第2章 運命はおやつに入りますか?

第7話

「里運、帰るぞ」


 春日井先生に何度も指名されるという屈辱的な六限が終わり、補習がないことを告げられた俺は、里運の傍に駆け寄り、手を掴んでいた。


 クラスの皆が、こっちを見てくる。


 ただそれも一瞬だけ。すぐに皆は友達との会話に戻っていた。

 この光景を何度見たことか。


 里運と一緒に帰っていることを知った誰かに、付き合っているという噂を流されてからこれだ。


 付き合ってないとは言っているけれど、毎日こんなのを見せられて、疑っているのだろう。もはやあいつらのルーティンと化してるんじゃないかと思う。


 あ、なぜ俺が里運と帰っているかって?

 そんなの決まってる。

 ただの幼馴染(保護者)としての責務だ。


 サッカー部の勧誘を断ってまで里運と帰ることを選んでいる。こいつが運命とかいってどこかへ行って帰らなかったら、と思うと、夜も眠れなくなりそうだからな。


「まって、蒼太くん。まだ片付けてないから」


 そう言って、里運は机の上に置いていた文房具を、スクールバッグに仕舞い始めた。


「優等生だな、ほんと」


 机の中に入れていた教科書まで仕舞っていた里運を見て、思わず口に出してしまう。


 当然、俺は教科書なんて持ち帰らない。宿題があれば堂々と雄介に見せてもらっている。ほんとあれでも勉強はできるんだよな、あいつ。


「蒼太くんも持って帰ったら?」

「俺はいいよ」


 持って帰ってもやる時間なんてないしな。ゲームやって、動画見て、終わり。母さんには怒られているが、里運のこともあってか、「あんたもやりなさいよ」と注意程度だ。


 こういうところは里運がいてよかったと思う。


ほんと、これだけだけど。


「さ、終わっただろ? 帰るぞ」

「うん」


 里運が教科書を鞄に仕舞ったのを確認し、俺は里運と教室を出た。


 ただ、廊下に行ったらまたあいつらが――


 ――またあいつら手を繋いでるよ。

 ――あれで付き合ってないの?

 ――付き合ってないらしいぜ。


 ま、そうだよな。

 教室を出て聞こえてきたのは、隣のクラスの連中のひそひそ話だった。

 

 二組の担任の横関先生はいつもHRが短い。だからあいつらはすぐに帰れる。俺と里運のことはすでに校内で噂されているから、こういうのが聞こえてきてもおかしくはないんだが。


 ――あれだよ、噂の。

 ――え、あれが?

 ――うん、運命ちゃん。


 ちくしょう、下級生が降りてきやがった。あいつら聞こえてないと思ってるのか? いつものことだけど。


「里運、ちょっと走るぞ」

「うん、今日もだね」


 俺は里運の手を少し強めに握った。こういう奴らから逃げるための方法は大体決まっている。


 逃げるだ。


 俺のクラスは一階で、下駄箱も近い。


「おい、ほんとに付き合ってないのかよ!」

「付き合ってねーよ!」


 どこの誰だか分からない奴に軽く返事をしながら、俺と里運は下駄箱で靴を履き替え、校舎を出た。


 幸いなことに、追ってくる人たちはいない。最初の数日は里運のことが気になっていた先輩たちが追ってきてはいたが、受験勉強もある。そこまで、あいつらも暇じゃないってことだろう。


 これが学校での一日って信じられるか? ほんと運命なんて、最悪だ。


「今日は何もなく帰るれぞ」


 ただ、俺は空に向かってそう呟いた。里運の運命だよコールは今までの傾向から、1日2回が最大なのである。

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