第5話
しばらくすると英語の神崎先生がプリントを持って入ってきた。二十代くらいの若い先生で、生徒全員に優しく、一部たわわに実ったあれのせいで、男子からの人気が高い。そして、同い年くらいにも見える低身長なので、一部の生徒からは可愛がられている。
「ふー、この量持ってくるのも大変ですね」
そう言って、神崎先生は自分の顔くらいまで積まれたプリントを教卓に置いた。
「じゃあ、今度俺が運びますよ!」
一番前に座っている柔道部の横江が元気よく手を挙げていた。横江のやつ、また神崎先生にアピールしやがって、うらや――けしからん。他の奴も横江の行動に嫉妬しているようで、唇をかんで血を流している奴もいた。いや、神代、お前は嫉妬しすぎだろ!
「じゃあ今度運んでもらおうかしら」
「ほんとですか! 今度っていつですか? いつでも――」
「今度です」
にこやかに笑う神崎先生。おっとりしていても、なんでか踏み込めないんだよな、この先生。
「さ、授業開始しますよ!」
神崎先生が小テストを配り始める。小テストは丹後町のターゲットから出題される。日本語で書かれていたら英語を答えて、英語が書かれていたら意味を答える、十問答えるだけの普通の小テストだ。もちろん範囲が決まっていて、最初のページから二ページずつ出題され、今回は三〇ページと三十一ページ。
プリントが前から回ってきて後ろに回した俺は、プリントを裏面に向けた。
こういうときに表面向けるやつがいるが、そういうのは良くないよな!
「じゃあ始めますよ、よーいドン!」
プリントを配り終えたのを確認した神崎先生は、タイムウォッチを手に取り、ボタンを押した。それと同時にプリントを裏返す。ま、今回は勉強したし、余裕余裕。
あれ、これって――テスト範囲違くね?
俺が昨日見ていたページは「science」からだった。おい、どこにもないぞ?
「先生、これテスト範囲がちが――」
俺はすぐに手を挙げて先生に間違っていることを伝えた。これで補習なんて嫌だからな。
「……え? ほんと?」
先生がそう言って、プリントを確認する。しかし先生はすぐに首を傾げた。
「小鳥遊くん、合ってるわよ?」
「え?」
もしかして、テスト範囲間違えた?
「今回って、三十ページのとこですよね」
「違うわよ? もしかして先週の話聞いてなかったのかな? 今回は三十二ページからですよ」
嘘だろ?周りを見ると如月を含め、俺以外の全員が普通にペンの音を走らせていた。
「頑張ってね? 七割以上とれなかったら――」
補習ですよね!
すいませんと言って俺はプリントに目を向けた。
問1 explain
最初っから分かんねぇ。なんだよ、プレインって電車か? それはトレインか。もうこうなったら――。
「時間になったから回収するわよ」
アラームが鳴り、後ろからプリントが回ってくる。その瞬間、俺は手を走らせた。そう俺が狙っていたのはこれ!
十問くらいだったら名前書き忘れたと言って書けば何とかなる作戦!
よし、問1は説明するだな。問2は――これだな、あとはこれだけ――そう思って、最後の1問を書こうとした時だった。
「先生! 小鳥遊くんがカンニングしてます!」
如月が先生にそう言っていた。なんでバラしやがるんだよ、コイツ。
「先生! ちがいます、名前を書き忘れていて!」
「そうなの? じゃあ大丈夫よね? もし違ったら!」
「はい、補習でもなんでも受けます!」
「如月さん、小鳥遊くんもこう言ってるし、嘘を言っちゃダメよ」
「はーい」
如月はあくびをするようにのんきに返事をした。
「うん、みんな大丈夫そうですね! それじゃあ、教科書の五十ページを開いてください!」
プリントを集め終えた先生は、小テストを軽く確認した後、教科書を手に取って、黒板に英文を書き始めた。
「バレなくて良かったね」
先生が後ろを向いているときに、小声で笑いながらそう言った如月を、俺は絶対に許さないと思う。
そして、俺は聞き逃さなかった。
あいつが「運命」と言ったことに。
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