運命少女は今日も尊い!

結城瑠生

プロローグ

プロローグ

「ねぇ、運命って信じる?」

  

 両親の仕事の都合で引っ越すことになり、ずっと遊んでいた友達と別れて、車の中で泣いていた小学三年生の夏。両親が新しい家に入っていく中、車から降りて、玄関で俯いていた僕の前に、知らない女の子に声をかけてきた。サラサラとした黒髪。長く整った髪が、風に乗り、スカートと共になびく。


「うんめい?」

「うん、運命!」


 こっち来て、と強引に手を引かれ、着いた場所は隣の家。白、緑、赤、鮮やかな花々で彩られた、小さな庭のある前で、彼女は立ち止まる。


「みてよ、これ」


 彼女が指差していたのは、今どきは珍しい木製の表札だった。


「小鳥遊?」


 小学生で、この漢字を読める子は少ないだろう。大人でも読める人はいないかもしれない。漢字クイズで出てきてもおかしくない。ただ、僕にはこの漢字が何と読むか、すぐにわかった。


 たかなし。


 僕の名字だ。小も鳥も、遊も学校で習っている。何度も書いたことのあるこの字を見て、僕は首を傾げた。


「ね?」


 彼女がにっこり、太陽のような笑顔を浮かべてくる。


「?」

「わたしも、小鳥遊!」

「小鳥遊?」


 そうか、と思った。同じ名字。先生や友達から、珍しいと言われていた名字。そんな同じ苗字を持つ子が、隣に越して来たんだ。彼女はそれが嬉しかったんだろう。隣で何度も「ね?」と言ってくる。


「一緒だよ、一緒!」


 ただその時の僕は――


「何がそんなに嬉しいんだよ!」


 彼女の笑顔が気に食わなかった。昨日までは祐介や弘人、明日夏と一緒に、公園でサッカーをしていた。隣町のスポーツセンターまで行って大会で優勝もした。毎日、三人と一緒に過ごした。それが昨日までの楽しかった日常だった。


 昨日までは。


 お別れの会もした。弘人からは連絡するからとも言われた。祐介が「宝物だから」と大事そうに持っていたサッカーボールも貰った。明日夏からは「絶対に会いに行くから」と言われた。それでも、楽しかった日常はもう帰ってこない。なんで引越ししなきゃいけないのと、何度も思った。お父さんにも、お母さんにも何でも言った。それでも帰ってくる言葉は「ごめんね」だけだった。


 これが僕の運命だ。

 そんな運命なんて――


「運命なんて、ふざけんなよ!」


 こんなの認めたくない。あの頃に戻りたい。あの三人ともう一度――そう思っていたときだった。


「え?」

 彼女に抱きしめられた。


「運命だよ。これはきっと運命。大丈夫、わたしが――――――――」


 その後は聞こえなかったが、彼女は笑っていた。何度も何度も笑っていた。僕を悲しませないとでも言っているみたいに。


 それから僕は、彼女から離れて、新しい家に入った。マンションだった昔の家とは違って、広かった、和室があった、階段があった、二階には自分の部屋もあった。冷蔵庫や勉強机、ランドセル。変わらないものもあったけど、どれも綺麗だった。一週間後には新しい学校にも通うことになった。新しい友達もできた。弘人から電話がかかってきて、何度か話した。三人は一緒に会いに来てくれると言ってくれた。


 そして、そこで彼女と再会してしまった。


 小鳥遊里運。


 隣の家に住む女の子。隣の席になった女の子。ただ、そのときの僕、いや俺は、これから起こる彼女との日々を全くといっていいほど理解してはいなかった。


「運命だよ!」


 そう言って走り出してしまう『運命論者』な彼女に振り回されることに。

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