第23話「人質生活、終わりました!」

 ゆっくりと、星の騎士が立ち上がる。

 その全身の損傷が、あっという間に修復し始めた。

 それだけではない。

 鉄色にくすんでいたその全身に、鮮やかな白と緑が走って覆う。あっという間にそこには、純白の黄道騎が立っていた。

 金色のエングレービングを照らして、ほのかに緑の光が瞬く。

 足元を中心に雪は消し飛び、さらには芽吹いた草花が咲き誇る。

 究極の破壊兵器、マキシマキーナ……その中でもS級の強さを誇るゾディアック・シリーズ、名は"アクエリーズ"。

 その中でアサヤは吼える。


「今こそ、ママ母様の全てを受け継ぐ時! いきましょう、"アクエリーズ"ッッッ!」


 軽く身を屈めた瞬間、100mの巨体が跳んだ。

 そのまま空中を自在に泳いで、あっという間に一騎と一匹の間に割って入る。

 最弱とは言え魔王のユナリナルタルが、ガルギアの"オルキャンサー"に手こずっているようだった。その狭間に滑り込むや、アサヤは光の剣を抜刀する。


「ムッ! そ、その姿は……馬鹿な、全盛期の状態に戻っただと!?」

「ガルギアさんっ、勝負です! ユナ様は下がってくださいっ!」


 空中にあっても、"アクエリーズ"は大地を踏みしめているかのような安定感があった。それは向こうも同じで、ガルギアの"オルキャンサー"も斬撃を放ってくる。

 剣と剣とが粒子を弾き合って、鍔迫り合う中で空気が沸騰する。

 少し下がったユナリナルタルが、すかさず声を上げた。


「アサヤッ、その男は危険だ! ここは僕に任せるんだ」

「駄目ですっ! 嫌!」

「駄目……嫌……? ひ、酷い、僕だって結構頑張ってるのに」

「え、いえ、違うんです。ええと、邪魔?」

「ひぃん! む、娘がグレた……こ、これがユウナの言ってた反抗期」

「違うんですってば! パパ母様は疲れ過ぎですから!」


 だが、機械の身体を持つマキシマキーナは違う。

 それに、龍の血に目覚めた半人半魔のアサヤには、体力と魔力が漲っていた。

 しかし、同時に視界の隅へとチラリと眼差しを放る。

 もう既に、残された時間は2分弱しかない。

 急激な騎体の集副作用を励起させたことで、"アクエリーズ"の稼働時間は大幅に制限されることになったのだ。

 だが、迷わない。

 眼の前の"オルキャンサー"を無力化し、本当に戦争を止めてみせる。

 終わらせる。


「パパ母様は、ユナ様は休んでてください。この者はわたしが……止めてみせます!」

「よく言った、ユウナの娘よ! 混血の異形、黄道の騎士として生かしておかぬ」

「わたしを殺せるものなら殺してみなさい! そういうあなたをわたしは生かして帰すんです!」


 パワーは互角だった。

 だが、デジタルのカウンターは物凄い速さで減ってゆく。

 そして、互角故にアサヤはガルギアに致命打を叩き込めずにいた。

 それは相手も同じだが、両者の間には徹底的な差があった。

 ほんの僅かな、しかい歴然とした致命的な差である。


「流石はユウナの娘! よく戦う! だが、マキシマキーナの扱いに慣れていないようだな!」

「クッ、どうしても操作が後手に……」

「実際に乗って操る時こそ、マキシマキーナの全力運転! 初めてではフルに力を発揮しきれまい!」

「そんなことは、ッ! これ、ひょっとしてやばいのでは? むむむー!」


 アサヤにも実感があった。

 剣と剣とが光を歌って、何度も輝きが爆ぜる。

 その剣戟のリズムが、徐々に狂いつつあった。

 アサヤが、"アクエリーズ"が僅かに遅れてゆく。コンマ1秒にも満たぬズレが生まれて、その都度危険な一撃は何度も純白の装甲を擦過した。

 操縦技術には明確な差があった。

 あるいは、生身の身体能力、反射神経や判断力はアサヤの方が上だろう。人と魔の両方の血を持つからこその、超人的な力がる。

 だが、ガルギアの技量はそれを上回っていた。


「しまった、剣が!」


 "オルキャンサー"の鋭い刺突が、"アクエリーズ"の右腕を貫いた。

 それで利き手の剣が落ちて、光を失い大地に雪煙を巻き上げる。

 その時にはすかさず、アサヤは絶叫していた。

 身を声に叫べば、全身の鱗が爛々と輝き出す。


「終わりだ、ユウナの忌み子よっ!」

「終わりだなんて! まだっ、わたし! 始まってすら、いないんだからああああっ!」


 エネルギー残量を示すカウンターが0になった。

 0になって止まって、その後の数秒の攻防。

 消え入る力の全てを使って、"アクエリーズ"は縋るように"オルキャンサー"に組み付いた。同時に、思い切り背を反らした反動で、頭部をそのまま敵へとぶつける。

 互いの装飾が砕け散って、一瞬だけ"オルキャンサー"が揺らいだ。

 頭突きという攻撃オプションが、騎士の戦いに想定されていないからだった。


「なっ……なんと下劣な! 卑怯極まりないっ!」

「残り稼働時間、0! ありがと、"アクエリーズ"ッ!」

「騎士の誇りはないのか、ユウナの娘よっ!」

「ないし、いらないっ! わたし、今は人質の……これから魔王を始める子なんだからっ!」


 自分からハッチを開けて、アサヤは外へと飛び出した。

 同時に、背の翼が広がり尾が伸びる。

 その姿、まさに龍人……頭の角には、バチバチとプラズマが弾けていた。

 すぐ目の前にそびえる"オルキャンサー"の胸部に飛び乗る。

 既に"アクエリーズ"は停止しており、二騎は絡んでもつれるように落下を始めていた。乱気流のように荒れ狂う気圧の中、アサヤは"オルキャンサー"のハッチをブチ破る。


「……なんてことを。あまりに、おぞましい。これは黄道騎士団にあるまじき暴挙!」

「ガルギアさんっ、勝負アリです。このまま王国に帰ってください」

「あの、美しく勇敢で凛としたユウナ……その遺伝子を受け継ぎながら、こうも」

「遺伝子とかいう話は、わたしはわかりません。えと、ガルギアさん……あなた、ママ母様の、身体? 肉体だけが欲しかったって感じですか?」


 遠くから跳んでくるユナリナルタルが「アサヤ、言い方! 言い方っ!」と小さく呟いた。だが、アサヤにはちょっと表現できる言葉がわからない。

 遺伝子とは、その人間の心身を象る設計図のようなもの。

 そういう知識はまだ、この時代のこの世界にはないものだった。


「とにかくっ! これで終わりですっ!」

「なんの、まだまだぁ!」


 当然のようにガルギアは剣を抜いた。

 同時に、身を躍らせて斬り掛かってくる。

 その一撃をアサヤは素手で受け止めた。

 固く鱗に覆われた手が裂けて、鮮血が霧と舞う。

 だが、構わずアサヤは粒子の刃を握り潰した。


「終わったんです、ガルギアさんっ! 戦争は終わって、あなたはまだ生きてる!」

「騎士が生き恥を!」

「恥ってなんですか、この世界で生きるなり、元の世界に帰るなり、自分で選べばいいじゃないですか。生きてるのは騎士じゃなくて、ガルギアさん本人でしょう?」


 そのまま尻尾をガルギアに巻き付け拘束、吊るし上げる。

 その時にはもう、駆けつけたユナリナルタルの巨体が"アクエリーズ"を両手で抱えて引き剥がした。落下する"オルキャンサー"へと、苛烈なブレスが放たれる。

 こうして、異世界の騎士ガルギアは死んだ。

 彼の誇りとする拠り所、マキシマキーナの"オルキャンサー"が破壊されたのだ。

 そして、アサヤはそっと異邦の使徒ガルギアを大地に降ろす。


「ガルギアさん、ママ母様は王国のために戦って、最後は病気で亡くなりました」

「……あのユウナが、そんなくだらない最期を」

「くだらなくありませんっ! 精一杯生きたんです! きっと、ガルギアさんにもできます」


 がくりとガルギアは、その場に崩れ落ちる。

 今度こそ、戦争が終わった瞬間だった。

 異世界より召喚されし勇者は、事実上全て戦闘不能となった。残るはムサシだが、あの男は今は魔王城にいる。そして、戦うつもりはないとアサヤには思えた。

 周囲の王国兵たちは既に、武器を捨てて散り散りに逃げている。

 凍えた静けさを取り戻した北の大地に、冷たい風が吹いていた。


「ふう。やあやあ、アサヤ。お疲れ様だねえ」


 ひょっこりと、人の姿に戻ったユナリナルタルが歩いてきた。

 彼は俯き黙るガルギアが、ダ・ヴィンチに連れて枯れるのを見送り、大げさな溜息を零す。もう既に、父なる母にも戦意はなかった。

 鋭い刃のような殺意も消え、元のぼんやりとした頼りなさだけが笑っている。


「アサヤ、手が……痛いよね、ちょっとちょっと、いいからいいから」

「あっ、ユナ様」

「母様、だろう? なんだっけ、パパ母様。そりゃ、お腹を痛めたのは僕じゃなくてユウナだけどさ。僕、パパなんだ……うーん」


 そっとアサヤの手を取り、溢れ出る血をユナリナルタルは舐めた。

 魔族、特に龍の眷属にこうした風習があるのは、もうアサヤにもわかっていた。くすぐったいぬくもりの中で、痛みが静かに溶けて消える。

 ただ、唇と舌とで振れてくる父なる母は、ふと言の葉に哀愁を込め捨てた。


「なんか、お花畑になっちゃったけど……この地は極寒の最果て、すぐ枯れちゃう」


 マキシマキーナ"アクエリーズ"の修復の力が、北の大地を覆った。

 "オルキャンサー"の暴力的な熱が氷雪を吹き飛ばしたのとは、違う。マキシマキーナという一種の神器がもたらした、これは一つの奇跡。

 だが、その色とりどりの花びらは寒風に散ってゆく。

 それでも、撤退する王国軍を見やるアサヤは笑顔だった。


「大丈夫です、パパ母様っ! これからは、生きて帰る誰の胸にも花が咲きます。きっと、平和という花が」


 こうして、王国と魔王の戦争は終わった。

 人質となったクオーリア王女の仲介によって、両陣営は正式に停戦に調印、その後に終戦協議の話し合いを持つこととなった。尚、正式な終戦を迎え、双方の国交が樹立されたという記録は歴史に記されていない。

 ただ、七魔公の最後の八人目として、白闇姫なる魔人の存在を長らく人は恐れた。

 零死ノ王こと、アサヤ・ミギリの名は多くの詩篇と物語に残るのだった。

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