第8話

「運命だよ!」


 里運の運命だよコールは今までの傾向から、1日二回が最大。


 そう思ってたんだけど?


 俺は里運を連れて、朝と同じ道を朝とは反対方向に歩いていた。


 通学路は交差点も少ない一本道。学校までは歩いても遅くて三十分、走れば十分で辿り着く。河川を跨ぐところどころ錆びた朱色の橋と、三つの道路を超えた先に有名な商店街があるくらいで、普通に帰っていれば何もないはずだった。


 そのはずだったんだ、数秒前は。


 俺と里運は「今日はカレーなんだよ」「お母さんのカレーはリンゴが入っててね!」「少し辛いんだけど、美味しいんだよ」と、晩御飯の話で盛り上がっていた。里運が一方的に話しかけてくるだけで、俺は「うん」「そうだな」「俺の家は」と軽く相槌を打つだけだったが、里運は楽しそうに話していた。


 行きも帰りも大体同じ。里運が話しかけてきて、それに答える、その繰り返し。


 時々面白い話が聞けたりするので、盛り上がったりするが、そんなに話す事はない。正直、何もない限り、幼馴染なんてこんなもんだ。


 それに、運命を回避するって役目もある。

 注意深く見とかなければ、何かあったら大変だしな。

 そうして俺たちはただ帰っていたはずなんだ。

 それなのに里運はまた、運命と言いやがった。


「嘘だろ?」


 つい本音が漏れてしまう。

 朝来たときはこんなものはなかったはずなのに。


「大丈夫か、里運」


 俺は里運に駆け寄り、そっと足を触った。


「うん、大丈夫」


 よし、怪我もなさそうだな。腫れているところもなさそうだった。ただ大きめの看板にぶつかっただけ。


 そう看板に。


 その看板になんて書いてあったと思う?


『OPENセール! 先着十名様限定! 特製パフェプレゼント!』


 と、そう書かれていたんだ。


 そして里運は運命と言った。言ってしまった。


 ああ最悪だよ。

 この看板があるってことは、まだこのセールはやってるってことだよな……。


「よし、里運帰るぞ」


 俺は見てないふりをして里運を引っ張った。


「え? でも、ぶつちゃったところにあったんだよ! 絶対運命だよ! 神様が私にこのパフェは食べた方がいいって告げてくれたんだよ! ね、蒼太くん、食べにいこ!」


 里運がキラキラとした瞳を浮かべてこっちを見てくる。

 すんなり帰るとはいかないか。

 だったら違うことで気を逸らすしか。

 あ、そういえば――


「何言ってんだ。今日はお前の好物だって、さっき話してただろ」

「……あ、りんごカレー」


 よし、成功。

 里運の運命を何度も経験して分かったことだが、こいつの運命を避ける方法が何個かある。


 その一つがこれ、好物で釣る、だ。


 幸いなことに今日のあいつの夕飯は、おばさんが作ったりんごカレー。他にも甘い物なら何でも好きだが、特にこのりんごカレーは、あいつの好きなものランキング一位に君臨するほどだ。俺も食べたことがあるが、甘さと辛さが調和され、マイルドに仕上がっている絶品だった。


「そうだ、お前いつも大好きって言ってるよな」

「……うん、大好き」

「これ食べたら食えなくなるぞ」

「……うん」

「よしいい子だ、一緒に帰るぞ」


 よっしゃ、これで帰れる。

 今日は楽しみにしていたアニメの続きが放送されるんだよ。リアタイで見ないとだろ?


「さ、カレーを食べるぞ」


 言って、俺は里運を連れて帰ろうとした。

 そのときだった。


 店の中から店主らしき二十代くらいの男性が現れた。


「えっと、大丈夫かな? もしかして食べに来てくれたの?」


 ありがとう、と言って泣きそうなほど嬉しそうな表情を浮かべる店主に、俺はどんな表情をしていたんだろう。


 隣では犬だったら思い切り尻尾を振っていそうなほど、期待の視線を送ってくる少女が一人。


 俺まだ何も言ってないんだけどな。

 はぁと溜息を吐きながら、俺は店主を見てこう言った。


「……2名でお願いします」

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