広げ始める。

 そしてついに、アサヤは久々にその顔を目にした。

 頭部も破損が酷く、輝く双眸の片方は割れている。

 それでも、母なる母ユウナの遺産は、目の前の大地に落下して倒れる。

 どうやら立っていられないようで、うつ伏せに大の字だ。

 なんとか立とうと上体を起こす、その胸に操縦席が輝いている。


「フッ、無様! 輝ける偉大な力、宇宙に12騎のみの聖なる神騎がなんたること!」


 ガルギアの声がズシン、ズシンと近付いてくる。

 だが、その頭上を巨大な翼が影と覆った。

 龍魔ノ王ユナリナルタル、六翼の魔龍が咆え荒ぶ。


「アサヤ、逃げなー? ここは僕が……おおやだ、思い出しちゃうねエ。あれ、滅茶苦茶強いんだよね。……ユウナが乗ってたやつはね、強かったんだけどね」

「ムム! 来たな魔王! 生まれし世界にあっては邪悪を斬り、異世界にあっては龍をも断つ! 最強のマキシマキーナ、この"オルキャンサー"の力を見るがいい!」


 空前絶後の戦いが始まった。

 蒼き戦鬼オルキャンサーの手には、アサヤが持つ光の剣があった。その何十倍も大きくて、マキシマキーナのサイズに合わせた光芒の刃である。

 キュイン! と関節が歌えば、あっという間にオルキャンサーは宙へと舞い上がった。

 すかさずユナリナルタルがブレスを放つ。

 炎の吐息というには、あまりにも凄絶、苛烈。

 世界を白い闇で染めて、凄まじい熱量の光が魔王の口から放たれた。

 しかし、オルキャンサーもその瞳から光線を放つ。


「うわっ、撃ち返してきたっ!? あーもぉ、めんどくさーい! 帰りたーい!」

「逃がすものかよ、魔王っ! よくも……よくも俺のユウナを!」

「またそういうこと言う。アサヤも言ってたじゃん! 人は物じゃないんだってば! 俺のとか言うなよ……僕だって結構我慢してるのにさあ!」


 空中にあっても、オルキャンサーの強さは絶望的だった。

 あの父なる母、最弱とは言え七魔公の末席に並ぶユナリナルタルが圧されている。実力は拮抗しているように見えて、徐々に形勢はガルギアに傾きかけていた。

 その激戦を見上げながら、アサヤは走る。


「ユナ様……これは多分、あれね。スタミナ切れ! 毎日グータラしてるから、もうっ!」


 そう、六翼の魔龍は先程と違って動きにキレがない。

 この場に全速力で飛んできて、スチームアーマーなる劣悪なコピー品と戦っていたのだ。よせばいいのに、怒りに任せて全力で周囲を焼き払っていたのである。

 その分、消耗が激しいのかもしれない。

 対して、ガルギアの操る"オルキャンサー"は余裕の動きだ。


「急いで助けなきゃ! 翼、それと尻尾も! ちょっと小さくなって!」


 自分で自分に呼びかけ、額の奥に念じる。

 今や龍人とでも言うべき姿の、その背の翼が小さく消えた。尻尾も細く短くなってゆく。

 だが、両の手足は鱗と甲殻に飾られ、指は鉤爪のように鋭く尖っている。

 そのままアサヤは、周囲の雪に白煙をあげるマキシマキーナへ駆け寄った。


「あなた、あなたのお名前、マキシマキーナじゃないのね? それって、ファミリーネーム? ううん、種族みたいなものなのかしら」


 ――アサヤはまだ、知らない。

 そして、このあとの数百年の生き様で知ることもないのだ。

 マキシマキーナ、それは地球と呼ばれる水の星を守るべく、遥か未来の人類が建造した鋼の守護神。宇宙をも震撼させる全高100mの巨神なのだ。

 ここではない刻、今ではない場所で生まれた破壊神なのである。

 母なる母ユウナが乗っていたのは、特別に12騎だけ造られた最高級モデルだ。


「今まで、ごめんね。名前も知らないで、ボロボロなのに酷使して」


 頭上では激戦が繰り広げられている。

 その音と風も遠ざかる。

 見上げれば、両腕で身を起こすのも精一杯の様子で……しかし、見上げるアサヤに向けられた目には優しい光が灯っていた。

 そして、意を決してアサヤはジャンプする。

 先程から開け放たれている、胸の上の扉へと飛び込んだ。

 そこはまるで、音と光の聖堂みたいな空間。


「ここに座るのね? なんだか、ちょっとわかる、気がする。えっと、これを両手で――」


 周囲の壁は全て、外を映す鏡のようだった。

 読めない文字が行き来するそれはでも、そこかしこでひび割れて解れている。

 光の明滅も不安定で、なるほど手酷く壊れているのがアサヤでもわかった。

 だが、突如その風景に見知った顔が浮かび上がる。


「えっ? ママ母様、なんで……?」


 眼の前に今、母なる母ユウナの姿があった。

 まるでそこに本当にいるように、半分浮かんで手を伸べてくる。その手に手を重ねようとして、虚しくアサヤの指は虚空を掴んだ。

 そう、立体映像だ。

 陽炎のようにゆらめく母は、時折ノイズで消えかかる。

 それでも、触れられないその手でアサヤの頬を撫でた。


『アサヤ、貴女がこの場所にいるということは……恐らくもう、私はこの世にいないのでしょう』

「ママ母様……ど、どうして」

『貴女は私の力を継承したのでしょうか? そして、あの人に……私が愛した貴方のもう一人の母に、出会えたでしょうか』


 どこか儚げに微笑みながら、母の幻影は話し続ける。

 気付けばアサヤは、白い頬に光の筋を落としていた。

 その雫が零れゆく刹那に、その一瞬一瞬に母の記憶を閉じ込めてゆく。自分の心に、母の最後の言葉を刻みつけてゆく。


『母は少し無茶をして、この子を壊してしまいました。それでもこの力は強過ぎます。ただ、本当のこの子の力を欲する時は……その時は、私の全てを受け継ぎなさいな』

「ママ母様、わたしは、この子は!」

『エンジンを臨界までフルドライブすれば、修復速度が劇的に上がります。ただし、その後の稼働時間は180秒、それきりです。しばらく動けなくなるでしょう』

「ええと、どうやるのかしら……きっとこうね! それとこれ!」


 周囲のそこかしこに触れば、大小様々なパネルが光った。

 そして、満身創痍の巨大な守護神が震え出す。

 アサヤの座るその場の奥から、底から力が湧き上がるように鳴り響く。

 甲高い絶叫が熱を連れてきて、徐々に周囲が再生していった。


『アサヤ、もし私のように誰も殺さず戦うならば……そう思う自分をこそ、殺さぬように』

「はい、ママ母様ッ!」

『もしそれができるなら、行きなさい……征って、生き抜きなさい。そのための力、その名は――』


 ――その名は、アクエリーズ。

 S級マキシマキーナ、アクエリーズ

 黄道十二星座の一つ、水瓶の乙女を象る破壊の化身。

 その巨体は、ゆっくりアサヤの頭上でハッチを閉めながら立ち上がった。

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